110.魅せろドミネイト召喚!
まさか、引けるとは。デッキに採用しているクイックカードは僅か数枚。構築した泉自身、そのたった数枚をここぞという時に引き当てられる確率などほぼほぼないと理解しているだけに。彼は己が手の中のカードを見て驚いた後、くくっと引き笑いを漏らした。
「ボクが幸運、というよりも。君の運が尽きたと言うべきか──ただでさえ足りていない攻撃回数を乗り越えんとしている君に! ダメ押しの一手を打たせてもらう!」
「!」
これも確率上のことなのだ。メーテールの大博打に二度も成功したのだから、どこかで破綻はくる。大なり小なり意に沿わぬことは起こる──それがドミネファイト。運を押し合いだと言ったのはアキラ自身であり、であるならば、彼は提唱するその理論に身を捧げねばならない。起こるべくして起こった不運もまた甘んじて受け入れねばならないのだ。
「赤のクイックスペル《火龍砲弾》を発動! これによりボクは君の場のパワー6000以下のユニット一体を破壊できる!」
「引いてきたか、単色の火力クイックを──それであんたはどのユニットを破壊対象に選ぶ?」
「どれを破壊するか、か」
存外に冷静なアキラを前に、泉は顎に手をやってカードの効果処理を一時中断。考える時間を設けた──慌てずにいるアキラの様子はあたかもどのユニットが狙われようと問題なし。そう言っているかのようで、それがブラフかどうかは泉の観察眼を以てしても判断が困難であった。
このファイトの間にアキラが成長しているのは単純なプレイングの面だけでなく、こういったふてぶてしさ。実戦では言わずもがな重要なテクニックであるポーカーフェイス、本心を相手に悟らせない技術も身に着けたらしい。と言っても、本当に『ユニットを失っても痛くない』のであればそれはポーカーフェイス足り得ていないことにはなるが……。
(──あり得るのか? そんなことが。流石に、ボクにターンを渡さないと。つまりこのターン中に勝つつもりでいる彼の言葉がただの虚勢でないことはわかる……どうやるかは皆目見当もつかないが、少なくともここからボクの残りふたつのライフコアを削り切る算段が彼にはある。だとすれば、そのためのキーとなるのは間違いなくフィールドに出ているユニットたちのはずなんだ)
アキラの手札は尽きており、《暗夜蝶》のような墓地から効果を発動するようなユニットの仕込みも今はない。彼にあるのは現在場に並ぶユニットのみ……さりとて召喚酔いで動けないユニットとレスト済みで動けないユニットしかいないことから、「動かせない」という意味では実質的に頼りなどどこにもない。
とは、思うものの。
しかしそれはそれとして泉は熟慮の末、丁寧に答えを出した。
「《ビースト・オブ・レガシー》。ミオの計算を狂わせたあのカードが来ないとわかっている以上、ここで排除すべきは──自身の効果で攻撃回数を増やせる《バーンビースト・レギテウ》だ。やってしまえ、《火龍砲弾》!」
破壊対象が指定されたことで処理の止まっていたスペルがその効力を発揮し、泉の手元から燃え盛る炎の龍がまさに砲弾の如き勢いで発射される。空間すら焼き尽くすような激しさで飛来した火龍は獲物であるレギテウを丸飲みにし、瞬く間にその身を欠片すら残さずに消滅させた。
「レギテウ……!」
「これで君の勝利への鍵は破壊された──ということでいいのかな?」
ベストな選択をしたという自信が泉にはあった。メーテール、イノセント、ディモア。元より動けない三体よりも優先して処理すべきは優れた攻撃能力を持つレギテウとガールのどちらかである。二者択一。アキラの思惑が読めない以上、正解不正解を読むこともできはしないが、しかしだとしても。冷静に、より安定した択を採れたと泉は確信しており──それがとんだ的外れであったことをすぐに悟った。
何故ならこちらを見つめ返すアキラの瞳には「してやられた」という感情などなく。彼はまるで諦めておらず、依然として勝利しか見ていないと、確かな観察眼によって察してしまったから。
「──勝利の鍵と言うのなら、ビースト全員がそうだよ。クイックカードを引かれたとわかった時には覚悟したけれど、でも俺はやっぱり運がいい……泉モトハル。鍵を破壊するためには一体だけの処理じゃあダメだったんだ」
「なんだと……?」
運の押し合い。この場面でクイックカードを引き当てたのは泉の運。しかしながらそれがユニット一体しか処理できない《火龍砲弾》であったことはアキラの運によるものと。彼が言っているのはそういうことか──だとしたら。レギテウが不在だろうと、仮に他のどのユニットが破壊されていようと。アキラが思い描く勝利の道筋は途切れなかったということになる。
連続の大博打を制しておきながら尚、泉の運命力を飲み込むアキラの機運。その止めどない溢れ出るような異常な力を、この時ばかりは泉もしかと認識できた。
「何をするつもりなんだ、君は!?」
「それを今、見せる! ここまで導いてくれたものがなんなのか──あんたという強敵に勝つために、俺を引っ張りあげてくれたそれこそが! カードとの絆だってことを証明する!」
「!!?」
アキラが光った。カードの効力でもなんでもなく、突如として彼の全身が光を放ち出したのだ。怪現象としか言いようのないその光景に泉は我が目を疑い、次に我が正気を疑い、どちらも異常なしと結論付けてからようやく真実に辿り着いた──見間違いでも妄想でも、なんでもない。実際にアキラは光っている。輝かしくそこに存在している──その不可思議な状態、眩さを増すと共により高まっていく力の鼓動。それらから泉は、そして観戦しているムラクモもまた、心の底からの驚愕を露わとした。
「そんな、まさか。それは。それはまさか。……これこそ『あり得ない』、その力は……子供が、それも下級生が手に入れられるものじゃあない。手の届くものであるはずがないんだ! だってそれは、プロドミネイターですらも! 本場アメリカの地においてさえもほとんど確認されていない、まさに奇跡のような力! そのはずじゃないか……!?」
「約束しただろ、奇跡を起こしてみせるって。──俺に語りかけてくるこの力の名は『ドミネイト召喚』。フィールドから特定のユニットを取り除くことでデッキ外の未知のゾーンから新たなユニットを呼び出す召喚方法!」
「……!」
オカルトまみれであるドミネイションズにおいても一際にして随一のオカルト。それがドミネイト召喚。カードとして存在しないユニットを召喚するという泉の言の通りの軌跡の体現のような技、あるいは御業である。これが行える者は世間一般的に実力者と称されるドミネイターの中でもごくごく少数であり、実例としてはほぼゼロに等しいと言ってもいい……が、完全なるゼロではない。泉も実際に対面したことはないが、けれど奇跡の実在を知っている側の人間ではある。
だから余計に信じられないのだ。大切な試合で自分を二度も打ち負かし、現在は世界ランカーとなっているあの人物ですらもこれは使えない。無論自分も、自分以上の才能に満ち溢れている超天才ミオですらも、その片鱗すら掴めていない。
一説によれば『カードに認められること』が習得条件であるというこの召喚法。それを聞いて泉はよりオカルト論を、現実や確率という目に見えるものを無視した存在を否定するようになったのだが。だがしかし、そんな馬鹿げた説がよもや正鵠を射ているのだとしたら──。
「メーテール、イノセント、そしてガール! 三体の『ビースト』ユニットをフィールドから取り除き、ドミネイト召喚! 異次元より現れろ──《エデンビースト・アルセリア》!」




