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115.ミオのおねだりと青春の始まり

「残念って?」


 きょとんとした顔のミオ。その思わぬ反応に「あれ?」とアキラは少し面食らいながらも言った。


「だってほら。なんだかんだで結局、一緒に過ごせなくなっちゃっただろ? は」


 泉の息子を用いた野望が砕かれたことでミオの早期進級はなかったことになった。彼自身がそれを続ける気がないのだから当然だが、しかし泉としてはやはり、そこから手を引くだけで許された気になるのは烏滸がましく、我慢のならないことであるとして己に楔を立てた。


 その内容がなんと、武者修行。


「そうだね。なんでも学園長にどこかの山奥にある寺か何かを紹介してもらったんだとか? そこには時代錯誤なキビシー修行が待ってるって言って、パパにしては珍しく熱血漢みたいに張り切ってたよ」


「その修行で身も心も鍛え直すって話、なんだよな?」


「うん。そうでもしないととてもじゃないけど父親面なんてできない、DAで教師を務められやしない……ボクや、パパが受け持つ生徒のためにも『もう一度ドミネイターになる』んだってさ」


 アキラとのファイトで自らドミネイターとして真剣勝負に臨んでいた頃を思い出せた泉であったが、ブランクはどうしても大きく、十年以上も遠ざかっていたそこに近づくためには一朝一夕ではままならない。DAの生徒や、生徒を導かんとする教師陣。彼らと共に歩むためには現役時代のテンションを取り戻さないことには話にもならない。というわけで、そのために荒行を求めた泉に学園長が提案し、知人が営んでいるどこぞの秘境寺を紹介された、というのが一連の流れだった。


 そこに向かうべく泉が出発したのがつい昨日、夏休み初日のことであった。


「最低でも半年は帰ってこないみたい」


「そっか。寂しくなるね、その間は」


 せっかく一緒にいられると思った矢先に、期間限定とはいえ結局離れ離れになってしまったのだ。さぞかし落胆していることだろうと気遣ったアキラに、けれど当の本人はけろっとしていた。


「なんてことないよ。帰ってくるってわかってるんだからそう寂しくもない。ボクが怖かったのは一度いなくなってしまえば……パパとは二度と会えなくなるんじゃないかって。そんな気がしていたからなんだ。そうじゃないなら、平気。修行はパパのためにも必要なことなんだしね」


「……孝行息子だな、ミオは」


 泉も鼻が高いことだろう。こんないい息子に恵まれているのだから──それが余計に彼をこじらせた原因でもあるのは皮肉な話であるが。しかし泉が目を曇らせることはきっともうない。そう思える結末を迎えられたのだから素直に喜ぶべきだろう。以前よりも無邪気に笑うミオを見て、アキラもまた嬉しくなる。


「……ちょっと、この手は何さ? 同級生の頭を撫でるとかあり得ないでしょ」


「あっと、ごめん。入れ込み過ぎかな、なんだかミオのことが弟みたいに思えてきちゃって。イヤだったよね」


「だから、同級生を弟扱いは失礼だろって。……別にイヤじゃないけどさ」


 ツンと澄ました顔をしながら、後半はごく小さな声で呟いたミオ。すぐ隣に座っているアキラでもその言葉は聞き取れず、「うん?」と首を傾げた彼に「別に」とそっけなく返す。そんなミオの耳が少しだけ赤くなっていることにアキラは気付かなかった。


「何もボクだって健気に待つってだけじゃないよ。パパが帰ってきたら、待たされた分だけうんとおねだりするんだ。欲しいものがけっこーあってさ」


「あはは、なるほどね」


 おねだりとは、また可愛らしいものだとアキラは微笑ましく思う。これまではファイトや勉強漬けで、おもちゃや漫画等々。普通の子供が親に買ってもらえるようなものは買い与えられてこなかったであろうミオだ。泉との関係改善を機に少しばかり物欲が爆発したとしてもそれは充分に許される我儘だろう。泉はドミネイションズ方面以外では一切手をかけてこなかったのだから甘んじてそれを受け入れねばならない──そこまで考えてアキラはとあることが気になった。


