128.悍ましき強きドミネイター
「ほう、君もオブジェクトカードを使うのか」
アキラの見せた決意もなんのその、エミルの興味は彼が使用したカードの方に移っていた。
「申し訳ないが、最近になって急激に数を増したオブジェクトカード。私もまだまだ全てを把握できてはいなくてね……そのカードも初見なんだ。効果を説明してほしい」
「《緑莫の壺》は緑陣営に属するオブジェクトカード。その効果はフィールドにある限り、毎ターンひとつ! 指定した色のコストコアを捻出してくれるというものです。指定は設置と同時に行う必要がある……俺は『黒』を宣言。これで俺は常に黒のコストコアをひとつ多く使えることになる!」
「ふむ。コストブーストの類いというわけだ。それも陣営を混ぜた構築のデッキでこそ光る、とても便利なカードだね」
これで2コストなら設置する手間を合わせても(ファイトの序盤から中盤であれば、という注意書きは付くが)遥かに見返りの方が大きい。エミルが使った《依代人形》と同じくかなり強力なカードだと言えるだろう。まだ日本には浸透しきっていないオブジェクト種の中でもこれだけ有用な、しかもデッキカラーに見合ったものを早くも投入しているとは。その点を少々意外に思うエミルに、アキラはちらりと後方に立つミオを見て言った。
「自分で手に入れたんじゃありません。これは友達からの貰い物です」
「へえ。そこの彼からの贈り物と……変わっているね、君たちは」
「変わっている?」
ぽつりと漏れたその感想の意味がわからず聞き返すアキラに、エミルは。
「だってそうだろう? DAに通うなら他の生徒全てがライバル。特に同級生は特段に立ち塞がる、何がなんでも蹴落とさなければならない相手だ。そうしないと望む進路には進めないのだから──だというのにミオ君はライバルに塩を送るような真似をして、アキラ君はライバルから恵んでもらって誇らしげにしている。私には理解の外だな、君たちのやっていることは」
「……確かにエミル先輩の言うことはもっともです。俺たちは互いに下すべきライバル。いつかは決定的な優劣を付けなくちゃいけない関係にある。それは確かにそうだ──でも。俺はそれだけとは思っていません」
「ふむ? どういう意味だろうか」
「蹴落とすべきライバルであり、それと同時に共に上を目指す『仲間』でもある。俺は同級生の皆をそう思っているんです。ただその時、そのファイトだけ勝てばいい……そういう考え方は寂しいし、俺の思うドミネイター像からは外れている。だってただ勝敗にしか意義がないファイトなんて、何も面白くないじゃないですか」
「──はは。そうか、わかったよ。ファイトを通して切磋琢磨し向上し。より良くを目指すのがDA生の務めであり、翻ってドミネイターの務めであると。君はそう認識しているのだね」
「はい」
自分以上に自分の気持ちを上手に言語化されて少し面食らいはしたものの、アキラはしっかりと同意を返した。共に向上し、今よりも上へ。互いがより良くなっていくこと。それこそがファイトの素晴らしさだとアキラは信じている──故に迷いなく頷いた彼に、エミルもまた納得を見せて深く頷いた。
「得心いった。こうして向かい合いながらも何故だか君というドミネイターを測りかねていたんだが、その理由も判明したよ。なるほどそういうことだったんだ……あまりにも私と違いすぎる。君のその考え方は私が歩んできた道には欠片すらもなかったもの」
そしてなくて当然のものだ、と。最後の一言だけなんの感情も温度もない、言うなれば無色の声音でそう呟いたエミルにアキラの背筋には一際の震えが走った──恐ろしい、のではない。これはもっと別の……そう、正しくは。
悍ましいのだ。
「お──俺はこれでターンエンド、です」
「私のターン。スタンド&チャージ。ドロー」
引いたカードに視線をやったのはほんの一瞬。エミルはそれを手札に加えず、ドローした所作そのままにファイトボードの上に置いた。
「2コスト。青黒ミキシングユニット《侵食生者トラウズ》を召喚」
《侵食生者トラウズ》
コスト2 パワー2000 MC 【復讐】 条件適用・【好戦】
「混色カード!?」
「勿論採用しているとも。その驚き方からして君は持っていないのかな……? まあ、どちらでもいいか。トラウズの条件適用効果。相手の場に黒か青以外のユニットがいればこのユニットは【好戦】を得る。君の場には黒のディモアだけでなく緑のグラバウがいるために条件はクリア。よってトラウズでグラバウへアタックだ」
「低いパワーのユニットでアタック、ということはまさか──」
「そのまさかだよ。君が使ったデスキャバリーと同じく、このユニットには【復讐】能力がある。トラウズは死ぬがグラバウにも道連れになってもらおうか」
黒い塊の上から人型に水が被さった奇妙な生き物。それが突進してきたためにグラバウは応戦、巨腕の一振りで呆気なく敵を蹴散らした──かに見えたが。トラウズを構成していた飛び散った液体がグラバウに付着。じわりとその体内に染み込んでいき、そして内側から彼の肉体を侵して壊し始めた。害毒の雨にも負けなかった巨獣もこれには耐え切れず、どうと巨体が倒れ伏す。
パワーでは圧倒的に増さっていながらも強制的に共倒れさせられる。これが【復讐】の恐ろしさ。それをコスト2で持ち合わせながら、条件付きとはいえ【好戦】まで得るとはやはりミキシングカードの性能は破格としか言いようがない……そんなものまで操るとなればエミルを相手取るには一層に難儀させられる。グラバウを簡単に処理されてしまったことに忸怩たる思いを味わいながらも、アキラがその事実を受け入れたところ──更にエミルは容赦なしに畳みかけてくる。
「追い詰めると言ったはずだよ」
「!」
「残りの4コストで青黒ミキシングスペル《メロウ・アーカイブ》を発動。墓地から青か黒のユニット一体を蘇生。そしてもう一体、墓地の青か黒のユニットを手札に回収する」
「蘇生と回収を同時に……!?」
如何にも黒と青が合わさったような象徴的な効果。一枚でそれができるのだから、名称からして元となっているであろう黒単色の蘇生スペル《ホロウ・アーカイブ》と比べても──あちらは複数蘇生が可能という強味こそあれど──一段と利便性が増したスペルだと言える。
「このスペルはクイックカードでもある。4コストなので手打ちでもそう重くはないが、そのせいか蘇生対象はコスト4以下という制限もあってね。使ってみると意外とこの制約が面倒なことも多いんだ。回収対象にはコスト制限がないのは助かるんだけども……とまれ、今はそれに悩まされることもない。私が蘇らせるのはたった今散ったばかりの《侵食生者トラウズ》。そして手札に回収するのは《滅殺ドルルーサ》だ」
「……!」
地面にほんの一滴残っていた水がぶくりと膨らみ、その内部に例の黒い物体が宿る。そうしてあっという間に元通りの形を取り戻したトラウズは、しかし先ほどと違ってアキラの場には黒のユニットしかいないために【好戦】を得ることはない。追加でディモアまでやられることはない、けれども。それがなんの慰めにもならないことをアキラはもう知っている。
「【復讐】持ちは早めに処理しておくに限る……それがセオリー。だけど安易な除去はお勧めしない。効果破壊をトリガーにまたドルルーサは飛び出してくるのだから」
エミルの一手はあらゆる牽制の意味を持っている。それが理解できるだけに、美しく微笑む彼にアキラは──その強さ、その力量に、心からの尊敬を眼差しに乗せて微笑み返した。




