130.鏡映しの異常性
これは……ひょっとすれば、ひょっとするのでは? 複雑なプレイングをし始めたアキラのその先を想って口角を吊り上げるエミル。それに伴って彼が身に纏う暗く寒々しい闘志も加速度的に重圧を増していくが、アキラはその重みをしかと味わいながらもカードを操る手を止めなかった。
「まず《繁栄の対価》の効果処理に入る! 呼び戻したばかりでごめんな、デスキャバリー」
コストコアを得るための犠牲になると聞いて戦う気満々だったデスキャバリーは「えっ」というリアクションを見せていたが、しかし申し訳なさそうに謝るアキラを見てむしろ彼の方が申し訳なく思ったようだ。
戦闘で活躍して役立ちたい、などというエゴのために主人にこんな顔をさせていいわけがない。忠実なる彼のしもべとして、どんな形であれファイトに貢献できるのであればそれ以上など望むべくもない。ぐっ、と武器を手放した手でサムズアップをしてみせた死した騎士は彼本来の居場所でもある冥界へと相棒の騎馬と共に旅立っていく。その足跡には五つのコストコアが残され、アキラのための力となった。
「そしてディモアが手札に帰ってくる!」
「墓地からの回収。そして使えるコストコアも残り七個……まだまだ豊富だね。さ、そこからどうしてくれるんだい」
「次もスペルです。緑の3コスト、《力場変動》! このカードの処理としてまず俺は墓地の緑ユニットを好きな枚数『デッキに戻す』!」
「今度は手札ではなくデッキへの回収か。しかしそれだけではないんだろう?」
「当然! その後、戻したユニットの合計コスト以下の緑ユニット一体をデッキからサーチすることができる──このスペルの良いところはそれを手札に加えるか墓地へ落とすか好きに選べるところにある!」
「──なるほど。私の知識にもないニッチなスペルだが、面白い。君のプレイの意味がようやく見えてきたよ」
いくつもの手順を踏んで、必要コストを用意しながらディモアを墓地を経由してまでフィールドから手札に戻した理由。せっかくの強力な守護者ユニットであるデスキャバリーを犠牲にしてまでやったその行為の真意が──今からアキラがデッキ内から墓地へ送るユニットに表れる。
「何を戻し、何を埋める?」
「俺が回収するのは《キングビースト・グラバウ》と《幻妖の月狐》の二体!」
合計コスト9の二枚が墓地からデッキへと舞い戻る。それと交代するようにデッキから選ばれた一枚とは。
「サーチ対象はぴったり9コストの《マザービースト・メーテール》! そして俺は送り先を手札ではなく墓地に指定する!」
ひらりと舞い上がったカードがアキラの手元ではなく墓地へ吸い込まれていく。一見して活躍の間もなくユニットを葬っただけにも思えるが、しかしこれもデッキから特定のカードをサーチした事実に変わりはなく。そして場合によっては手札に加えるよりも墓地へ落としてしまった方が「手っ取り早く」活かせることもある……今がまさにその時であろう、とエミルは笑う。
「このタイミングで《暗夜蝶》の自己蘇生効果を切ったのもそれが狙いというわけだ。つまりはそのユニットもメーテールなる新たな切り札を呼び出すための犠牲に他ならない……いいね、アキラ君。ユニットを十全に操るまさしく支配的なそのプレイングは、実に私好みのものだと言えるよ」
遠慮なく見せてくれたまえ、と。アキラの気迫にもまったく怯まない、どころか彼が攻勢に出ることを本人以上に心待ちにしているエミル。両手を広げて窮地を歓迎する先輩に、アキラは惜しまず全力をぶつける。
泉とのファイト以来感じられていなかった『例の力』を昂らせて──!
