112.決着! ライフアウト際の攻防!
主人の命を受けたアルセリアが飛翔する。空を駆ける獣人少女は大きな体ながらにガールにも劣らぬ俊敏性を見せて泉へと肉迫。彼の眼前で振り被られた両の腕が、唸りを上げて叩きつけられた。
「ッぐぅ……!!」
傍で発生した生半可ではない衝撃に泉は呻いたが、プレイヤーへの被害はライフコアが一身に引き受けるようになっている。彼自身は無事だ──けれどアルセリアの重い一撃が奪ったものは大きく、残るふたつのライフコアがまとめて砕ける。この時点で泉のライフはゼロとなった。
「クイックチェックだ!」
だが、まだだ。本当の最後まで。何もできなくなるまで泉は戦うことをやめない。たとえそれがなんの意味もなさずとも。辿り着く結末が同じであろうとも、辿る過程において情けない姿を晒したくないと。自他ともに認められる現実主義者の彼が、とにかくみっともなく足掻くこと。それはきっと、ドミネイターとしての自分を取り戻そうとしているからこその行為。さっきまでの泉ならプライドを優先して何もしなかったろう……そう感じているのは泉自身か、あるいは昔の彼を知るムラクモか。
それとも、変わってしまった後の彼を誰よりも知っている──。
「──! 来た! ボクが引いた二枚ともがクイックカード! その内の一枚はライフコア回復のカードだ!」
「ここにきて連続クイック……! やっぱりあなたは強いな、泉先生!」
メーテールの大博打と同等かそれ以上の確率を乗り越えて、小さく淡い希望を掴んだ泉。これは間違いなく、デッキとの確かな絆があってのもの。ファイトに捧げる純粋な闘志を思い出した泉に、デッキもまた彼を負けさせてならじと応えているのだ。ドミネイターだけの引き運などではこうはならない。それは引き当てた本人も承知していること。
「当然ダブル発動! 白のスペル《聖域よりの雫》と赤のユニット《ブライカン》をどちらもプレイする!」
まずはスペル効果だ、とライフアウトから脱却するために泉はライフコアの回復を優先する。これは通常の複数効果の処理とは異なり、ターンプレイヤーの任意ではなく強制で回復を最初に処理しなければならないというドミネイションズのルールに基づいたものだ。回復が確約されているとはいえ、曲がりなりにもライフがゼロの状態にあるプレイヤーには「回復の処理」という行為以外の一切のプレイが許されない。他にも何かしたいのならまずライフコアを得ること。それが鉄則なのである。
「《聖域よりの雫》はボクのライフコアをひとつ増やす。そしてその発動時、相手のライフが自分よりも多ければひとつではなくふたつ! ボクに授けてくれるのだ」
一度は消え去ったはずの泉のライフコアが復活。宝石の如き輝きを放ちながら彼の周囲に浮かぶその様は、なんとしても主人を守らんとするデッキのいじらしい意思そのものに見えた。
自らに寄りそうライフコアをしばらく無言で眺め、少しだけ微笑んだ泉は。
「もう一枚のクイックカードの処理に入る。《ブライカン》。こいつは先ほど召喚した《晴天大公ハレルヤ》と同じく赤には珍しい【守護】持ちのクイックユニットだ……と言っても無条件ではなく、登場時自軍に白のユニットがいて初めて適用されるのだが」
《ブライカン》
コスト4 パワー3000 QC 条件適用・【守護】
「ボクの場には白赤のミキシングユニット《祈りの先兵ホランシャ》がいるために条件クリア! 《ブライカン》は守護者ユニットとなり、アルセリアの前に立ち塞がる!」
「アルセリアの二度目のアタックを止めるつもりか──でも泉先生、こいつには起動型効果があると説明したはずだ!」
早速使わせてもらう! そう宣言したアキラに応じてアルセリアの右腕にバチバチと紫電を発するエネルギーが集中。最高潮に高まったそれがぶんと腕を振ることで射出され、一瞬一撃。《ブライカン》は身構える暇もなく消し飛ばされてしまった。
