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121.覚醒者とは!

 せっかくのお泊り初日だ。早くに床へつくよりも夜通し映画鑑賞でもしよう、と父のコレクションから何を借りようかとミオと話し合っていたアキラに階下の母から「お友達が来たわよー」とのんびりとした調子の声がかかった。


 お友達? こんな時間に訪れるということは、勝手知ったる仲であるコウヤだろうか。しかしコウヤであれば母なら「お友達」という言い方はしない。何せ紅上家とは昔から家族ぐるみの付き合いをしているのだから──実際、母はコウヤのことを我が子も同然に可愛がっているくらいだ──今更そんなどこか他人行儀にも聞こえる言葉は使わないはず。だとすれば夜更けの来訪者が誰なのかアキラにはとんと思い当たりがなく、ならば見て確かめるが早いとミオともども一階に降りて件の人物が待つ玄関へ向かえば。


「初めまして」


 初めましてだった。思い当たらないのも当然で、訪ねた彼とアキラは完全な初対面。九蓮華エミルと教えられた名にも聞き覚えはなく、アキラは四つ上のDAの先輩らしい彼がどうしていきなり我が家へやってきたのか皆目見当もつかないままにひとまず、自分も挨拶を返した。


「えっと、ご存知のようですが若葉アキラです。こっちは同級生の泉ミオ」


「……どーも」


 アキラの背に半分隠れるようにしながら、少しばかり警戒したように会釈をするミオ。その様子にアキラはおやと思う──ミオは見知らぬ相手にもぐいぐい絡んでいく性格をしていたはず。少なくともアキラは彼のことをそういう、物おじというものを知らないタイプだと認識していたが……しかしまあ、例の一件が片付いたことで泉モトハルがガラッとその印象を変えたように、ミオもまた多少なりとも行動や性格に変化があったとしても不思議ではない。むしろその方が自然であり、大胆かつ自信家だった以前までのミオこそが『変化後』だったのかもしれない。つまりは今のこの強がらない、怖いと感じたものには素直に用心を見せるミオこそが本来の彼なのではないかとアキラには思えた。


 アキラがそんな風に考えたのは、アキラ自身もまた。にこやかに人当たりよく自己紹介をした目の前の少年に対して──まったく根拠のない、そして言いようもない「得体の知れなさ」を感じ取っていたからでもあった。


「それで、その。九蓮華先輩は俺になんの用が?」


 やや性急に本題へ入らせようとするアキラのそれは、やはり警戒の表れか。本人にも判然としないままに話を先へ進ませたその対応に、エミルは小さく首を振った。


「私のことはどうかエミルと呼んでほしい。九蓮華と呼ばれるのは慣れていないものだから。君がそう呼びやすいように、私も君のことをアキラ君と呼ぶよ。それでいいかな?」


 あ、はい。とやや曖昧に同意するアキラ。いきなり名で呼び合うことを強制されるとは、と先輩らしい配慮こそあったもののそれでも自分より年嵩の少年を下の名で呼ぶことに抵抗がないではない──そう生来の気の小ささで気後れする彼の服の裾が、くいと引っ張られた。


「ちょっとアキラ、気付いてないの? 九蓮華。って、ドミネイションズの名門一家だよ。日本じゃ文句なしにトップクラス。同格と言える家も他にたったふたつしかない、いわゆる高家ってやつ」


「……!」


 高家。その存在くらいはアキラも把握している。これはDAに入る以前からも耳にしていた知識ではあったが、入学後となればドミネ史の現代においてすぐに習うこともあって余計に詳しくなっていた──『九蓮華くれんげ』。言われてみればその響きは確かに、日本最高峰の貴族・・を表す名字に相違ない。名乗られてすぐに気付けなかったのはまさかそれほどの貴い血筋、その本人がこうして等身大の人間として目の前にいるなどとは想像もつかなかったからである。


