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135.殺意の体現者エターナル

「これは……なんなんだ?」


 呻くように。喉の奥が引き攣るのを自覚しながらアキラは純粋な疑問を零した──それだけ彼が目にしたそのユニットは、彼の持つ常識から外れたところにいた。


 幾重にも重なった地層、否、水層を思わせる色取り取りの青に塗られた全体が鋭角的で攻撃性を伺わせるその巨大な物体・・は、顔と思わしき部分が辛うじて認識できつつも、されどどう見ても「生き物的」ではなく……そして何よりアキラが呻いたのは外見の異様だけが理由ではなくて。


 違う・・


 心からそう思った。

 そう、直感した。


 ドミネイト召喚を操る者同士。と聞いて、もちろんアキラも自分以外のそれと対面するのは初めてのことだ。少なからず相手側のドミネイト召喚を拝めることへの期待はあったし、それと同時に無意識の『決めつけ』もあった。ドミネイト召喚で出てくるユニット。ドミネユニットとは即ち、己が駆る《エデンビースト・アルセリア》のような勝負を終わらせるための大エース。そのポジションに据えるになんら不足ない切り札中の切り札。輝かしい力を持った存在だと、そう思い込んでいた。


 だが違う。

 頭が感覚に追いつく。このユニットは、そして九蓮華エミルとは。

 どす黒いオーラを立ち昇らせている少年が暗い渦より引き摺り出した《天凛の深層エターナル》は、確実に。


 勝負ではなく対戦相手そのものを終わらせんとそこに君臨していた。


 《天凛の深層エターナル》

 Dコスト パワー5000 【疾駆】


「さあ、アキラ君。存分に感じてくれ。感じ入ってくれ。これよりエターナルが君に与える苦痛は、君の成長を願う私の愛の鞭。そう受け取ってもらえたら幸いだ」


「……!」


 にこりと。全身のオーラにも劣らないほどどす黒い笑みを向けられてアキラの背筋は凍り付く。いけない。エミルのドミネユニットから攻撃を受けるのは『致命的』だ──そう気付きながらもしかし、手札にも場にもカードのないアキラは正真正銘の無防備。彼の攻撃を防ぐ手立てなど何もないのだからどうしようもない。


「エターナルの条件適用効果。このユニットは捧げられたユニットの数×1000パワーを上げる。よってエターナルのパワーは8000となる。更に陣営によっても追加効果を得る──のだけど、君の場には何もないので今は関係がないね」


 要点を絞ろう、とエミルは事細かにエターナルの能力を説明するのではなくこの場面、この盤面において必要な部分だけを明らかとする。


「この子は君臨のための犠牲となったユニットの数だけ攻撃回数を得る。エターナルの召喚条件は『ミキシングユニット三体』。それ以上を捧げることもできるが、つまりは最低でも三度の攻撃権がエターナルに備わるということだ」


「三度の、攻撃権……」


「それを通すための追加効果なのだけどね。しかし楽ができるに越したことはないか──甘んじて受け入れることだアキラ君。ガラ空きのフィールド。それもまたドミネユニットが作り出すひとつの特徴なのだから」


「──!」


 召喚のためにユニットを複数消費しなければならないドミネユニットは、必然、仮に勝負を決めきれずにドミネユニットが退場した場合には戦線に大きな隙を生むことになる。アキラとて言われるまでもなくそういったリスク面も承知してはいたが、だが真に理解できていたのかというと怪しいところだ。何せ彼がドミネイト召喚を行うのはこれが二度目のことであり、アルセリアを呼んでも決着がつかなかったのは正真正銘の初体験なのだから。


 ドミネユニットは論じる余地なく強力な力。だがそれに盲目的になってはいけないよ、とエミルは諭すように言う。


「所詮は手段・・の一個。ファイトを構成する一要素に過ぎないと割り切ることだ。それと同時に過信もする。ドミネイターに絶対的な自信と自負心は必要不可欠だからね。等身大に捉えつつ自己肥大を抱えること。その冷徹と情熱を混在させる矛盾を乗り越えた者にこそ新たな可能性が拓く──ドミネユニットもその内のひとつ。それを得たのだから、せめて完璧に操れるようにならなくてはね」