「ちなみにミオが欲しいものって何?」


 自分だったら。もしも親からなんでも買ってあげると言われたら……やはり候補はドミネイションズの新弾パックとか、新しいスニーカーとかになるだろう。これはどちらもアキラの好きなもので、なおかつ彼の小遣いではなかなか手の出せない代物である。


 余談ではあるがDAではアカデミーポイント、通称APというポイント制度があり、これは学校内の購買や学食に限り現金同様の価値を持つ。以前にDAの成績はあくまでドミネファイトの実力が判断材料の主であると説明したが、それと同時に、ファイトとは関わらない部分での授業態度や生活態度における模範生にはこのAPの支給が多くなるという飴も用意されている。必ずしも強さだけが全てではない、ということだ。とはいえファイトで結果を出さない限りは成績が上がることは絶対にないので、全てではないものの何よりも強さが必要不可欠であることに間違いはないのだが。


 閑話休題、アキラは一般的な感性を持つ身として、自分とは異なる感性を持っているであろう超天才のミオが親に何をねだるのか想像がつかずに気になったのだ。なので素直に訊ねてみれば、答えはすぐに返ってきた。


「色々あるけど、やっぱり最初はデバイス類になるかなー。発表されたばかりのモンスタースペックのやつとか気になるよね。OSは専用のを作るつもりだけどその前にドミネ関連の有料アプリとかは全部買い揃えておきたいかも。前からボクだけの端末が欲しかったんだよね、うちにあるのだとパパと共用だし。これまでは許可がないと使えなかったからそれ以前の問題だったんだけどさ」


「デバイス、OS? ……それってパソコンのこと?」


「うーん、パーソナルコンピュータっていうよりは専用端末になるのかな。ただしボクだけのためにゼネラルに用途を広げるって感じ?」


「へー」


 アキラは思考を放棄した。説明されても彼の知識ではミオが何を欲しがっているのかまるで理解が及ばない。故に次の質問はなるべくわかりやすいポイントに要点を絞り、訊ねた。


「いくらくらいかかるの、それ」


「いくらだろう……とりあえずPCもドミホもタブレットも同じスペックで揃えるとなったら──ボクの望む環境が整うまではざっと一千万くらい? 諸経費込みでね。で、そこからが本当のスタートかな」


「いっせ……!」


 途方もない金額にアキラは仰天する。しかも『とりあえず』でこれだ。甘んじて受け入れるべき、などと考えたのは申し訳なかった……とここにはいない泉へと内心で謝り、そして合掌した。恐ろしい大金がかかるが、きっと彼はミオのおねだりを断れない。寺帰りの泉に降りかかるその苦難は修行の成果を試すいい機会であろう。南無南無と重ねて泉の冥福を祈りながらアキラは話題を変えた。


「ところでミオ」


「んー?」


「泉先生が戻ってくるまでは一人だけど、この夏休みはどうするんだ?」


「どうするって、そりゃDAでお留守番だよ」


 ずず、と最後の一滴までメロンソーダを飲み干したミオ。赤いストローから口を離してぺろりと唇を舐めるその仕草はジュースを堪能する子供そのものであったが、アキラには彼がどこか無理をしているようにも見えた。


「別にこれといって予定はないってことだね?」


「そうだけど、それが何?」


「よかったらうちに来ないか?」


「──え」


 やたらと重なる質問にいい加減に胡乱げになっていたミオの目が大きく見開かれる。それだけアキラの誘いが予想外だったということなのだろう、利発な彼にしては言葉の意味を咀嚼するのに随分と時間をかけてから、ゆっくりと言った。


「えっと……アキラん家に下宿しろって誘ってる? 夏休みの間ずっと?」


「下宿って、なんだか大袈裟な言い方だな。どうせDAに籠ってるくらいならうちに泊まっていかないかってだけだよ。あ、ちゃんと父さんと母さんの許可は貰ってるから安心していい。どうかな、ミオ」


「…………うん、行く」


 友達の家に泊まる。それもアキラの家に。その初体験を迎えるのに途轍もなく惹かれたミオは、まったく頭を働かせずに気が付けば了承を返していた。



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