 そこはかとなく感じていた何かがハッキリとしたプレッシャーに変わって、アキラは目に見えて狼狽する。その様子にエミルはふ、と微笑んだ。


「九蓮華の名に気を使わずともいい。そう呼ぶ必要はないと言ったのは私なのだから。家のことは関係なく、私は私自身として君を訪ねたのだよ、アキラ君」


「どうして、俺を……?」


「覚醒。したんだろう、君?」


「──?」


 聞き覚えのないワードにアキラはきょとんとする。覚醒。何かしらの確信を以ってその言葉を用いたらしいエミルには悪いが、アキラにはそれが何を意味しているのかさっぱりわからなかった。それをまたしても表情から読み取ったらしいエミルは、アキラそっくりにきょとんとして。


「なんだ。ひょっとして何も聞いていないのかい」


 何を、誰から。それすらわからないアキラの困惑を見て、エミルはしばし口を閉ざして──それから堪え切れないといった様子で大笑いした。


「あっはっは! そうかそうか、これは傑作だ。まさかDAがそこまで慎重・・だとは思わなかったな。ああでも、そうだね。私の時の慌てようを思えばそれもまた当然の選択ではあったのか」


 何が可笑しいのか楽しそうにしながら、何かに納得したらしい彼はそれから「けれど」と不意に視線を移した。アキラから、その傍らのミオへと。


「知らぬは本人ばかり、といったところかな? そこの君の顔を見る限りは」


「……っ、」


「え……? ミオ、お前は何か知ってるのか? 覚醒って言葉の意味を」


 洞察力に優れているのか、『覚醒』と聞いた瞬間のミオの僅かな表情の変化から彼の知識にそれが含まれていることを察した様子のエミル。それを指摘されたミオが掴む己の服の裾がより強く握り込まれたことから、アキラもまたエミルの推察が決してただの当てずっぼうではないことを察して。


「知っているなら教えてくれよ。そうじゃないと話についていけそうにない」


「……覚醒っていうのは、都市伝説だよ。いや、単に伝説・・だと言った方がまだ適切かもしれない。それだけ眉唾な情報だってことを踏まえて聞いてくれよ」


 丁寧過ぎるまでの奇妙な念押しをして。それに対してアキラがしっかりと頷いたのを確認し、ミオは続けた。


「カードに選ばれた人間が辿り着く境地。それが『覚醒』。覚醒に至った者は究極のドミネイターと同義で、毎ターンのドローだろうとクイックチェックだろうと好きなカードを引けるのは朝飯前。確率ですら語れないほどの奇跡を当たり前のように起こせる、ファイトの絶対支配者……まさに支配ドミネイトの頂点だ」


「確率ですら語れない奇跡──それって」


 泉とのファイトで、通常なら起こり得ない本当の『奇跡』を引き起こした経験のあるアキラにはピンとくるものがあった。まさにその通り、とミオは彼の直感を肯定する。


「ドミネイト召喚。アキラが呼び出した『ドミネユニット』の存在も覚醒者が起こす奇跡のひとつだと言われている。だから実質、ドミネイト召喚を駆使できる者を覚醒者と呼ぶ風潮もある。だけどそれは──」


「──だけどそれは十分条件と必要条件の違いだ」


 流れるようにセリフが引き継がれる。あまりに鮮やかだったために言葉を奪ったとすら思えないほど自然に話し始めた彼に。その見目麗しい穏やかな笑みに、アキラの目は吸い寄せられた。


「エミル先輩……?」


「覚醒者がドミネイト召喚を当然に操れること。そこは真が成り立つけれど、ドミネイト召喚を操れる者が必ず覚醒者であるとは限らない。つまりだね、アキラ君」


 一歩。玄関の軒先から屋内へと入ってきたエミルは、そうしてより近くからアキラという少年を見つめて──そしてその顎へと手をやって。


「君も私も。あくまで『覚醒の兆し』を見せたに過ぎない、ということさ」


 まるで口づけでも交わすような距離感で告げられたその文言は、まだ困惑が勝つアキラにとってすぐに飲み込める類いのものではなかったはずだが。けれど不思議と、すんなりとアキラには彼の言いたいことが理解できた。


 彼の大きな瞳に映り込む自分自身を眺めながら、半ば夢の中にいるような心地でアキラは口を開く。


「──そうか。あなたは俺を、確かめに来たんですね」



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