11.獣王VS最上位天使!
「ターン、エンドだ」
起死回生の《重圧》と《悲喜籠りのアイラ》のコンボは真なる鉄壁の前に敗れ、ユニットたちもレストしたまま。もはや取れる手立てもなくターンを終えるしかないアキラに対し、オウラは高らかに自ターンを開始させた。
「スタンド&チャージ、そしてドロー!」
少女は七枚の豊富な手札から気品ある所作で一枚を引き抜き、発動させる。
「わたくしの勝利をより決定付ける一手を打っておきましょう──コスト5、スペル《洗礼淘汰》!」
「それはクイックカードの……!」
「勿論、クイックカードでも既に手札にあるなら通常のカードと同様にコストを払って唱えることができますわ。対象は《智天星エル》。これによってエルのパワー5000以下のユニットを無差別破壊! 消え去りなさい、我が威光の敵たち!」
「くそっ!」
先の再現の如く、エルの身体から溢れ出た光の奔流に抗う余地なく飲み込まれていくガール、ティティ、ミィミィ。呆気なく三体のユニットが砕け散り、これでアキラの場はガラ空きとなった。
「残る2コストでわたくしは《小天星ルル》を二体召喚」
《小天星ルル》
コスト1 パワー1000 【守護】
ふよふよと浮かぶ、小さな羽を持った球体状の天使。他の天使と比べれば見た目も大きさも控えめなことこの上ないが、本人たちは彼らとも引けを取らないつもりでいるらしく、心なしかその居住まいは自信というものに満ちていた。
「ルルは【守護】以外に特殊な能力は持っておりませんが、今はオルによってこの子も効果破壊無効の耐性を得ている。鉄壁が厚みをより増した、というところで──攻撃をさせてもらいましょうか」
「!」
ここまで一切その素振りを見せなかったオウラが初めて口にした『攻撃』というワード。それに驚くアキラへオウラは薄く笑みを伸ばしながら語る。
「あなたの切り札である《ビースト・ガール》は屠った。そしてどうやらクイックカードによるカウンターも恐れる必要なし……となればもはや手を遅らせる理由もありませんでしょう? 次で終わらせるためにチェックをかけておく。そう判断したまでのこと」
アルファ、と彼女が呼べば最上位天使は厳かに動き出し前進。そして顔に貼り付けられた仮面の眼がカッと見開かれた。
「《天星のアルファ》は守護者ながらに相手プレイヤーへの直接攻撃が可能」
「なに……!」
「盾が守ってばかりとは限りませんのよ。やっておしまいなさい、アルファ! 天空断裁砲!」
キュイン、と仮面の口に集う光──次の瞬間にはレーザーとなって恐ろしい勢いで発射されたそれがアキラのライフコアを消し飛ばした。
「っぐぅ!」
「ふふふ! これであなたのライフは残り五。わたくしの場のユニットも五体……丁度ですわね、若葉アキラ?」
「……教えてもらわなくたって数ぐらい俺も数えられるさ」
つまり、他の天使たちにも攻撃態勢を取らせるなんらかの手段がオウラにはあるのだろう。アキラはそう理解する。次の彼女のターンにはおそらく総攻撃が行われる──そうなれば自分は本当にチェックメイト。詰みである。
それを理解しながら、しかしアキラは冷静そのものだった。
「わたくしはこれでターンエンド。……なんですの、その目は?」
「俺のターン、ドロー。俺の目がどうしたって?」
「窮地を窮地と理解できていながら──何故そうも生意気な目をわたくしに向けてくるのか、と問うているのですわ」
「俺が生意気な目をしてるっていうなら……それはきっと、舞城さんが焦ってくれたおかげだ」
「わたくしが、焦った?」
心外な言葉だと目付きを険しくさせるオウラへ、今度はアキラの方が笑みを返した。
「次のターンで勝負を決めるために、アルファで攻撃した。俺の手札を増やすリスクを冒してまで決着を急いだんだ。それまで徹底して自分からは攻めなかったっていうのに」
「言ったはずでしてよ、恐れるほどのリスクもないと判断したが故の攻撃だと。増えたと言っても所詮は一枚多くドローした程度。わたくしの鉄壁はそれでどうこうできるような布陣ではない──」
「そう思うのなら! それこそが判断ミスだと証明してやる!」
「!」
「たった一枚のドローがこいつを呼んだんだ──来い、俺のもうひとつの切り札! 《キングビースト・グラバウ》!」
「もうひとつの切り札、ですって……!?」
威風堂々。その言葉がピッタリの様で立つ四足の巨大獣。神話の怪物を思わせる巨躯に獰猛さと理性のどちらも漂わせるその風格は、オウラが駆る最上位天使にもなんら劣らぬものであった。
《キングビースト・グラバウ》
コスト7 パワー7000 【好戦】
(《ビースト・ガール》だけがエースカードではなかったということ……!」
言われてみれば、彼とぶつかったあの日あの時。自分が拾い上げた《ビースト・ガール》以外にも彼が持っていたのは見たことのないカードばかりだった。名称や能力までは確認できなかったが、ともすればアキラにとっての切り札とはそれら全てを指しての言葉だったのかもしれない。
(グラバウも彼の手の中にあった一枚で間違いない。いったいどんな力が!?)
