12.オウラの矜持
「舞城さんが降参した!?」
「え……てことは、もうファイト終わり?」
まだ勝敗は決していなかった。オウラはアキラの二枚目の切り札によって自身のエースを失ったが、しかしすぐにその仇を取った。ライフコアの数では負けているとはいえ状況的には五分と言っていい──そこで勝負を諦める意味がわからず困惑する生徒たち。それ以上に困惑しているのが、いきなり勝ちを譲られたアキラ本人だ。
「ちょ、ちょっと待ってくれ舞城さん。ここからが本番なんじゃないのか?」
「ええ、そうですわね。互いにエースカードを失い、けれどライフは残されたこの現状。確かにファイトの醍醐味はここからでしょうね……これが普通のファイトであれば」
「普通の……?」
その言い方からすると、このファイトが普通のそれではなかったように聞こえるが。けれど別に、ファイト中に何かしら変わったことなどなかったとアキラは記憶している。それこそ勝負を中断させねばならないようなことは、何ひとつとして起こっていないはずだ。
「忘れまして? わたくしはあなたにドミネイションズンズ・アカデミアへの受験を諦めさせるためにファイトに応じた。それは偏に、わたくしが終始圧倒したままファイトを終えてこそ成し遂げられること。……ところが、結果はこれですわ」
「そう言われても、俺には何が不満なのかわからないよ。舞城さんはとても強かった。戦法の違いから俺が常に攻め続けていたけど、追い詰められていたのは俺の方じゃないか」
オウラの切り札《天星のアルファ》が築き直した鉄壁は、起死回生のつもりであった黒のカードでのコンボを難なく撥ね退けた。あの時点でのアキラには打てる手が何もなく、そのまま天使の軍勢に蹂躙されることを覚悟しかけたくらいだった。そこまで人を追い込んでおいて何が納得いかないのかとアキラが問えば。
「そもそも。あなたを相手に使うつもりのなかった切り札を切らされたという点がひとつ。……そして、そうしておきながらあえなく切り札を倒され、逆転を許してしまったという点がもうひとつ。どちらも汚名そのものですわ」
「お、汚名って」
「あなたを貶めているわけではないので悪しからず。これはわたくしの矜持の問題なのです。舞城オウラには品格が求められる。それはファイト中であっても変わらず──いいえ。お母様より譲り受けた大切なカード、《天星のアルファ》を用いるからには戦いの最中でこそいっそうに高貴でなくてはならない。その誓いを立てているわたくしとここまで渡り合ったあなたは、既に勝利している。……そう判断したまでのこと」
「…………」
そこまでアルファはオウラにとって大切なカードだったのかとアキラは意外に思う。同じドミネイターではあっても自分と違って彼女は自身が操るカードに愛情を注ぐタイプではないだろうと、そのクールな印象から勝手に思い込んでいただけに。デッキの底へ置かれた《天星のアルファ》を見つめるオウラの情愛こもった眼差しには驚かされた。
やがて丁寧な所作で懐へデッキを仕舞ったオウラは、アキラへと視線を向けて。
「若葉アキラ。改めて敗北を認めますわ──この勝負、あなたの勝ちです」
「それはつまり、俺がDAに挑むことも認めてくれたってことでいいのかな」
「そうね……それに足る実力がある、とまではまだ言えずとも。その素質は大いにあると見做してもいいでしょう。あなたのプレイングには甘さがあったけれど、それ以上に光るものもあった。それがファイトを通してのわたくしの率直な感想ですわ」
「……!」
「それからもうひとつ。あなたの感謝の言葉、確かに受け取りましたわ」
そう言われて思い出した。そうだ、自分は元々ドミネファイトを始めるきっかけをくれたオウラに、その感謝を受け取ってもらうためにファイトをしていたのだった。目的をすっかり忘れて目の前の戦いばかりに夢中になっていたと気付いて頬を掻くアキラに、オウラは「それでは」と踵を返して去ろうとする。
「あ、舞城さん」
「──なんですの?」
呼び止められ、振り向くオウラ。再びアキラに向いたその黄金色の瞳には、あの日とは違って自分に対する確かな認識と興味がある。それを嬉しく思いながらアキラは彼女へ告げた。
「舞城さんもDAを受験するんだよな。お互い頑張ろう」
「言われずとも、ですわ。自分が落ちても合格したわたくしを恨まないでちょうだいね、若葉アキラ」
「はは……さすが」
自分が落ちる可能性など微塵も考慮に入れていない様子のオウラに、アキラは感心すらしてしまう。超難関と有名で、そのことをアキラ以上によくよく知っているだろうにそれでも彼女は受かる気満々でいるのだ。その確かな自信とまったく揺るぎない自負心は、『上』を目指さんとするドミネイターが持っていてしかるべきものだと感じた。それは今の自分にはまだないもの。
──俺には欠けている要素が多過ぎる。アキラはそう思った。
「舞城さんと戦えてよかった。おかげで、DA受験に向けてより身が引き締まったよ。俺も絶対に受かってみせる」
「……これで呆気なく不合格になられてはわたくしとしても興醒めというもの。是非とも受かってみせてくださいな」
そう言って今度こそ去っていくオウラに、どうやら本当にファイトは終わりらしいと観戦していた生徒らも三々五々に散っていく。決着の仕方は不完全燃焼もいいところであったが、途中にあった天使の軍勢と巨獣の激突はその迫力から見物している彼らに並ならぬ興奮を与え、大方の生徒はそれだけでも満足しているようだった。
形をなくしていく観戦者の輪の中から、アキラに向かって飛び出してくる影がふたつ。
「やるじゃんかアキラ! 見事にオウラの奴をいてこましてやったな!」
「おめでとうっすセンパイ! この学校の最強の片割れに負けを認めさせるなんてとんでもないことっすよ!」
「わわ! ちょ、ちょっと落ち着いてくれ二人とも」
勝った当人よりもずっと喜んでいるのではないか、という勢いでぐいぐい来るコウヤとロコルにアキラはたじたじである。だがそんな彼の様子を見ても彼女たちは留まるところを知らなかった。
「落ち着いてどーする!? むしろもっと盛り上がってかねーとな。てなわけで、まずは祝勝会だろ!」
「そーっすそーっす。パーッといくっす!」
「えっ、祝勝会!? 今から!?」
「心配すんなって、今日はアタシが奢ってやっからよ。とりまジュースと菓子を買いにいこうぜ! んでもってアキラん家でパーティーな」
「最高っす!」
「お、俺の意思は……まあいいか」
課題の残るファイトであったと思うので、今の気分としては早速デッキの構築や自身のプレイングの見直しに務めたいところだったのだが、友人たちがこんなにも盛り上がっているのだ。そこに水を差すのもどうかと思い、アキラはコウヤの提案に乗っかることにした。
「じゃあ、行こっか。お菓子の調達は木崎マート(学校から一番近いスーパー)で?」
「おう! たらふく買い込もうぜ」
「自分、ドミネフィギュアのおまけ付きのやつ買いたいっす!」
「あれってお菓子はガムじゃなかった? シェアには向いてないと思うけど」
「ラムネ版のもあるっすよ」
だとしてもこういう場面で買うのはどうなんだろう、と思わなくもないアキラだったが。その十分後、木崎マートで三人揃って玩具菓子を真剣に選ぶ彼らの姿があったとかなかったとか。