 今のアキラはまだドミネイト召喚を扱えていない。アルセリアを十全に活かせていないと、エミルはそう言っている。


 ──ぐうの音も出ない正論だった。冷徹と情熱。その両方がファイトに欠かせないことはこれまでの経験からアキラにとっても否定できるものではなく、そしてアルセリアに頼っておきながら勝負を決めきれずこうして無防備を晒しながらエターナルの脅威に怯えるしかできない今の自分を、彼はこの上なく客観的に。どこまでも俯瞰的に「未熟なドミネイター」として見ている。


 己には遠く及ばないドミネイターである。エミルのその認識は正しいのだろう、だけど。


「だけど俺にはまだ四つのライフコアとクイックチェックが残っている……!」


 エミルとエターナルのプレッシャー。感じたことのない骨の髄まで凍てつくような悪寒に苦しみつつも、どうにか心を奮い立たせようとする。三度の攻撃を食らおうとまだライフは残る……更に攻撃を受けるとは即ち、新たにカードをドローできるということ。反撃のチャンスを得るということでもある。まだ負けたわけではない。逆転の芽が摘まれたわけではないのだと、アキラは心の中の種火を消してしまわないよう。次のターンでこそ勝利を掴まんと情熱を燃やすが──それをエミルの冷徹が消し去る。


「諦めないのは立派だね。私が『終わらせる』と言えば大抵のドミネイターはその時点で心が折れて勝手に終わるものだけど。中には最後の最後まで折れない者もいるし、君のようにあくまで勝ちを目指せる強い子もいる……そういう子には価値がある。『私の世界』へ来る価値が」


「……?」


 意味の解らない発言を訝しむアキラに構わず、エミルは色味を感じさせない無色の目付き、顔付きで言葉を続けた。


「確かに希望を持つには充分だろう。君はライフが残ると思っているし、クイックチェックで希望が引けると思っているし、次のターンがやってくるとも信じている。信じたいと思っている。……私のライフは残り一。このターンを生き残りさえすれば勝ちの目はあると、そう思い込むことで心を繋ぎ止めるのは防衛反応の一種。自然なことだろうね。何せドミネユニットは召喚されたターンと、次の相手ターン。往復一ターンの『合計二ターン』分しかフィールドにはいられない。その強力な力故にこの次元に長く存在を保てないんだ──倒さずともエターナルは独りでに消える。ああ、これは君にとって心強い事実だね。仮に次のターンで決めきれずともひとまず最大の脅威は去るのだから」


 仮にエターナルが防御向きの能力を有しており、エミルの身を守る絶対のボディーガードとして立ち塞がったとしても。アキラとしては勝手に消える相手を無理して倒す必要はなく、その間に一旦守りを固めておくという選択もとれる。クイックチェックによって手札が増えればそういったことも充分に可能だ。


 だが、とエミルは切って捨てるように。


「生憎と君に次のターンはない。往復一ターンなんていらない、今ここで私は君を終わらせる。──どうか最後まで持ってくれよ、アキラ君」


「なっ……、」


「エターナルでダイレクトアタック」


 キン、と。何かが圧縮されるような音。それが耳の奥を打ったと思った瞬間、アキラのライフコアがひとつ弾け飛んだ。


「ウッぐぅあ……!!?」


 肌を叩く、身体の芯を揺るがす絶大な衝撃。プレイヤーの負担を全て肩代わりするはずのライフコア、その守護を越えて伝わってくる痛み。ただの肉体的苦痛とは一線を画す心身に響く耐え難い激痛にアキラは思わずその場へ膝をついた。


「アキラ!?」


「だ、大丈夫だミオ……そこにいろ。絶対に俺に近寄るな!」


「二度目のダイレクトアタック」


「ごふっ──」


 再び弾け散るライフコア。と同時に立ち上がったばかりのアキラの身にも再び衝撃が走り、つうと彼の口の端から一筋の血が伝った。



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