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136.血と敗北と

 何故なのか。彼の人生において最大最悪の苦痛を味わいながら、アキラの脳内を占めるのは圧倒的な「何故」であった。エミルと一体になったようなエターナルの悍ましき気配。ライフコアの加護さえ飛び越えて我が身を襲う痛み。──そんなものより。


 何故、何故、何故──いったい何故、クイックチェックができないのか。そこにこそ望みをかけているアキラにとって、恐怖より苦痛より何より。砕けたライフコアが授けてくれるはずの最後の希望が、どうしてか働いてくれないことが最も恐ろしかった。


 デッキとの距離が遠く感じられるアキラ。血に塗れた唇を噛み締めて飛びかける意識をなんとか保っているところの彼に、エミルの口から種明かしが行われる。


「エターナルの持つ追加効果ではない基本能力。それこそが『クイックチェック封じ』。残念だがアキラ君、君に希望のドローの機会は訪れないよ」


「……っ、」


 クイックチェック封じ。そのワードにアキラの表情が一段と歪む。当然だ、それは対ミオ戦で彼の切り札《水の静謐アクアトランサ》が有していた、アキラを追い詰めた能力であるからして。しかしながらエターナルのクイックチェック封じはアクアトランサのそれと比較しても一層に凶悪であると言えた。何故ならアクアトランサの場合、ドローしたカードは手札にこそ加わらないが墓地に置かれる。つまり墓地利用の手段さえあるなら僅かなりともアドバンテージに繋がるものだが、エターナルはそもそもデッキに触らせすらしない。ただただライフコアのみを刈り取る残酷かつ無慈悲極まりない力となっている。


 まさしく万にひとつも勝ち目を、万が一の負け筋をも残さない。エターナルには主人へ絶対的な勝利をもたらす能力が宿っているのだ──アキラがそう理解した、その瞬間にまたそれは来た。


「三度目のダイレクトアタック」


「ぎがっ、ッは………、ぁ」


 エターナルの目に見えない攻撃。何かしらがその身より発射されたことでアキラのライフコアが三度みたび砕け散る。だがやはり散り際に放たれるいつもの光がアキラを照らすことはない……ドローは、できない。既に三つもライフを減らされながら、彼の手札は依然としてゼロのままである。


 なんというユニットか。アキラは地面に手も足もついて頭を垂れるようにして苦しみ悶えつつも、感嘆を覚える。《天凛の深層エターナル》。追加効果の内容を知らないことからアキラはまだこのドミネユニットの全貌を理解できてはいないが、しかし把握している部分だけでも充分に。十二分に恐ろしいユニットであった。流石は上級生の、九蓮華の、DAにおいて自分以外の唯一のドミネイト召喚の使い手。遥かに先を行くこの先輩が信を置くに相応しいエースユニットだと、純粋な称賛を送る。


 背後からファイトスペースの外にいるミオの悲痛な声がする。それに応えられない、応えるだけの余裕がまるでないことを申し訳なく思いながら。だけど心配はいらない、と心中でその呼びかけに言葉を返す。まだ意識はある。闘志だって潰えちゃいない。このふたつのどちらかが欠けた瞬間にドミネファイトの敗者と見做されてしまうのだから──こんなところで寝ているわけにはいかない、とアキラは震える両脚に無理矢理力を込めてなんとか立ち上がる。


 耐えた。エターナルが与える、エミルが与える『愛の鞭』という名の想像を絶するような三連撃の苦痛に、自分は耐えてみせた。そしてライフはまだ残っている。エミルと同じく残りひとつ。互角であるとアキラは口内の血の味を無視して小さく笑った。自分にもまだ勝機はあるのだと、そう信じて。


