111.異次元よりの獣少女アルセリア
ドミネイト召喚。未だ解明されぬブラックボックスの塊であるドミネイションズカードの、深奥とも言える最大最深の未知。それと初めて相対する泉は故も知らぬ怖気に襲われた。
空間が、割れる。放射状に広がった罅が立ちどころに弾け、その奥の真っ黒な空間から──何かが落ちてきた。逆再生のように空間の破片が元の位置へと戻っていく中で、異空間より現れしその存在は。あたかもそうするのが当然の摂理かの如くにそこへ君臨してみせた。
獣人の少女である。ガールのような、けれどガールとは運泥の巨体を誇る獣の意匠にこらされた衣装を身に纏う少女。巨体、というのは背丈ではなく規格を指す。有り体に言って彼女は巨人であった。成長すればもっともっと巨大に強大になることが初見でも窺える、まさに異次元世界の住人の出で立ち。そんな彼女が野性味に溢れる力を全身から漲らせているのだから発せられる威圧感は尋常ではない。
──強い。そして美しいユニットだ。
ガールやイノセントにも共通する身のしなやかさはそのままに、それ以上の力強さで、より気高い立ち姿を見せている《エデンビースト・アルセリア》。その存在感、その輝きに、ドミネイト召喚というものに忌避感すら抱いていた泉であっても思わず圧倒され目を奪われた。
「これが……」
「そう。これが『ドミネユニット』。デッキ外から呼び出される特別なユニットだ」
《エデンビースト・アルセリア》
Dコスト パワー3000 【重撃】 【疾駆】
通常のコストではなく、条件に見合うユニットを規定数フィールドから墓地へ取り除くことで、どこからともなく召喚される不思議不可思議なユニット。それを呼び出せることにいつ気付いたのか、アキラは自分のことながらによくわかっていなかった。
デッキとの信頼。ビーストたちの声。カードが放つ鼓動──言葉にすると途端にあやふやになってしまうが、しかしとにかく。『導き』は最初からあったのだろう。少しずつ少しずつ明瞭になっていったそれらにいつなどと明確な線引きを求めるのはそもそもがナンセンスなのかもしれない……アキラには「待たせてしまった」という感覚があった。何に向けてのものなのか、謝罪したい気持ちも。
けれど今、自分は呼びかけて。そしてその呼びかけに応えてくれる存在が確かにあった。ただそれだけのことが重要で、それだけで充分であった。
「アルセリアがどこからどうやってきたのか。ドミネユニットがなんなのかっていうのは、実は呼び出した俺にもさっぱりだけど。でもそんなことはどうでもいいんだ──これが俺の持つ力だっていうなら。俺はドミネイターとして、それをこのファイトへ活かすだけだ!」
「っ……、自分でも出自のわからぬ力に、よくそうも躊躇わず託せるものだね」
「当然だ、だってアルセリアは──俺のファイトにかける想いが結実した、俺自身に等しい存在なんだから!」
「!」
アキラが考えるともなく口にした己の感じ方。ドミネユニットに対する新たな証言を聞いて、泉にはなんとなくドミネイト召喚という未知に宿る本質。その外郭に触れたような気がした──が、今は言わずもがなファイト中。考察にばかりかまけている暇などありはせず。
「アルセリアの効果適用! このユニットは召喚のために費やされた『二体以上』のビーストユニットのパワーを足した合計によって得る能力が決まる!」
「取り除かれたユニットのパワー合計値を参照するだと……!?」
エノクリエルの追加効果と比べても一層に変わった効果の適用方法。それに驚きを隠せずにいながら、されど泉の豊かなドミネイションズに関する知識はこの時点で嫌な予感という警報を盛大に打ち鳴らしていた。
「捧げられたユニットのパワーが5000以上であればアルセリアは相手ユニットを一体破壊する起動型効果を得る! 7000以上であればパワーが+7000される! そして最後、9000以上であれば! 二回攻撃の権利と相手のカード効果を受け付けない耐性が付与される!」
「なん──、」
「俺が捧げたユニットのパワーは4000が二体と2000が一体、合計は10000。よってアルセリアは全ての効果を得る! シン・アルセリア!」
アルセリアの身に宿る底知れない獣性が火を噴くように燃え上がった。闘気となって放たれたそのオーラは紛れもなく、彼女が普段は見せていない華麗ながらも残忍な闘争本能にして破壊衝動。真なる姿を晒したアルセリア。その黄金に輝く髪の隙間から、赤い月のように妖しげな瞳が敵たる泉を見下ろした。
「完全耐性を得たパワー10000の、【重撃】による二回攻撃が可能な召喚酔いをしないユニット……しかも起動型効果による戦闘を介さないユニット破壊まで可能。なんてことだ。ミキシングユニットも真っ青になるほどの、とんだ化け物じゃないか」
「これがドミネユニットの──俺の新たな切り札アルセリアの力だ」
「ふ……そうか」
泉は笑う。それは苦笑の類いではあっても、アキラを嘲笑う目的の例の意地悪い笑みとは異なる、彼の本心から漏れ出たものだった。笑うしかないのだ。ミオと同じ轍を親の自分が踏むわけにはいかないと、慎重に慎重を期して丁寧に詰めていったというのに。アキラの爆発力を発揮させないように自らだけでなく敵のリソースの計算まで行い、その成果もあって我がことながら完璧な試合運びができていたというのに……なのにアキラは、どうしようもないはずの窮地を奇跡で乗り越えた。
理不尽なまでの『才能』によってこちらの小手先の全てを粉砕せしめてしまった──これが笑わずにいられようか。
ミキシングを重宝する泉からしても盛り過ぎとしか言いようがない全効果適用状態のアルセリア。ドミネユニットが持つ強さをその目で、その肌でしかと感じ取りながら、それをしもべとして呼び出してみせたアキラと己を比較し。なんとちっぽけなことかとおおよそ十年ぶりに自らの無力さを泉は噛み締めて。
しかし彼は、まだ。
「──来い、若葉アキラ」
「!」
「ボクのライフコアは残りふたつ……それは【重撃】によって一撃で消し飛ぶ数だ。だが、知っての通りボクのデッキにはライフ回復のカードがそれなりに投入されている。そのためのクイックスペルもね」
通常、ライフアウトになればその時点で負けとなるのがドミネイションズのルールだ。故にラストブレイクによって引かれたカードが仮にクイックであったとしても、今更ユニットが召喚されようが火力スペルが飛び出そうが勝敗に影響がないためスルーされる。しかしライフの回復。この効果だけは訳が違い、ラストブレイクでこの効果を持つクイックカードが引かれた場合はファイトが続行される。
「ライフアウトの状態、つまりライフコアゼロ個の状態から回復する。そうなれば負けを回避できるのに加え、再びクイックチェックのチャンスも得られるわけだ」
「それに賭ける、って?」
「ボクにはもはやそれしかないからね。一応、クイックのスペルも【守護】持ちユニットもデッキ内に残っている。可能性はゼロじゃない──自分で言っていて気が遠くなるような細い頼みの綱ではあるが、それでも……」
「ああ、それでも負けが決まるまでは全力で抗うのがドミネイター。俺はこれまで戦ってきた皆からそう教わった。……だから泉先生。あなたのことも立派なドミネイターだと思う」
「……!」
「そんなあなたへの敬意の示し方として。俺も最後まで油断なんてしないし容赦もしない──これをラストアタックにしてみせる!」
「そう易々と決めさせてなるものか! ボクの引き運の全てをここに注ぐ!」
「運命力の押し合いなら望むところ! やれ、アルセリア! 泉先生へダイレクトアタックだ!」




