126.見抜く瞳。見返せるかアキラ!
「……!」
ノータイムで攻めてきた。あのクロノでさえもドルルーサとデスキャバリーを共倒れさせるか幾ばくか悩んだというのに、同じ選択肢を突き付けられてもエミルは一切迷わなかった──果断どころの話ではない。まるでデスキャバリーの登場自体が目に入っていないかのようだった。しかしドルルーサを失ってもまるで平静をなくさないその様子からすれば、無論アキラがクイックユニットを引き当てたことを彼が認識していないはずもなく。それどころか。
「安心したよ」
と、アキラと目の合ったエミルは言った。
「あ、安心?」
「クイックカードを引くつもりでいた君が、ちゃんと引けたことに安心したんだ。カードを従えることができているようで何よりだ」
従える。その文言にぴくりと反応するアキラに構わず彼は続ける。
「とはいえまだまだ片鱗と言ったところかな。兆しのないドミネイターでも望んだ通りにクイックカードを引く程度の芸当はできる……それくらいじゃ『覚醒者』に相応しい才能とは言えない。プレイングも含めて君は拙いね、アキラ君」
「……!」
「がっかり。でもあり、楽しみでもあるよ──3コストで《ミッドローの蒼い雨》を召喚」
ザァッ、とフィールドに雨が降る。夜空は晴れ渡っており雨を落とすような雲などアキラたちの頭上にはない……つまりこれがユニットなのか、呆気にとられるアキラにエミルが笑う。
「これも面白いユニットだろう? だけどただ面白いだけじゃなく、この子はとても体に悪いものを降らせるから気を付けて」
「え──、ッ!?」
言われて気付く。雨に濡れたティティと月狐。アキラのユニットたちが急に苦しみ始めていることに。いったい何が起きているのかと慄くアキラに、エミルが言葉を続けた。
「《ミッドローの蒼い雨》が場にいる限り、君の場の青陣営以外のユニットはそのパワーを1000下げる。エリアカードに近い効果を内蔵しているんだ」
「パワーの強制ダウンだって!」
《恵みの妖精ティティ》
パワー1000→0
《幻妖の月狐》
パワー2000→1000
月狐は体を侵食し活力を奪う雨の脅威に辛うじて耐えられたが、元から1000しかないティティのパワーはあえなく底をつきてしまった。パワー0のユニットは存在を保てず、フィールドから強制的に退場させられる。『破壊』や『墓地送り』とはまた別のルールによる除去がなされるのだ。
妖精があたかも殺虫剤をまかれた羽虫のように力なく斃れていく様を、そしてそれに表情を歪めるアキラの様子をじっくりと眺めながら。エミルは薄く笑った。
「無惨な死に方だ。可哀想に思うよ──けれどアキラ君、君を襲う悲劇はそればかりではない。私にはわかっているよ。先のターンでも、そして今し方のデスキャバリーの破壊に際しても君が墓地の《暗夜蝶》を蘇生させなかった、その理由が」
「……、」
気付かれていたか──そう顔に出ているアキラのわかりやすさが面白く、可愛らしく、それ以上に情けなく。その全てを嘲笑へと変えてエミルの口元はより弧を描く。
「タイミングを見極めるのは大事だね。私に使えるコストが残っている内に蘇生させたくはない。もののついでに処理されるという目算は誰にだって付く──だから引き付けに引き付けて。絶対に【守護】が活きるという場面でこそ《暗夜蝶》を呼び出そう。そう考えていたんだろう?」
そしてそれは正しいプレイングだとエミルも認める。実際に《ミッドローの蒼い雨》というまさしく「もののついで」で《暗夜蝶》を処理してしまえるカードが手札に潜んでいたからにはアキラの用心は意味を為したと言える……お手本のように手堅い、実に堅実なプレイ。だがそれは所詮定石の域を出ない、言ってしまえば見所のないつまらないプレイとエミルにとっては同義であった。
