122.夜半の公園、向かい合う少年たち
どこでもいいから静かで、誰にも見られないところ。そう希望を出したエミルのためにアキラが案内したのは近所の公園だった。そこは近隣住民から運動公園と呼ばれている大きなパークで、トラックやコートなど各種競技用のスペースがいくつも用意されている市民にありがたいスポットだ。当然、パーク内にはドミネファイトのための場所もある。何を隠そうありし日にアキラがクロノとファイトしたのもこの公園だ。
幼い頃からコウヤと共に何度となく利用してきている場所なので、アキラにとってここは庭のようなもの。慣れた様子でパークの奥へ奥へと入っていく彼の後をついていった二人、ミオとエミルは、次第に雰囲気が変わっていく景観に感心する。辿り着いたそこは木々がちょうど周囲を隠し、外からは見えにくいところに置かれたファイトスペースであった。そこが奥まった位置にあること、そして時間がもう遅いこと。これらから滅多に人は通りかからないので見られる心配もない──そう説明するアキラに、満足したようにエミルは頷いた。
「ありがとう。まさしく望んだ通りの立地だよ。これで遠慮はいらないね」
「……」
遠慮はいらない。そのワードに若干の警戒を示したアキラの反応は、これからファイトに臨むドミネイターとして至極正しいものだった。戦意の垣間見える言葉に自身も戦意で応えたまでのこと。しかし今のは「そういう意味」ではないのだとエミルは朗らかに言った。
「無論、気の抜けたファイトをするつもりなんて毛頭ないけれど。私が言いたいのはつまり秘匿性について。互いにむやみやたらと見せるわけにはいかない『力』を今この時は惜しげもなく披露できること……その喜びを君と分かち合いたくてね」
「力……それってドミネイト召喚のこと、ですよね」
ああ、と肯定するエミルにアキラは不思議そうにする。
「ドミネイト召喚って、むやみにやっちゃ何かマズいんですか」
「……ああそうか、何も聞かされていないんだものね。そういうところにも疎いわけか」
と気付きつつ、学園側は本当にこれで良しとしているのだろうか素朴な疑問を抱いたエミルだったが。そんなことはどうでもいいことだとすぐに忘れ、かわいい後輩のために少々の講義を行うことにした。
「先にも言ったように、ドミネイト召喚は覚醒者に至るための道筋で得る未知なる力のひとつ。当然それを操れるドミネイターというのは、覚醒者のそれほどではないにせよ非常に希少価値がある。現状、覚醒者と見做されている人物が世界にたった一人であることを踏まえればドミネイト召喚を駆使できるというだけでその者は全世界の宝だと称してもいいくらいだ──たとえ覚醒には至っておらずとも、ね」
私の言いたいことがわかるかな、とエミルはアキラへ向けて指し示すように手を差し出し、それから自らの胸にもう片方の手を当てて。
「宝。それはつまり私と君を指すんだ」
「『覚醒の兆し』、ですか」
「その通りだ。いずれ至宝へと届く可能性のある私たちは、さて。その価値をいたずらに衆目へ晒すべきか否か。君はどう思う?」
「……!」
そこでアキラにも彼の言わんとしている内容が察せられた。全世界の宝、であるが故に。希少価値が著しく高いだけにその事実をおいそれと広めることは自身を窮地へ追いやる行為である──トップシークレット。機密情報の如くにその事実を黙しておけば避けられる無用のトラブルも多い。覚醒の見込みがある、というだけでどのような目に遭うのか具体的に想像がつくわけではなくとも、しかし開けっ広げにするのがどれだけ無用心であるかはなんとなく理解も及ぶというもの。
「ともあれだ。私は自らの裁量を優先させてもらっているよ。これは自立と自律、DAの生徒に最も求められるそのふたつを高い水準で満たしていると認められたからこその措置だね。まだ一年生の君には学園側もそこまでの信用を持てていない──だからいっそ何も話さない。それとなく見張りだけを付けて、まずは兆しを見せた君の動向を注意深く探る。そういったところじゃないかな、ミオ君?」
