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137.トドメの一撃を阻止せよ!

「生活保全官……」


 聞こえた言葉をそのまま復唱して、エミルはやれやれとばかりに首を振った。


「いいんですか? 監視の任からは行き過ぎた行為でしょう、それは。プレイヤーの許可もなくファイトの最中にフィールドへ入り込んで、あまつさえ決着の一撃を阻まんとする。まさか情報部からそのような指示がされるはずもなく、つまりこの行為は甘井保全官。あなたの独断専行ということになる」


 叱られますよと。まるで大人が子供へやさしく諭すようにそう言った彼へ、アンミツは毅然と返した。


「DA情報部からなんらかの処罰を受けたとしても構いありません──私の果たすべき任務は監視ではなく保護にあると解釈しております。ので、アキラ様が害されるようならば身を挺してでも庇い立てさせていただきます」


 ファイトを中断させる。それがどれだけのアンチマナーかはアンミツもよくわかっている。余程の事情でもない限りは決して許されない行為であり、アンミツがドミネイションズのメッカであるDAに属する一員だからこそ余計に見咎められるべき行いだろう。──しかし今はその『余程の事情』があったのだから止めないわけにはいかないと彼女としては考える。故に、なんら間違ったことなどしていない。そう誇りを持ってアキラとエミルの間に彼女は立ち塞がる。


 それに対してエミルは口元に手をやり、くすりと笑みを零した。


「勘違いなさっているようだ」


「──勘違い?」


「叱られると言ったのは情報部についてではありませんよ──ほら、目に入りませんか? エターナルが苛立っている。私の分身にも等しいこの子は、だから不愉快に思うポイントも私と酷似しているのでしょうね。決着の瞬間に横入りしてきた邪魔なにひどくお冠だ。あなたごとトドメの一撃を放ってもいいと思うくらいには」


 早くそこを退いた方がいいのでは? と一見すれば穏やかに退避を勧めてくるエミルだが。彼の内心をよく表しているのはその態度よりも未だに高圧の駆動音のかき鳴らし続けているエターナル。第三者が止めに入っているというのに決して攻撃をやめようとしないその姿の方だと、アンミツは気付く。


「私諸共にアキラ様へトドメを刺す、と。なんとも品の無い脅しですね」


「脅しに聞こえましたか? 甘井保全官、あなたの身を慮った純粋な善意による忠告だったのですが」


「……だとすればあなたこそ勘違いしていますよ、九蓮華エミル」


「ほう?」


 黒スーツのジャケット。防弾、防刃、耐衝撃性を盛り込まれている特製品スペシャルであるそれを脱ぎ去り、あえて防御力の落ちる白シャツ一枚となって。アンミツは自らの持つ覚悟を視覚的に示した。


「同意の上で行われているファイトを邪魔した罪。その罰を与えるのが情報部だろうとあなたのユニットだろうと答えは変わりません──『構わない』。言ったはずですよ、アキラ様を害する者からお守りすることが私の使命であると。脅せば引くと思うのなら、九蓮華エミル。所詮あなたはその程度。人の心を失くした哀れなドミネイターでしかない」


「…………ふふ」


 思いもよらぬ彼女の返答に、そして揺るがぬ決然とした態度に。さしものエミルも少しばかり虚をつかれたようだったが、しかしアンミツの指摘は良くも悪くもエミルの何かに触れてしまったらしく──戸惑いも一瞬。含み笑う彼の様子からは、隠しきれない黒々とした不穏が滲み出していた。


「失くした? いえいえそれもあなたの勘違い。最初から持っていないんですよ、そんなドミネファイトになんの意味も無いものはね──」


 エターナルが動く。アキラを、そしてその前に盾のように仁王立つアンミツを見定めて今一度攻撃態勢に入る。やるつもりか、とミオはエミルの狂気に震える。自分もアンミツのようにアキラを庇いたい、そう思う気持ちはあるが……足がすくんでしまってどうしても動けない。


「に、逃げてアンミツさん! アキラを抱えてそこから離れて!」


「そうしたいところですが、それができないのです。たとえ『兆し』であっても覚醒に至らんとしている両者によって形成されているこのフィールドは、ただのファイトで起こるそれとは比べ物にならない特殊な場。連れ出す、などということは不可能なのです。ファイトを終わらせられるのはあくまで当事者のみ」


