127.獣王蹂躙、笑うエミル
「ああ……クイックカード以外にも黒を入れているんだね。なるほど、そういうコンボか。面白いよ」
「……!」
やはり見抜かれている。その上で落ち着き払っているのだから、エミルはこの先に何が起こるのか正確に予測しながらもそれに対してまったくと言っていいほど脅威を感じていない、ということになる。アキラの作戦は「面白い」の一言で済ませられる程度のものでしかない──。
だからどうした、と歯を食いしばる。覚悟を決める。エミルがどこまで見抜こうが見抜くまいがやると決めたからにはやり抜くのみ。どのみち引くことが最善に程遠いのは間違いないのだから、ここで足踏みするのは余計に自分を追い詰めるだけ。ならばせめて力の限りに前進するしかない。この切り札と共に!
「《呼戻師のディモア》の登場時効果を発動! 自分の場のユニットを一体破壊し、墓地からユニット一体を蘇生させることができる──蘇生対象は黒陣営以外の全て! 破壊対象に《幻妖の月狐》を指定して、蘇生するのは……」
「前のターンに墓地へ埋めた《キングビースト・グラバウ》。そうだね?」
「っ、ああそうだ! 甦れ、グラバウ!」
ディモアが打ち鳴らすハンドベルの音色によって呼び起こされ、地を割り砕いて姿を見せた巨獣グラバウ。獣王の名に相応しいその威容にエミルは目を細めて、訳知り顔で頷いた。
「私の知らないユニットだ。わくわくするね……察するに君の切り札のひとつなんだろうが、こいつで私をどうしてくれるのかな?」
すぐに実践してみせようと命令を下さんとしたアキラに、「おっと」と思い出したようにエミルは言った。
「その前に。《ミッドローの蒼い雨》の常在型効果は継続中、君が新たに呼び出したユニットたちにも毒の雨に濡れてもらうよ」
《呼戻師のディモア》
パワー2000→1000
《キングビースト・グラバウ》
パワー7000→6000
「それぞれ1000ダウンだ」
「それくらい関係ない、グラバウには自身をパワーアップさせる効果がある! 相手の場のユニット一体につき1000アップ! エミル先輩の場には蒼い雨とスタビラーの二体がいる。よってグラバウのパワーは2000上昇する!」
「ほう」
《キングビースト・グラバウ》
パワー6000→8000
青陣営以外のユニットには毒となる奇怪な雨もなんのと奪われる以上の活力を全身に漲らせた獣王。その立派な体躯に更なる力が宿ったことにエミルが感心を見せる中、アキラは改めて命令を下す。
「やれっ、グラバウ! 《ミッドローの蒼い雨》を破壊しろ!」
「なるほど【好戦】持ちか──ではこの瞬間に私は《依代人形》を砕こう」
何気ないエミルの言葉に合わせて、グラバウが動くよりも先に藁人形がバンと弾けて飛び散った。傍からは独りでに壊れたようにしか見えなかったが、それが蒼い雨の受けるはずだった被害を肩代わりした結果であることは確かなのだろう。ユニット同士のバトルが終わった処理となっている……もしもグラバウに全体攻撃の能力がなかったら何もできなかった、とアキラは獣王の対ユニット戦に特化した殲滅能力を今一度頼もしく思う。
グラバウが動きを止めていないことに気付いたのだろう、エミルは小さく首を傾げる。
「おや。《依代人形》が破壊を引き受けたとしても戦闘は行われたことになり、君のグラバウもレストするはずなんだが……どうしてまだ戦闘体勢を取っているのかな?」
「レストはしていますよ。ただしグラバウには一回のレストで相手ユニットの全てにアタックできるという連続攻撃の能力がある。一度破壊を免れたくらいじゃ獣王の牙からは逃げられない!」
「それはそれは。緑らしい戦闘に尖ったいい能力だね」
アキラの毒気を抜くような優しい顔付きでにこりと微笑みかけたエミルだったが。それはそれとして「だがバトル再開の前に」と場から取り除かれた《依代人形》の効果処理に入った。