「《ブライカン》登場即撃破! これでアルセリアを止めるユニットはいない!」
「っ、ああこうなることはわかっていたとも──だがこれでアルセリアも破壊効果はもう使えない。そしてボクにはもう一度クイックチェックのチャンスがある」
「……! またしてもライフコア回復のカードを引き当てる自信があるってことか」
確かに。もしもそうなればアルセリアでも泉を倒し切ることはできない。一ターンに四つものライフコアを奪い去れる驚異の攻撃能力を持つ彼女でも、奪った傍から回復されるのではどうしようもない。そして泉は本気で再び引き当てるつもりでいる。更に低く、累乗的に『起こり得ない』ものとなっていく奇跡を、掴み取る気でいるのだ。それは泉の表情からしかと察せられること。彼の顔付きはただの虚飾ややけっぱちのそれとは異なる、勝負に挑む者の覚悟が宿っている。本当に引くかもしれない、そう思わせるだけの力がそこにはあった。
ドミネユニットが抱えるとあるリスクについても感覚で知り得ているだけに、アキラは現状が自身に絶対有利と言えるほどのものではないことを悟っていた──けれども。
だとしても彼のやることに変わりはなく。
「泉先生なら必ず引いてくる。そう信じられるから、俺ももっと本気になれる」
「……!?」
「引かせない。先生の運を、俺の運で捻じ伏せる。そのつもりでアルセリアにアタックさせます」
それでも引けたのなら、お見事。ファイトはまだ終わらず、窮地を凌いだ泉は豊富な手札から再度の逆転を果たすことも可能だろう。ここで勝ち切らないことにはもはや手札ゼロ枚、デッキにもリソースが残っていないアキラに勝ちの目は存在しないと言っても過言ではなく。だからいい。
攻める側でいながら実のところ泉と変わらないほど追い詰められている、からこそ。そこには逆境でこそ発揮されるアキラの底力が渦を巻くようにざわめいていた。
「これが本当の最後になる。──ラストアタックだ、アルセリア!」
「いいや、そうはさせない! この押し合いをなんとしても制し! ボクは次のターンを迎えてみせる!」
祈る。再び振るわれたアルセリアの鋭い爪の一撃。それによって砕かれるライフコアの煌めき、泉へ降り落ちる恵みの力。クイックチェックに望みを託す──それしかできない泉はしかし、この時。僅かながらに願うことを忘れた。
「──ッ、」
それは攻撃するアルセリアと、命じるアキラとが、あまりにも重なっていて。まるで一体となっているように彼の目に映ったから。ユニットとプレイヤーがひとつとなって、一心同体となってファイトに臨んでいる。勝利へと挑んでいる。そうやってブレイクされたからには、引けるわけがないと。クイックチェックで掴めるチャンスごと砕かれたと──ほんの微かにとはいえ泉は確かに一瞬、そう感じてしまった。つまりは。
心が敗北を認めてしまったのだ。
「っっ……!!」
デッキの上からカードを引くその瞬間、もう一度心を猛らせようとした泉だったが……無理だった。どんなに戦意を掻き立てようとも彼は既に気付いてしまっている。自分が掴んだその二枚にはもう、どんな可能性も眠っていないと。自分も、そしてかつて妻と共にその原型を作り上げたこのデッキも……今のアタックによってまとめて叩き伏せられたことを。
「クイックチェック──発動はなし」
「!」
「これでボクはライフアウト。……おめでとう、若葉アキラ。君の勝ちだ」
負けた彼自らがそう告げれば、アキラは少しだけ呆けて。それからようやく自分が勝利したことに気付いたらしく「やった!」と笑顔で飛び跳ねた。ファイト中の鬼気迫る様子が嘘のような無邪気な喜びようである。そんなアキラの姿を、何かを懐かしむように見つめる泉。そんな彼を呼ぶ声が不意にした。
「──パパ」