「……だから、ボクは別に隠してたわけじゃないって。先生たちからも何も言われちゃいないよ。覚醒云々について話さなかったのは、それを眉唾程度にしか信じてないボクが曲がりなりにもドミネユニットを召喚してみせた本人に偉そうに講釈を垂れるのもどうかと思った。それだけのことさ」
「ふふ。わかった、そういうことにしておこう。ただし……お友達に関してはともかくアキラ君、君自身はどうなんだい」
「え?」
「自らの内側に変化を感じてはいないか。そう訊ねているんだよ」
内側に変化……そう言われてもこれといって思い当たる節はない。泉とのファイトの後も、授業でもそれ以外でも様々な相手とファイトに勤しんでいるアキラだが──けれどドミネユニットである《エデンビースト・アルセリア》を呼び出せたのはあれが最初で最後だった。あのファイト以降、デッキから感じられた鼓動のような感覚は蘇らず、場にビーストを並べてみてもやはり特に反応はなく。かと言ってまったく『消えた』とも思えないアキラは、おぼろげであやふやではあるが確かに、自分が新たに得た力がそこに『ある』ことを自覚してもいる。
変化らしい変化と言えばその認識の差、くらいのもので。それ以外は本当に以前までの自分と何も変わっていないと断言することができた。
訥々とそう答えたアキラに、それが充分の変化であるとエミルは言う。
「ドミネイト召喚自体は公の場でも確認されている知る人ぞ知る『不可思議』。しかしそれを知る者の中でも覚醒者という『真の不可思議』まで把握できている者となると極端にその数が少なくなる。厳重に秘匿されている。私たち準覚醒者が保護されるのはともかく、何故覚醒に至った者まで隠すのか。そればかりか覚醒という現象そのものにまでドミネ界のトップたちはどうして秘密のヴェールで覆わんとするのか──その答えと、そして君が君の力を正しく知るために。私とのファイトが役立ってくれることを期待してやまない」
「!」
懐からデッキを取り出したエミル。その途端に彼の肉体から目にも見えるほどのオーラとなって闘気が溢れ出した。尋常ではない昂りに呼応してアキラの目の色がサッと変わる。素早くポケットからデッキを取り出し、構える。向かい合うドミネイター同士の戦意に反応し、彼らの前にファイト盤が出現。二人は言葉もなく同時にそこへデッキを置いた。
今にもファイトが始まる。そう悟ってミオは思わず口を出した──出さずにはいられなかった。
「アキラ、いいの? あの人はDA生徒の中でもとびきりの有名人だし、とびきりの実力者だ」
「勝てっこないからやるべきじゃないって?」
「いいや。勝ち目は薄い、ボクとしては勿論そうも思うけれど。でもそれ以上に……なんだかあの人は普通じゃないよ。それはアキラだって気付いているだろ? 何か、良くない予感がするんだ。果たして誘われるままファイトに乗ってしまっていいものかどうか、ボクにはわからない」
それはいついかなる時も感覚より理論にこそ重きを置くミオにしては珍しく、己の勘のみに依った忠告であった。
上級生の、トップオブトップ。そう評してもまったく過言ではない実力者とファイトできる機会なのだ。本来ならアキラだけでなく自分とも戦ってくれと頼み込んでもいい場面で、しかしちっともそうする気になれない。それが何よりも九蓮華エミルという少年の怪しさを物語っている。たかだか一度のファイトに何をそこまで恐れるのか、いくら考えてもそこへ理屈に沿った答えを見出せはしないが、だとしても。だからこそここは友達としてアキラを止めるべきだとミオは思った──たとえそれが無駄な行為であったとしてもだ。
返ってきた答えは、ミオが予想した通りに。
「悪いなミオ。お前の言っていること、実は俺にもよくわかるんだ──だけど」
「……だけど?」
「挑まれたファイトからは、逃げたくない。俺が目指すドミネイターはそういうドミネイターだから!」
若葉アキラは止まらない。