「そんな……!?」


 乱入の時点でアンミツの肉体には相当な負荷がかかり、足がふらつく程のダメージを負ってしまっているくらいだ。無論アンミツは──情報部の有する貴重な『準覚醒者』に関するデータから得た知識により──それを承知でこの場に立ったのだし、大方エミルが止まらないだろうということも予想済みであった。こうなることは、わかっていた。だから「身を挺する」という言葉を使ったのだ。


 それは命懸けでアキラを守るという宣言に他ならず、その真意に気付いて悲痛な声を上げるミオ。それとは正反対にエミルの口元は酷薄に歪む。


「感服しました。私は確かに勘違っていた──あなたを見誤っていましたよ、甘井保全官。くだらない情報部からの指金でしかない、そう思っていましたが……そこまでしてアキラ君にというその姿勢。本当にお見事と言う他ありませんね」


「……! 九蓮華エミル、あなたはどこまで……!」


「どこまでも、ですよ甘井保全官! あなたがあなたの矜持に則るように! しからば私も私らしくありましょう! エターナルに我慢を強いるのはとてもとても、このエミルらしからぬ行為なものですからね」


「っ……、」


 来る。アキラを三度襲ったあの攻撃が、これまでの三度を遥かに超える威力で。そんなものを食らえば既にボロボロのアキラは今度こそどうなってしまうかわからない──少しでも衝撃を軽減するため自分がクッションになるのだ。そう決意して正面から攻撃を受け止めんとするアンミツ。その背に、そっと手が触れた。


「アン、ミツ……さん」


「アキラ様!?」


「……さ、がって。狙いは、俺……だから」


「何を言っているんです、そんなことはできません──それより! サレンダーを口にしてください! そうすればこのファイトを終わらせられる!」


 降参サレンダー。ライフアウトに至っておらずとも負けを認めて勝負から降りることがドミネイションズでは可能。これも正式なルールのひとつであり、通常、相手プレイヤーのサレンダーを止める手段はない。つまりここでアキラが一言「降参だ」と口にすればその時点でファイトは強制終了。トドメの一撃に拘るエミルであっても何もできずにそれに従うしかなくなる。


 意識も絶え絶えで、立っているのがやっと。いっそ気絶してくれれば無理矢理に連れ出せもしたというのに──そんな風にアキラの状態を診ていたアンミツにとって、彼が言葉を発せるというのは何よりの朗報であった。口が利けるのであれば体は動かずともサレンダーの意思表示ができる。エターナルの最後の攻撃を受けずに済むのだ。


 だが、希望が見えたと降参を促すアンミツに対しアキラは。


「それは、できません……」


「なっ、何を言って──」


「ライフアウトまでは。最後のコアがブレイクされる、その時までは……たとえ負けが、決まっていたとしても。戦って、いるんです。……サレンダーは自ら負けを認める行為。──九蓮華エミルを相手に、俺は、それだけはしちゃいけない……逃げちゃいけない。そう、思うから……だから」


「……!」


 この期に及んでアキラは逃げたくないと言う。エミルを相手に背を向けることはしたくないと……正気の沙汰ではない。そうとしかアンミツには思えなかった。覚醒の兆しを持つ者同士、アキラがエミルに対し何を見ているのか。何を感じているのかはアンミツには測り知れぬことであるが、『そんなこと』を言っている場合ではないだろうと言いたい。今の己がどんな有り様かわかっているのかと、そう訊きたい──だがそんなのは時間の無駄だろう。自分がどれだけ危険なことをしようとしているのか。きっとそれを承知の上で降りることをしないのだ。


 アキラとエミル、どちらもが。


「よくぞ言ったアキラ君。私は嬉しいよ、君ならば。きっと素晴らしい仲間・・になってくれる。そう確信できた」


 だから洗礼を浴びせよう、と。エミルが手を差し向けて、エターナルに攻撃すべき相手を指し示し、命令を下さんと口を大きく開けた──その時。


「やめるっす、エミル!!」


 新たな乱入者の声がファイトスペースに響いた。



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