129.昂るアキラ、陰りなしの戦意!
なんとも手慣れていることだ、とミオは思う。
相手の切り札への対処。それを如何に手早く行えるか、被害を軽微に抑えられるかどうかはドミネイターの技量を測る一種の指標となる。その例で言えばエミルの手腕は文句なしの高得点。7コストのカードをたった2コストで討ち取ったコストパフォーマンスは言わずもがな、用途をそれだけに終えず返しのターンにも利用しようとしている。
青黒のミキシングである《侵食生者トラウズ》は緑のユニットが敵として現れれば自身の条件適用効果によって再び【好戦】を得る。たとえそれがそれだけ強力なパワーを持つユニットであったとしてもトラウズの有する【復讐】能力には太刀打ちできず、先のグラバウのように呆気なく葬り去られることは目に見えている──つまりエミルはグラバウの登場を受けてアキラの切り札がそれ一枚ではないこと。そして他の切り札もおそらく緑陣営に属しているだろうという予測がついたのだ。だからこそ彼はトラウズに蓋としての役割が期待できると判断したのだ。
そしてそれは実際にアキラのプレイに制限をかける効力を発揮している。トラウズの前にビーストカードを出すわけにはいかないアキラだが、ビーストカードなしで勝てるほどエミルというドミネイターは易い相手ではない。ならば切り札を登場をさせる前に《ダークパニッシュ》を始めとする除去スペルやユニットの効果によるバトルを介さない破壊を試みようとするのは当然の思考であり、そして当然であるからこそエミルはそこにも蓋を置き、手札に《滅殺ドルルーサ》という効果破壊に反応して無コストで飛び出してくる高パワーユニットを控えさせている。
恐ろしいまでの周到さ。何よりミオが怖いと思うのはエミルにまったく考える素振りが見られなかったこと──も、そうなのだが。このプレイングの起点となったトラウズというカードを今引き(※事前のドローやサーチで手手札に引き込んでいたのではなく、必要な時にたまたま引き当てること)したという点。そこからの瞬発力も凄まじくはあったが、しかしそれ以上に『グラバウを屠り次の相手ターンの牽制にもなり得る』カードであるトラウズを当然のように呼び込んだこと。それに驚くでも喜ぶでもなく淡々と、本当にそれが自然なことのように──言ってしまえば『引けるとわかっていた』かのようにカードを操るエミルの姿がミオの目には一層異様に映ったのだ。
何から何まで普通ではない。どこかズレているような言動も、アキラを観察する瞳の奥の無機質さも。まるで人間以外の何かが少年の皮を被って化けているようだ……などと思ってしまうのは、自分が気を張り詰めることをやめたことで臆病になっているせいなのだろうか? ──いずれにしろ、とミオはエミルからアキラへ、友人の戦う背中へと視線を移す。見ているだけの自分より相対しているアキラの方がよっぽど明確に、よっぽど強烈にそれを感じ取っていることだろう。ひょっとしたらエミルの異質性を象る原因がなんなのか、その根本まで覗けてしまえるくらいに。
(アキラだって自分の置かれた状況はわかっている。その上で闘志には些かの陰りもない! きっとやってくれる、この怖い先輩にだって勝ってくれるはずだ──なんてったってアキラは元プロのパパだって倒してみせたんだから!)
背後からのエール。言葉にはされずともその熱量はしかとアキラへ伝わり、彼はエミルに笑いかけたままデッキへと手を伸ばした。
(大丈夫だミオ。グラバウを失ったのは痛いけど、でも俺はちっともへこたれちゃいない。むしろわくわくしているんだ。エミル先輩の牙城を乗り越えること! その先にある勝利を掴む困難に、今の俺は最高に燃えている──!)
