133.崖際に立っているのは
あと一撃食らえば負け。崖の淵に立ちながら、なのになんら恐れを抱かぬエミルには。つまりあるのだろう、ここから生き延びる手筈が──そして凌ぎ切る、だけでなく。返しのターンでアキラを凌駕できるという自信が。
「クイックチェック──」
「……!」
来る、とアキラとアルセリアが一心同体の様で身構える。逆転の可能性を決して引かせない。そのつもりで攻勢をかけたものの、しかし事ここに至ってアキラは知る。自分はエミルの運命力を飲み込み、飲み干すことができなかったと。泉とのファイトの決着時のように「掴ませない」ことが今回は叶いそうにないと……言語化のしづらい非常に曖昧模糊とした、されどそこにある確かな感覚。ひょっとすれば『覚醒』の兆しを持つ者だからこその知覚によって、アキラはエミルの引き運がまったく抑えつけられていないことを悟り、エミルもまたアキラの気付きを鋭敏に察知した。
だから彼は、まるでからかうような軽やかな口調で。
「──の前に。効果処理に入らせてもらおう」
「ここで効果処理だって!?」
ライフコアがブレイクされた際、直ちにクイックチェックを行うのはドミネイションズの基本ルールのひとつ。「その間」に割り込む効果処理など、アキラは寡聞にして存じない。とはいえこれが適用型の効果あるいは常在型の効果を持つユニットやオブジェクトがフィールドにあって、それがライフブレイクに反応してなんらかの効力を発揮した……のであればまだ理解もできるのだが。しかしエミルの場には一枚もカードがない、ということは。その効果の発動は場ではなく手札あるいは墓地からのものとなる──手札から?
そこまで思考が及んだことで「まさか」とアキラが天啓のように何が起こるか知っ|た、その初々しいリアクションに彼はますます可笑しそうにする。
「そうだね。クイックチェックの処理とは通常、カード効果やプレイヤーの都合よりも優先されるべきファイトの原則と言っていいほど基本的なルールだ。ただしこのカードの仕様上、クイックチェックで手札が増える前に使用を明言しておかないと『タイミングを逃す』ことになってしまうからね──青黒ミキシングユニット《神器絶殺アンドルレギオ》。このユニットは自分のライフコアがブレイクされた時、無コストで召喚することができる」
《神器絶殺アンドルレギオ》
コスト7 パワー8000 MC 【守護】 【呪殺】
ドルルーサの近縁。ハッキリとそうわかる、しかしドルルーサよりも巨体かつ狂暴な見た目をしたそのワームは、ヒレのような手足と同じくまるでボロ切れを思わせるずたずたの蒼い羽を持っており、それらの全てをバタバタと忙しくなく震わせながら口の中にびっしりと生えた牙を激しく打ち鳴らしている。
その異様にぞくりとさせられながらアキラは納得する──『ライフコアのブレイク』によって飛び出してくるユニット。それなら確かに、クイックチェックによって新たな手札が加わる前に使用を宣言しなければならないだろう。何故なら手札とは非公開情報であり、ドローした後に「実はさっきのブレイク時からこのカードを持っていたので使いたい」などと言ったところでそれが真実かどうかは本人しか存じ得ぬこと。いくらでも偽証はできる。
無論、ファイト盤を用いない簡易的なファイト──世の大半の子供や趣味でファイトをしているだけの者たちが主に行っているのはこちらの方だ──であればともかく、このような『正式なファイト』では何故かそもそも不正ができないようになっている。なのでドローの後からアンドルレギオの使用を宣言したとしてもそれがクイックチェックで引かれたものであるかは自動的に判断が下され、正しいと認められれば召喚が叶いはするものの、しかしドミネファイトのルールではなくマナーとして。互いの確認が必要となる場面では簡易的なファイトでされているように正式なファイトでもなるべく同じように処理する、というのもまた基本のひとつである。