「このカードが身代わりとなって墓地へ行った時、私はデッキから一枚ドローできる。ふふ、限定的とは言ったがこの効果があるから割と出し得ではあるんだよ」
ドロー、と軽やかにカードを引くエミル。クイックチェックではないので何を引こうと今すぐの反撃があるわけでないが、しかし一枚。たった一枚エミルの手札が増えるというだけでアキラの胸中には得体の知れない不安が渦巻いた──何故こんなにも恐ろしく思うのか。
それは偏に、エミルが自分の受ける被害にまるで無頓着な様子でいるからだろう。先のドルルーサを迷いなく突っ込ませたこともそうだし、今も自軍フィールドが壊滅すると決まったばかりだというのにまったく痛痒を見せない……どころか嬉々とした笑みでその時を待っている。早く壊してみせろと言わんばかりの態度でアキラを見据えている。それが彼の一挙手一投足に得も言われぬ不気味さを与えているのだ。
「どうかしたかい? こちらの処理は終わった、どうぞ指示を再開してくれ」
「……グラバウで蒼い雨にアタック!」
まるで自分の身体にも雨が降り注いでいるようだった。重く纏わりつくエミルの視線を振り切るようにアキラは巨獣へ命じる。それに応えたグラバウは天に向かって大きくひと吠えた。弾幕の嵐すら掻き消す彼の咆哮は空の上の上にまで響き、途端に雨が止む。戦闘らしい戦闘ではなかったものの《ミッドローの蒼い雨》はそれで倒されたらしい。
「まだだ! 《真影のスタビラー》にもアタック!」
空から自分へと獣王の視線が移ったことにびくりと肩を跳ねさせたスタビラーだったが、次の瞬間にその肉体は砕け散って単なる水となっていた。巨躯を思わせないグラバウの目にも留まらぬ踏みつけ攻撃がやられた本人にすらそれを自覚させないまま戦闘を終わらせたのだ。
「はは。本当に敵の全てを壊し尽くすまで止まらないんだな。おかげで私の戦線は完全崩壊。やってくれるじゃないかアキラ君」
月狐で墓地に埋め、その月狐を餌にディモアで呼ぶ。本来ならまだ召喚できないコストを持つ大型ユニットを早期に呼び出したそのコンボ。そしてグラバウ自体のカードパワーに加え、それらを駆使するアキラの腕前。全てが評価ポイントであった──ただし。
「一年生にしては、強いね。これがただの後輩とのファイトならこの時点である程度満足できたかもしれない……ただしこれは私にとっても君にとっても『ただのファイト』なんかじゃあない。今はまだ兆しの兆しといったところか。準覚醒者の凄みというものを感じるには至っていない──うん。もう少し追い詰めようか。君がもっと君らしく戦えるように」
「な──、」
「さあ、何もないならターンエンドするといい。それとも残りの2コストでまだプレイするかい?」
初めて闘志を前面にした彼からの、進行の催促。エミルはなんの気もなしに行っただけだが、しかしアキラからすればそれは殺戮者の舌なめずり。とにかく早く獲物を傷めつけたくて仕方がない異常者からの催促に他ならなかった。
今までに味わったどのドミネイターのどの殺気とも異なる、冷淡かつ邪気のない殺意。その純粋なまでの欲望はまだ十三歳のアキラには重すぎるものだった。ファイトを見ているだけのミオも、木陰から気配を消して窺っているアンミツも急激に自身の体重が増したかと思ってしまうほどの重圧をエミルから感じているくらいなのだから、直に向かい合う彼の受けるプレッシャーは無論のことそれ以上に甚大だ。
だが。
「……俺は2コストで、オブジェクトカード《緑莫の壺》を設置する!」
それでもアキラは逃げず屈さず、しかとエミルを見返しながらカードをプレイした。どんな強敵にも臆さず立ち向かう。それが彼の目指す『ドミネイター』であるからだ。