「残りの4コストで《呼戻師のディモア》を召喚、そして登場時効果を発動。場のユニットを一体破壊することで墓地から黒以外のユニットを蘇生させることができる──破壊対象は《暗夜蝶》、蘇生対象はもちろん! 《マザービースト・メーテール》!!」
来い! とディモアの振るハンドベルの音色と共にアキラがそう高らかに叫べば、あたかもその呼び声に駆け付けたかのように黒蝶と入れ替わりに巨大な桃色の物体がフィールドに出現。もふもふとしたそれの正体をあまりの大きさ故に一瞬掴み損ねたエミルだったが、すぐに気付く。その巨大な桃色の塊が一個の獣であることに。
「おお……これが君の第二の切り札。母なる獣なのだね。『ビースト』という共通の名称を持つ割にはグラバウとは風貌も雰囲気もだいぶ異なるようだが、いったいどんな効果を有しているのかな?」
やはりどこまでも無邪気に、まるで対戦者ではなく一観戦者のような呑気さで種明かしを待つエミルに、アキラはまたしても毒気を抜かれてしまう……ことはなく。
むしろ今の彼にはそれが闘志を高める何よりの燃料となった。
「慌てなくてもすぐご覧に入れますよエミル先輩。メーテールの登場時効果を発動! 任意の枚数手札を捨てることで、それと同じ数だけデッキの上からカードをめくる。そしてめくったカードの中に種族『アニマルズ』のユニットがいれば好きなだけ無コストで召喚することができる!」
「──ははははは!」
呵々大笑。メーテールの能力を理解した途端にエミルは相好を崩し、腹を抱えるように笑い出した。その様はまさにおかしくておかしくて仕方がないといった様子であり。
「ああこれは面白い、面白いよアキラ君──メーテールの効果もそうだが、それに躊躇なく身を投じられる君のその有り様が! 最高に愉快だ! いいよ、とてもいい。DAの情報部なんて信じるのは一種の賭けのようなものだったけれど、ああ、信じてよかった。足を運んでみてよかったな……そうとも確かな『兆し』だ! 君はそれを持つに相応しいドミネイターなのだ、アキラ君!」
「……!」
確信している。アキラよりも先んじて、アキラよりも確固に。アキラがこの博打に『成功する』とエミルは信じている──否。
知っているのだ。
そのことが彼の笑顔から、そして笑顔の奥で何かが蠢く双眸から。知恵持つ獰猛な怪物の舌なめずりを想起させる佇まいから、よくよく伝わってくる……望むところだとアキラは奮起した。敵がこちらを食らわんとする怪物ならば、自分はその口内に飛び込み喉も胃も突き破って倒してやる、と。
──そういう意気込みでなければこの先輩には勝てない!
「俺は今ある三枚の手札を全て捨てて、デッキの上から三枚めくる!」
まず一枚目! アキラとエミルの声が重なる。独りでに浮かび上がりめくれたそのカードを、二人は同時に確認。共に頷く。
「《ビースト・ガール》! 種族は『アニマルズ』、よって召喚可能! 二枚目も『アニマルズ』、《バーンビースト・レギテウ》! 三枚目──これも問題なく『アニマルズ』! たった今デッキに戻したばかりの《キングビースト・グラバウ》だ!」
「「な……!」」
三枚が三枚共に『アニマルズ』で、しかもビーストユニット。こちらもまた当然のように起こされた奇跡に揃って驚愕を示したのは傍観者であるミオとアンミツ。反対に当事者である二人は徹頭徹尾それをごく自然なこととして受け入れているようだった。
(なんてことだろう。アキラの爆発力、これもちっとも普通じゃあない! 九蓮華エミルの異様さにも劣らない、はっきりとした『異常』がアキラにはある……!)
父、泉モトハルが敗北を喫した彼の振り幅。その上限値がミオには測れない。読み取れない。もしもそこを正確に知れる者がいるとすれば、それは。
(九蓮華エミル、彼だけ……なのだとすれば。このファイトはもしや、私が思う以上にマズいものなのかもしれない──)
鏡映し。いつしか向かい合って立つエミルとアキラを見てそのように錯覚し始めているアンミツの胸中ににわかに垂れ込める暗雲。隠れ潜む彼女のざわめきなど知る由もなく、アキラはどこまでも闘志を高めていく。
「──バトルに入るぜ、先輩!」