ドミネイションズへの向き合い方、捉え方。そしてファイトのスタンスもアキラとは大きく異なっているエミルだが、されども彼も一人のドミネイター。ルールには忠実だしマナーだって守る。彼が破るとすればそれはファイト中の所作ではなくもっと別のマナーだ──が、言わずもがなアキラを相手にそんなことはしない。多少キツく叩きはしてもそれは名刀を育てるための文字通りの鍛錬に他ならない。よってエミルは丁寧に、どこまでも丁寧に説明する。
プレイヤーであるアキラと、彼と『運命共同体』であるアルセリアというユニットに対して。
「アンドルレギオの登場時効果を発動。ユニットの破壊と、バウンス効果。まずは破壊効果からだ」
ピッ、とピースマークのように指を伸ばしたエミルはアルセリア──ではなくその奥に佇むガールとディモアを同時に指し示した。
「破壊できる数はアンドルレギオの召喚のトリガーとなったライフブレイクで壊されたコアの数に依存する。つまり普通に召喚するとバウンス効果しか発動しないわけだが、今回は破格だ。なんと言ってもアルセリアが【重撃】でふたつも削ってくれたおかげでこちらも二体まとめて指定できるのだからね。《ビースト・ガール》と《呼戻師のディモア》。この二体を破壊だ」
目を持たないワームがなんらかの感覚器官によってガールとディモアを識別した、その途端に二体は苦しみだし、ゆっくりとその場に倒れ伏して動かなくなった。まるで呪い殺されたかのようなそのやられ方にアキラの表情が歪む。
「本当なら真っ先にアルセリアを除去するところだが、彼女には私のカード効果を付け付けないという耐性効果の中でも最上級のものを有している……だから『まずは』露払いだ。そしてバウンス効果の処理に入る」
「っ、だが俺の場には『効果を受け付けない』アルセリアのみ。そのバウンス効果は不発で終わりだ」
「それはどうかな?」
「なん……!?」
「こう見えてアンドルレギオは心優しいユニットでね。破壊効果の対象は私が選べるのだが、バウンス効果の方は──何を手札に戻すかを相手に選ばせる。まだ一年生とはいえ君ならわかるだろう? 『相手に選ばせる』という処理がどういった意味を孕むのか」
「──俺自身が選択する場合、ユニットの耐性は意味をなさない……!」
「正解だ。これもまたカード効果より優先されるドミネイションズのルールであるからして、君は君自身の手でアルセリアを場からどかさなければならない!」
他にユニットが残っていればそれを手札に戻してアルセリアを守ることもできたが。しかしアキラが築いた戦線は、ドミネイト召喚のためのコスト及びエミルによる除去が重なり既にユニットはアルセリア一体のみとなっている。《緑莫の壺》というオブジェクトも設置されてはいるものの、それはオブジェクトであるが故にユニットバウンスの身代わりにはできない。よって彼は選択の余地なく強制的にアルセリアを選ばざるを得ないのだ──こんな、まるで事前に見繕っていたような効果で切り札が対処されてしまうとは。さすがに想定外が過ぎると臍を噛むアキラであったが、しょげてばかりもいられない。
除去されてしまうのが確定したとしても……いや、だからこそせめて。やれるだけのことはやっておかねばならない。
「バウンス効果の処理の前に、こちらも効果発動!」
「!」
「アルセリアの起動型効果によって、アンドルレギオを破壊する!」
ここで除去されてしまうのであれば二回目の攻撃は叶わない。だが効果の発動であればまだ可能である。先にアンドルレギオを破壊したとて発動が成立している彼のバウンスが不発になることはないが、しかしタダでやられるよりはよっぽどマシだ。まるでアルセリア自身がそう考えているような苛烈さで放たれたエネルギー弾が、跡形もなく巨大ワームを消し飛ばした。
「アンドルレギオ撃破!」
「だが相応の報いは受けてもらうよ」
「……!」
──煙のように場から消え去っていくアルセリア。それを止める手立てをアキラは持たなかった。




