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123.甘井アンミツの苦悩と決意

「グランドミヨシパークの位置情報を送りました。はい。間もなくファイトが始まろうとしています。今ならまだやめさせることも間に合いますが……そうです、私が無理矢理に止めるという意味です。アキラ様の不興を買うことになったとしてもそうすべきでしょう。少なくとも私はそう思います」


 グランドミヨシパーク。という正式名称で二十年前の再開発を契機に設けられたその広い公園を呼ぶ者はほとんどいないが、しかしそれが報告であれば正しい名を使わないわけにはいかないだろう。アキラたちの後をつけながら公園に入る際、しっかりと名称と地図上の位置を確認していた甘井アンミツに抜かりはなかった。


 彼女がいるのは木陰の中。アキラたちが見える、けれどアキラたちからは見えにくい絶妙のポジショニングで彼らを監視・・している。正確にはアキラを観察・保護するためにこうしてストーカーまがいのことをやっているわけだが、故にこそ彼女には不満と不安とが募っていた。


「はい。私はアキラ様を『守るため』にここにいる。だというのに──最重要警戒対象が接触してきているというのに、という指示に納得などいくはずもないではありませんか」


 電話口からは理性的な声音で返す言葉が聞こえてくる。まるで理性的でない人物を宥めるようなその言い方に、アンミツは深く眉をひそめて。


「今はまだ、などと言われましても。何かあってからでは遅いと監視を付ける判断をしたのはそちらでしょう。そもそもの話、九蓮華エミルが動いたのであれば私にも連絡のひとつくらいあってもよかった──いえ、あって然るべきだった。彼の行く先がどこであれ、です」


 なのに何故それが欠かされたのか。アンミツがエミルの出現を確認、すぐに報告したその時点から『DA情報部』(職員室とはまた別にある学園内の取り決めや対外向けの一切を引き受ける部署。生活保全官の所属もここにある)に対し違和感を覚えていたが。果たしてその予感は、想定した以上の深刻さで正しかったことをアンミツは知る。


「──見失っていた、ですって? 九蓮華エミルの足取りを? そんな馬鹿な、彼には黒井先輩がついていたはず。あの人が監視対象をロストするなんて手抜かりをするはずが……」


 いや、とそこでアンミツは気付く。黒井は保全長官に次ぐ地位を持つたった三人の中の一人。情報部全体で見ても上の立場と経歴、それに相応しい確かな実績を持つ指折りの仕事人だ。アンミツ自身、数年前まではよく世話になっていたこともあって黒井の能力の高さはよくよく理解しており、信頼も厚い。そんな人物がヘマをしたなどと言われて容易には納得しがたいのは当然だった──が、故にこそ浮かぶひとつの可能性があった。


 それはずばり黒井の裏切り……などでは勿論なく、エミルに対してのものだ。彼がどれだけの天才、恐るべき本性を隠し持つ怪物であったとしても。しかしまだ成人にも満たない一少年であることに変わりはなく、ドミネイションズにおける才覚を除けば彼はその美貌くらいしか見るべきところのない『普通の人間』に他ならない。そういう意味ではドミネイションズだろうとそれ以外だろうと問題なく『なんでもできる』、できてしまう超天才泉ミオの方が遥かに人間離れしていると評価されるべきだろう。されど、エミルはファイトの実力一点のみで万能の天才ミオを超えてDAに、そしてIDRからも目をかけられると同時に警戒されてもいるのだが……ともかくとして。


 アンミツはエミルが黒井をまける、などとは考えていない。ミオならあるいは単独でそれすら可能にするのではないか、と無邪気を装って終始こちらの観察に務めていた彼の様子を思い出せば「充分に有り得る」と頷けもする──しかしそれと同じ芸当をエミルは可能としない。ではどうやって彼は黒井の追跡から逃れたのか?


 簡単な話だ。単独では不可能であるなら、彼は単独ではなかった。

 そういうことだろう。


「九蓮華の使用人。例の執事たちを、彼は動かしている。そう考えてよろしいでしょうか?」


 思い至ったそれを口に出して確認してみれば、電話越しに同意が返ってきた。やはり情報部も同様の見解であるらしい。なるほどとアンミツは事態を把握しながら黒井の不幸を慮った。


 エミルが独りでは逃げ切れずとも、協力者がいれば話は別。とはいえただの有象無象であればどれだけの人員が割かれようと黒井の目を欺くことなどできはしない……ただ、今回ばかりは相手が上手だった。何せ九蓮華家の執事たちはDA情報部やIDRの実働部隊と比較してもなんら劣らぬ練度を持つプロフェッショナル集団だともっぱらの噂である。直に相対したことこそないアンミツだがその厄介さは理解している。さすがの黒井であっても一人では連携する執事連中に太刀打ちはできない。要するに。


「そもそも監視体制のレベルが甘かった、ということですね。黒井先輩だけに任せるのではなく部下を最低でも三人はつけるべきだった。そうではないですか?」


 この程度は人事や任務の割り振りとは無縁のアンミツですら判断できることだ──即ち如何に黒井が優秀な人材と言えども、最重要の監視対象に付けるにしては『一名』という着任数はあまりに少なすぎる、と。それが九蓮華家への配慮、つまりはかの高家が誇る最高の才能を相手にあからさまな監視を行うことを躊躇った情報部上層の(現場のアンミツからすれば狂っているとしか思えない)日和・・が招いた瑕疵である。


 そのせいでエミルはノーマークとなり、こうしてもう一人の最重要監視対象の──こちらはエミルとは意味合いがだいぶ異なるが──若葉アキラとの学外での接触を許すことになってしまった。黒井が無事に追跡を続けられていれば、そうでなくともロストの事実だけでも先んじてアンミツへ知らされていれば、充分にこのような展開は避けられただろうに。そういう思いから一応は上司にあたる人物へも険のある口調で詰めるアンミツは、それが若葉アキラへ対する『不要な入れ込み』だと判じられてしまう危険性を承知しながらも向こうの返答を待って。


 そして目を見開いた。


「それでいい、とはどういう……完全に舵を切った? 中途半端よりは余程いい? ──九蓮華エミルと若葉アキラが起こす化学反応・・・・を視る。……そうですか。学園はそれを意向として定めてしまったのですね。彼らにどのような影響が起きようとも、『準覚醒者』同士によるファイトの行く末を見守ると」


 見守る、などと言えば聞こえはいいが。それは要するに実験の経過を待つのと同義である。学園内のモルモット二人をぶつけ合わせる過激な実験。その結果を大人たちも知りたかろうと、故に邪魔も入るまいと。そこまで考慮した上でアキラに接触したのであれば……いや、あのエミルのこと。よもやアキラに監視がついていないはずもないと最初から理解しながら彼の家まで足を運んでいるのは間違いなく、であるなら。エミルには学園側がどう考えるか、どう行動に移すかが詳らかに「見えている」。手に取るように把握できている──あたかも自分という人間が周囲からどう見られ、どう恐れられ、どう利用されるのか。その全てがわかっているかのように。


「やはり恐ろしい少年ですね、九蓮華エミル。──その牙がもしも、若葉様をいたずらに傷付けんとするならば。私は私に課せられた任務を放棄すると、予め伝えさせていただきます」


 途端に早口で何か言ってくる電話をぷつりと切り、アンミツは黙ってファイトスペースへ視線をやる。そこでは今まさに、アキラとエミル。件の二人がドミネファイトを始めようとしているところだった。



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