これだけ意気軒昂に召喚したのだ。そうでなくとも、こんなにも凄みを放つユニットが見掛け倒しであるはずもない。警戒を見せるオウラと天使たち──だが身構える敵を前にして巨獣はかえってその戦意を滾らせたようだった。
「グラバウは【好戦】を持つユニット! これも召喚ターンにアタックを行なえる能力だが、相手プレイヤーにも攻撃できる【疾駆】とは違って攻撃対象はユニットのみに限定される。だけどその代わり、レストしていないユニットに対しても攻撃が可能!」
「【好戦】。赤や緑に多い、まさにバトル偏重の能力ですわね」
「それだけじゃない。グラバウは相手ユニット全てへ攻撃が行える上に、その数に合わせてパワーも常時上がる! 舞城さんのユニットは五体、よってグラバウのパワーは5000アップだ!」
「なんっ──」
パワー7000→12000
ひと吠えしたグラバウの身体中の筋肉が隆起し、より逞しくなる。12000という途轍もない数値となったことでさしものオウラも瞠目した。
「グラバウは緑陣営が誇る絶対的な獣王。その圧倒的な力で敵を尽く殲滅させる──どんな鉄壁だろうとこいつには紙切れも同然だ! やれっ、グラバウ! 《天星のアルファ》へ攻撃!」
「くっ……《小天星ルル》でガード!」
アルファへ叩きつけられんとしていた獣の巨腕を、小さな球形天使がその身を盾として逸らす。だが一度攻撃を防がれた程度でグラバウは止まらない。彼がその牙と爪を収めるのは、立ち塞がる敵を全て討ち滅ぼした後のみ。
「まだ敵は残っている! グラバウ、続けて攻撃だ!」
「二体目の《小天星ルル》でガード!」
攻撃対象をアルファから変えずに行われたアタックを、オウラは天使の力を借りて懸命に防ぐ。この抵抗に意味はないと知りながらも、だがアルファは彼女にとって特別なカード。そう安々とやらせてしまうわけにはいかなかった。
「三回目の攻撃!」
「《智天星エル》でガード……!」
「四回目の攻撃!」
「《熾天星オル》で、ガード……!」
「──これで残るはアルファのみ。ユニットの減少でグラバウのパワーも8000まで下がったが、充分だ」
「…………」
エルによる補強を失ったアルファのパワーは6000。数値はユニットにとってまさしく絶対。どう足掻いても覆せない力の差に、アルファは大人しくその時を待つばかり。自分のエースへそんな無様を取らせていることにオウラが歯噛みする中、無慈悲の一撃が振るわれる。
「今度こそ敵のエースを倒せ、グラバウ! グランドスラッシュ!」
「アルファ……!」
巨爪一撃。どう、と倒れる最上位天使。まるで神威の巨塔が神を知らぬ獣に打ち崩されたようなその光景に、観戦している生徒たちは息を呑む。コウヤはぐっと拳を握り、ロコルは両手を上にしてアキラの躍進を喜んだ。
「どうだ! 君が誇る真の鉄壁も破った。勝負はここからだぜ、舞城さん!」
「…………」
「俺はこれでターンエンド!」
「──わたくしのターン」
流れを変えた。その手応えを明確に感じたアキラが高揚したままターンを終えれば、オウラはすぐさまドローを行ない。
「コスト3、《虹天のイリス》を召喚。──知っていまして? 若葉アキラ。数は少なくとも白にも【疾駆】や【好戦】を持つユニットがいることを。イリスはその内の一体」
《虹天のイリス》
コスト3 パワー2000 【守護】 【好戦】
「【好戦】持ちの守護者……!?」
「そしてイリスを対象に発動。コスト4の白スペル《シールドバッシュ》。そのユニットがアタックする時、バトルを行なわずに相手ユニットを破壊する」
「!」
「イリスでグラバウへアタック。その瞬間、グラバウは破壊される」
虹の降る翼を持った少女が軽やかに空を舞い、その指先でちょんとグラバウの鼻を押した。それだけで霧散するようにしてグラバウの身は消滅。何が起こっているのか巨獣自身にもわからぬままに墓地へと置かれた。
「……!」
「どれだけ攻めに長けようと、守りに薄くばこうも脆い。おわかりかしら」
第二の切り札《キングビースト・グラバウ》までもが容易く処理されてしまい愕然とするアキラだったが、しかしライフはまだ残っている。ファイトはまだ、終わっていない。
「……よくわかったよ舞城さん。君の強さが、ドミネイターとして向き合うことで初めて心から実感できた。だからこそ俺は諦めない! なんとしてもこのファイト、君に勝ってみせる……!」
「それには及びませんわ。わたくしは負けを認めます」
「へ……?」
肩透かしもいいところの思いもよらぬ降参宣言。それに目を丸くさせるアキラに構わずオウラはさっさとライフコアを引っ込めて、広げたカードを回収してしまうのだった。