134.ドミネユニットを操る者!
切り札の消失。このファイトに決着をもたらすはずだったユニットを失い、少なからずも気勢を削がれることとなったアキラに対してエミルは淡々と言葉を続けた。
「アンドルレギオには【呪殺】という、戦闘以外で相手によって墓地へ置かれたときに他のユニット一体を道連れにする【復讐】の亜種のような能力があったのだけれど。今回は残念ながら活かせなかったな」
「……!」
破壊にバウンス、そして【呪殺】による道連れ。どれだけユニットに対する殺意の高いカードなのかと戦慄するアキラだったが、何はともあれアンドルレギオは倒したのだ。墓地から回収されることや二枚目の存在には警戒し続けなければならないがひとまず目の前の脅威は去った──ので、アキラが真に憂うべきはエミルの場からではなく自らの場から退場したユニットのこと。
「だけど充分だ。充分にアンドルレギオは仕事をしてくれた……その身を挺して私をアルセリアの暴威から守ってくれたのだから、感謝しないとね。共に大型ユニットを失ったとはいえ被害の度合いで言えばドミネユニットをなくした君の方が遥かに重い」
ドミネユニットは実体を持たないカードとしてどこからともなくファイト盤に置かれる摩訶不思議な存在。故に、フィールドから退くことになればカードの行く先はどこでもない場所……強いて言うなれば元いた『別次元』へと戻されることになる。勿論バウンスされたアルセリアも手札には戻っておらず、彼女共々ボード上のカードも煙のようにアキラの前から消え失せている。確かに、その気になれば墓地から回収したり蘇生したりと再利用の容易いアンドルレギオと比べればアキラの負った損害はずっと大きいと評せるだろう。
しかしドミネユニットその特性故に一度やられたら終わりというわけではなく。
「召喚条件を満たす。再び生贄を揃え、供物として捧げれば、何度だってドミネユニットは君臨する。支配者としての猛威を振るう──墓地へ行っていない、ということは本当に倒されたわけではないとも言えるからね。この他のカードとは一味違った復活の仕方もまたドミネユニットの特徴のひとつだ……アキラ君。『君のデッキであれば』またアルセリアを呼び出すこともそう難しくないだろう」
「……!」
そう、現在のアキラのデッキの構築は以前と異なっている。無論これまでもファイトの度に細かくデッキ内容を弄ってきたアキラではあるが、しかし今の造りはこれまでと比較してもその趣が決定的に異なっている。そう言い切れるだけの理由が──ドミネイト召喚への意識の有無だ。
ビーストユニットを中心に活躍させるというアキラにとってデッキ作りの土台となるコンセプトこそ継続されているものの、その行き着く先としてアルセリアの存在。新たに手に入れた力を念頭に置くのは当然であった。そうして意識をし過ぎたが故か、もしくは単に振り幅のブレで底値を引き続けていただけなのか、泉とのファイト以降いくら召喚条件を満たしてもアルセリアを呼び出すことができなかったアキラではあるが。それでも彼はこの一ヵ月と少し『ドミネイト召喚を狙えるデッキ』を自分なりに組み練習を続けた。
腕前も構築も当初より洗練され、先の三連続スペルによってフィールドを望む形に整えてみせたのは紛れもなくその努力の結実であった。ようやく振り幅の上限を突破し、今こうして強敵を相手に再びアルセリアを呼び出せたこと。それが勝利への導きであると受け取ったアキラのそれは自惚れなどではなく、まず間違いなく彼はこのアタックで勝てていたはずなのだ。
向かい合っているのが異才にして天災の如き少年、九蓮華エミルその人でさえなければ──。
「そう驚くこともないじゃないか。私だってドミネイト召喚を操る身、君のデッキがそちらへ寄った構築になっていると見抜けて当然だ。で、あるならば。アキラ君も当然に見抜いているね?」
「……先輩のデッキにも、ドミネユニットを呼び出すための手段が用意されている」
「また正解。ふふ、君の手札はもうゼロ枚だが。けれどきっと次のドローでは引くべきカードを引き当てて、あれよあれよとビーストを並べて、フィールドにアルセリアを呼び戻す。その光景が目に浮かぶようだよ──だからその前に私が呼ぼう」
「ッ、」
「では改めてクイックチェックに入る。ライフコアをふたつブレイクされたために二枚ドロー、そして召喚だ」
まるで引けることがわかっていたかのようにごく自然に、ドローしたカードをつぶさに眺めることもなくエミルはそれをファイトボードへと置いた。
「クイックの青黒ミキシングユニット、《暗愚聡明レクセル》」
《暗愚聡明レクセル》
コスト3 パワー2000 MC 【潜行】 【復讐】
黒い塊を核に持つ水人間。《侵食生者トラウズ》によく似た、細部のフォルムが微妙に違うだけのそのユニットがまたしても混色であることにアキラはもはや驚かなかった。エミルなら。クイックカードを引き当てることも、それが強力なミキシングユニットであることもなんら意外ではないからだ。
「俺はこれでターンエンド、です」
「うん。手札にもフィールドにもカードがなく、墓地発動のカードもない。ならエンド宣言以外に君のやれることはないね。──ありがとう、君はよく頑張ってくれたし可能性を魅せてくれた。そのおかげで私は心置きなくターンを迎えられるよ」
「まるで……勝負が決したような口振りじゃないですか」
「うん、だって決まっているからね──私のターン、スタンド&チャージ。そしてドロー」
アキラとは雲泥の七枚という潤沢な手札から一枚を引き抜き、それをプレイする。エミルの行動には一抹の迷いすらもなかった。
「5コスト、青のスペル《無力の共同》を発動。自分の場の青ユニット一体を対象にそのユニットと同コスト、同パワー、同種族のトークンを二体作成する」
「トークン生成カード……!」
「青の得意分野のひとつだね。君もきっとトークン戦術と戦った経験くらいはあるだろうけれど……私の操るそれが何をするためのものかは、言われるまでもないね?」
ずももも、と体積を増やしたかと思えば分裂し、己と瓜二つのトークンユニットを生み出したレクセル。彼が自らの意思でそうしたわけではないので、突如増えた自分のそっくりさんにレクセル本人もどことなく戸惑っている様子であったが、生みの親のそんな反応にもトークンたちはただじっと黙すのみだった。
「《無力の共同》で生まれたトークンは効果を持たず、またアタックもできない。まさしく無力な存在でしかないが、しかし彼らは場にいるというだけで格別の意味を持つ──何故ならこのスペルがコピーするステータスには陣営も含まれるからだ」
青ユニットしか対象に取れない制約のある《無力の共同》ではあるが、それで青を含むミキシングユニットを増やした場合、なんとそれをコピーしたトークンもまったく同じ色のミキシングユニットとして参照されるようになるのだ。その抜け穴のような効果を活かしてエミルが何を企んでいるかはこの時点でアキラにも察しがついており。
その推測に過たず彼は。
「レクセルとレクセル・コピー! 私の場の『三体のミキシングユニット』をフィールドから取り除く! これで召喚条件は満たされた──出でよ、私の意思を! 天意を体現せし最強のしもべ!」
ドミネイト召喚! そう高らかに響いたエミルの声に応えるように、彼の頭上の空間がぎゅるりと渦を巻いたかと思えば。そこから勢いよく、あたかも異界から生まれ落ちるように飛び出てきた巨大な影がひとつ。
「──《天凛の深層エターナル》!」