 そんな彼にエミルもまた小さく微笑み返す。


「気付いているかいアキラ君。まだ私にはこのターン、使えるコストコアが残っていることに」


「──、」


 返事はできない。しかし視線から、その眼差しがまだ力を失っていないことを確かめてエミルはプレイを続行する。


「二枚目の《侵食生者トラウズ》を召喚」


 《侵食生者トラウズ》

 コスト2 パワー2000 MC 【復讐】 条件適用・【好戦】


「……?」


 ここで、トラウズ? アキラにはその意図が解せなかった。


 確かにトラウズは油断ならない低コストのミキシングユニットであり、コストパフォーマンスという意味でのカードパワーは抜群だ。現にアキラもその対処には多少以上に苦労させられた、それは事実。しかしだからと言ってこの場面において呼び出すに相応しいユニットかと言えば、必ずしもその通りだと同意はできなかった。


 なんと言ってもトラウズが真価を発揮するためにはアキラの場に黒か青以外のユニットがいなければならず、言うに及ばす現在のアキラのフィールドはガラ空き。黒青以外どころかユニット自体が存在していない。いや、仮にいたとしてもそれで得られるトラウズの能力は【好戦】。あくまでもユニットにしかアタックできない力だ──それではどのみち活かしようがない。これが【疾駆】であればダイレクトアタック可能であり、アキラの残りひとつのライフコアを削れただろうが……なんにせよ現時点でトラウズに役割があるとは思えない。それ故にアキラは戸惑ったのだ。


 あまりの痛みから霞がかったようになっている思考でもそれくらいの判断はつく。であるならばエミルはいったいなんの目的でトラウズを召喚したのか。──その答えはすぐに明らかとなった。


 この子は『餌』だよ、というエミルのなんてことのない呟きによって。


エターナル。そして新たに力を得るがいい」


「……!」


 ぐしゃりと。呼び出されたばかりのトラウズが、エターナルから飛び出した謎の部位。柱とでも表現すべき太く長いその一本に跡形もなく潰され、そして開口したその先端から立ちどころに吸い込まれていった。これが、エターナルの食事・・。ただ食らうことしか思考にないアキラの《暴食ベヒモス》以上に無機質で処理めいた食らい方。そこにエミルのエースらしさ。もっと言えば「エミルらしさ」がよく表れている気が、アキラにはした。


「驚いたかい? そう、エターナルには追加で贄を捧ぐこともできるんだ。これによって更にパワーアップ!」


 《天凛の深層エターナル》

 パワー8000→9000


 たったの1000。ユニット同士のバトルが生じるわけでもないのだから8000が9000になったところで大した差はない。それは確かなのだが、しかし。力を増したエターナルからは『たったの1000』の差だとは思えないだけの鳴動が感じられた。


 追加でユニットを捧げて、パワーアップ。ということは──説明されたエターナルの能力を思い出して戦慄するアキラに、エミルは「またまた正解だ」とそれを肯定。


「勿論パワーを増しただけじゃあない。エターナルは捧げられたミキシングユニットの数だけ攻撃回数を得るのだと言ったね? つまり追加でもう一体を捧げた今! エターナルはこのターン、君にもう一度ダイレクトアタックを行なうことができる!」


「…………」


 アキラは悟る──自身の敗北を。止めようがない最後の一撃。ファイナルアタックとなるそれは、下手をすればアキラの命まで奪いかねないだけの威力が込められている。キィイイインとこれまで以上に高まっていく加圧音。エターナルから発せられるその音色に色濃く死が纏わりついていることを、アキラも。そしてエミルも理解していた。


「決定的な敗北は死と同じ。だけどそれを乗り越えてこそ真に成長する、成長できるのがドミネイターという生き物だ。堪能し、落ちて、そして上がるといい。だから本当に死んでくれるなよアキラ君、もしそうなったら私はとても悲しい。まあ──」


 死んだら死んだで、その程度だったのだと諦めるだけだが。


 ミオが叫ぶ。アキラは声も出ない。鳴り響くエターナルの駆動音、それが最高潮に達したところでエミルは号令を下さんとして。


「……なんですか? あなたは」


「私は──生活保全官が一人。甘井アンミツ」


 その直前、ファイトスペースに乱入したアンミツによってアタックは阻止された。



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