「俺のターン! スタンド&チャージ、そしてドロー!!」
裂帛の気合が込められたドロー。気迫に漲るアキラを見て、エミルは「うん」と嬉しそうにする。
「グラバウともっと戯れたい気持ちもあったけれど。心を鬼にして殺してよかったよ──その甲斐あって、アキラ君が元気になってくれた。おかげでファイトが随分と楽しくなりそうだ」
「ええ、ようやくエンジンがかかってきましたよ。まずは俺の本気! お望み通りあなたに味わってもらう!」
そう宣言しながら、アキラはファイトボードに置かれたオブジェクトカードをレストさせた。
「《緑莫の壺》の効果を発動! 黒のコストコアをひとつ生成! それを含めてまずは3コスト使用、黒のスペル《ソウルスミス》を発動する!」
「《ソウルスミス》……そのスペルは場のユニット一体を破壊することで墓地の同陣営ユニットを蘇生させるもの、だったね」
「そうです。呼び出すユニットのコストは破壊対象のコストに+1までした数字でなければならない制約はありますけどね」
言うなれば場と手札のユニットを入れ替える緑陣営のスペル《バトンタッチ》の黒バージョンと言ったところか。黒らしく入れ替え先は墓地になっており、ディモアは少々形を変えたこのスペルを内蔵しているユニットだと言っていい。そしてそのディモアをアキラは《ソウルスミス》の破壊対象として指定する。
「《呼戻師のディモア》を破壊! そのコストは4、よってコスト5までの黒ユニットを蘇らせることができる──蘇生召喚! 再び出でよ《闇の重騎士デスキャバリー》!」
真っ黒な幕に覆われてディモアの姿が見えなくなったと思えば、そこからディモアに代わりデスキャバリーが飛び出してきた。先の登場ではドルルーサと相撃って一瞬で退場してしまったために再び戦場に戻ってこられて彼は張り切っているようだった。あからさまに槍を握る腕にいつも以上の力がこもっている騎士に反応してか、彼が乗る馬も普段より鼻息が荒い。
「ふむ、ここでデスキャバリー……【復讐】には【復讐】を、かい? しかし復讐者同士の争いはよりパワーの低い方が一方的に得するだけ。それがわからないアキラ君ではないだろうから、トラウズではなくドルルーサ対策なのかな?」
黒陣営であるデスキャバリーならトラウズが【好戦】を得ることもなく、ユニットと戦闘をしないのであれば単なる低コストユニットでしかないという点も加味すれば、ここで一旦緑を使わずに守りを固めるという選択もないではないだろう。意気込んだ割に気勢に欠けたプレイングだとは思うがそれを下策とまではエミルも詰らない──無論、上策などと褒めることもしないが。
という彼の思考を叩き切るようにアキラは。
「この瞬間に墓地でカード効果を発動! ディモアが破壊されたことでこいつはこのターン中の自己蘇生が可能となっている──墓地より羽ばたけ、《暗夜蝶》!」
連続蘇生。【守護】を持つ《暗夜蝶》であれば元々トラウズより低パワーであることもあってここで呼び出す意図がわかりやすい。やはりアキラはこのターンを守勢を整えて終えるのだろう──。
いや違う。エミルはアキラの瞳。そこに宿る自分とはまた別のファイトに向ける『何か』を見てそう感じた。アキラは守ろうとしているのではない、むしろその逆。こちらに攻め入るつもりでいる……!
「もう一枚! 今度は緑の3コストスペル《繁栄の代価》を発動──こいつは自分の場にいる緑陣営以外のユニットを一体破壊することで、そのコストの数に応じた緑のコストコアを発生させるスペル!」
「ほお。混色構築専用のスペル」
「これで増やしたコストコアはそのターン中にしか使えないという《緑莫の壺》と同じ制約がある。だけど《繁栄の対価》にはもうひとつ特典がある──それは破壊したユニット以下のコストを持つ同陣営のユニットを一体手札に戻す効果! これによって俺は《闇重騎士デスキャバリー》を破壊し、《呼戻師のディモア》を墓地から回収します!」
「……!」
「行きますよ先輩、ここからが俺の見せ場だ!」