「この雨をどうにかしない限りどのみち《暗夜蝶》の効果は使えない。蘇った途端に墓地へ逆戻りすることになるからね──そして君はこうも考えている。エリアか―ドのようにユニット全体へ作用する厄介な効果ではあるものの、エリアカードと違ってユニットならば処理は容易いと」
「っ……!」
何もかも。まるで心を読んでいるかのように一から十まで思考を見抜いてくるエミルにアキラは再び体を固まらせる。しかしてこの程度の技はエミル当人からすれば児戯に等しい。読み取るまでもなく相手の呼吸を読み切ることなど彼には何も難しくない、まさに先ほどアキラがそう感じたように「呼吸の如く」できて当たり前の行為なのだから。
「確かに《ミッドローの蒼い雨》のパワーは高くない。スタンド状態にあると言っても緑が主体の君のデッキなら排除するに大して苦労もしないだろう──だけどだからと言ってそう簡単に片づけられては『面白くない』。よって私は残りの2コストでこれを使うよ。無色のオブジェクトカード《依代人形》を設置だ」
ポンとエミルの場にどこからともなく出現したのは藁人形。束ねられた藁の上から黒い墨のようなもので複雑な紋様が描かれているそれは、いかにも呪術のために用いられていそうな禍々しさが見た目からも漂っている。だがアキラは人形の不気味さよりも、ミルが口にしたワードの方にこそ注意を引かれた。
「無色のカード?」
「ああ、初めて見るのかな? オブジェクトカードにはこういったどこの陣営にも属していないものも珍しくないんだよ。コストの色に縛られないためにどんな場面でも使い勝手のいい、事故と無縁の心強いカードだ。その分効果は多少限定的だし、コストコアになっても無色のままだがね。今のところはオブジェクトにしか『無陣営』という陣営は存在しないが……だけどすぐに例外も出てくるだろう。ドミネイションズの発展は早い。日進月歩で進んでいくのだから──私たちドミネイターがそうであるように」
言いながら、エミルの目がじっとアキラを射貫く。その眼差しが「君はついてこられるのか」と訊ねている──もちろんだとアキラも視線だけでそう答えれば、彼は満足そうに頷いた。
「《依代人形》は私の場の他のカードが対象となる全てを代わりに引き受ける。ユニットの攻撃対象も、スペルの除去対象もだ」
「つまり……《ミッドローの蒼い雨》を倒すためには、除去を二連打する必要がある」
「正解だ」
面倒だな、とアキラは眉をひそめる。《依代人形》の身代わり効果によって《ミッドローの蒼い雨》は疑似的に《ジャックガゼル》のような除去への耐性を得たことになる。だがあくまで破壊耐性であってその他の除去方法には対応していないガゼルとは違って《依代人形》は『対象を肩代わりする』という効果。要するに破壊だろうと墓地送りだろうと関係なく防ぐことができるのだ。加えて人形自体はユニットではなくオブジェクトであるために除去手段が限られる……それによってどうしても二度手間を強要されるという点で、ガゼル以上の効力を発揮する厄介なカードだと言えた。
「だが手札は少なくないんだ、なんとでもできるだろう? 私はターンエンド」
「言ってくれますね。その手札を減らさせるために《依代人形》を出したんでしょうに──俺のターン、スタンド&チャージ。そしてドロー!」
このチャージとドローによってアキラのコストコアは計六つ、手札は七枚と潤沢。確かに取れる手段は少なくないが……問題はそれを明らかに誘われているというところにあった。逡巡。エミルと違ってプレイを『迷わない』なんてことはできないアキラだが、しかしそれでも彼の決断は早かった。
(格上相手にあんまり怯えたって仕方がない……縮こまったプレイじゃ万に一つも勝機はないんだ!)
前のターン、防御を引けるかもわからないクイックカードを頼りにしてまで仕込んだ「それ」を、早速活かさんとアキラはとあるカードを手札から繰り出した。
「4コスト! 《呼戻師のディモア》を召喚する!」




