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108.運か否か、泉の瞳に映るモノ

 メーテールの澄み渡る美しい呼び声が木霊する。それによって宙に浮かび上がるカード。最初に浮かんだその中の一枚へアキラは手を伸ばして、その行為を見つめる泉共々に確認を果たす。


「一枚目は! 《ビースト・オブ・イノセント》!」


「ビーストを回収するビーストか! だが貴様の墓地にもうビースト名称のユニットはいない」


 その名に一瞬はヒヤリとした泉であったが、しかしいくらビーストカードと言ってもイノセントは他とは毛色の異なる補助要員。戦闘に適した能力など有しておらず、なんら恐れるに足りない。


 メーテールの効果によってデッキの上からめくられる枚数は四枚。これでアキラはチャンスの四分の一を失ったことになる。この調子で残りの四分の三も無為に終わる。それが正しい博打の結果であるはずだ。


「《緑樹の氾濫》で戻したばかりのビーストを再びメーテールで引き当てる? そんなことができるはずもない、如何に引き運が高まっていようともだ。それはもはや運の一言で片付けられるようなプレイではないのだから!」


「だから不可能だって? 果たしてそうかな、俺は元から──この先を運だけで乗り切るつもりなんてない。言ったはずだ、俺だけの力じゃないと。『信頼』なんだ。デッキが! カードが! 力を貸してくれるからこそ起こる必然の奇跡もある!」


 それを教えてやる、と。躊躇なくめくられた二枚目。そこに書かれたカード名は。


「二枚目! 《ビースト・ガール》!」


「なんだとっ……!」


 獣人少年の横に降り立った獣人少女。二度目となるその登場に泉は驚愕する。まさか本当に引き当てるとは。アキラの言葉はあながち妄言ではないのかもしれない──とすればこのまま? それこそ「まさか」ではあるが、けれど泉の心は揺らぎ始めている。


 感情とは別に冷静な思考力はまだ健在。確率からしてそんなことはあり得ないと結論ならとうに出ているし、それを信じている。だが。だがしかし、この少年に限っては。このファイトに限っては。泉が頼ってきた確率論がひどく頼りなくちっぽけなものに成り果てたような、そんな表現しにくい不安が胸中に芽生えてくる──。


 彼のおぼろげな不安は実に正しい予感だった。


「三枚目! 《バーンビースト・レギテウ》!」


「ッ……!!」


 濡れたような輝きを放つ黒い体毛と棘上の翼が特徴的な巨狼。こちらも二度目の登場となるその姿に、泉はもう返す言葉も思いつかない。三連続ビースト。ここまでくれば次の、最後となる四枚目のカードがなんであるかなど、泉にも確信とともに予想がついた。もはや確かめる必要すらないくらいに、アキラがめくった最後の一枚とは。


「四枚目! 《キングビースト・グラバウ》!」


「──!」


 誇り高き立ち姿を見せる獣の王。獅子のようでも虎のようでも狼のようでもある、しかしそのどれにも当てはまらない唯一無二の巨獣。再登場どころかこのファイト三度目の登場となる彼に「いったい何度こいつの顔を拝めばいいのか」と泉は勝負に関係のない愚痴を内心で零した──それは思考リソースの無駄遣い。即ち彼の平静が崩れ去っていることを暗に示すものだが、そのことに当人は気付いておらず。


「クク、クックク……本当に! 本当に四枚全て! ビーストカードで揃えてくるとはな、若葉アキラ! 大言壮語に見合ったその果てしない運否天賦! 天に愛されているとしか思えない結果にオレは呆れを通り越して感動すら覚えているぞ──貴様はそれをあくまでデッキとの信頼だと主張するのだろうがな!」


 だがそんなものはまやかしに過ぎない。泉は頑なにそう反論する。


 デッキとの絆。それが起こす軌跡。ドミネ界隈に深く根付き、高く支持される『オカルト論』である。確かにこうしてユニットが実体化する仕組みや、何が不正をチェックしているかなど。ファイトに関わる諸々は未だその原理が解明されておらず、人類の有史上最大の未知にしてブラックボックスとなってはいるが。だとしてもドミネイションズカードが勝敗によって優劣を決めるための道具であることは変わらず、つまりは戦うための手段であることも確かで。


 そんなものとの間にどれだけ信頼を築いたと思おうが願おうがそれはドミネイター側の一方通行、単なる勘違いの錯覚。デッキが最良の結果を導くかどうかは結局のところその日その時その個人の運でしかない。──そうでなければおかしいのだ。


 亡き妻の意見も取り入れて構築した最高のデッキ。それを使って勝てないのは──現役最後のあのファイトで応えてくれなかったのは。デッキとの絆などというものが所詮は構築や実力に自信のないドミネイターが縋る、ただの夢幻に過ぎないからだと。


 そう信じないことには、彼は。


「存分に堪能させてもらったよ、貴様の類い稀な幸運! だが否定する、否定するぞ若葉アキラ! それはどこまでいっても偶然の産物でしかないと! 意思持たぬカードなんぞが持ち主の窮地に『駆け付ける』などあり得ない、あり得ていいはずがない──!」


「本当にそう思っているのか?」


「ッッ!」


「そうだと言うなら、もう一度俺のフィールドをよく見てくれ」


 《マザービースト・メーテール》

 コスト9 パワー4000


 《キングビースト・グラバウ》

 コスト7 パワー7000 【好戦】


 《バーンビースト・レギテウ》

 コスト6 パワー5000 【疾駆】


 《ビースト・ガール》

 コスト4 パワー4000 【疾駆】


 《ビースト・オブ・イノセント》

 コスト3 パワー2000


 《呼戻師のディモア》

 コスト4 パワー2000


 促され、改めて眺めるアキラの場は圧巻の一言だった。ディモアというこの戦線を築く切っ掛けとなった立役者も添えられているが、やはり注目すべきは勢揃いしたビースト軍団。泉が合同トーナメントで目にした全てのビーストがそこにはおり、アキラのデッキに投入されている全切り札が召喚されているのだと見做していいだろう。そう考えながら立ち並ぶ戦闘特化の獣集団に目をやって──けれど泉は気付く。それだけではない。アキラのフィールドから感じられるこの圧迫感。尋常ではないプレッシャーというものは、何もビーストの戦闘力やその頭数だけで生じているのではないと。


 ではその原因とは……そうだ、ユニットたちの瞳だ。一体一体の自分を見る目が、主人のために討ち果たすべき敵を見つめるその目が、泉の知るただのユニットのそれとは明らかに違っていた。


 どこまでも直感的な解。だからなのだろう、この時の泉は思考をこねくり回すことなく、ごくごく自然にそれが答えだと受け入れていた。


「カードが──応えた結果、だと」


「俺のユニットを見て。あんたが感じたそれが全てなんじゃないか」


「…………」


 そんなことがあるのか。そんなことがあっていいのか。わからない。過去の経験と挫折がそんな答えには耐えられないと悲鳴を上げている。だがずっと殺してきたドミネイターとしての己が、自力で蘇らんとしているそれが、「信じろ」と叫んでいる。カードを信じろと。そうすればまだ自分は。


 また自分は。


「──ボクを倒せるか、若葉アキラ」


「倒すよ。あんたは何かに縛られている。昔のことを訊き齧ったくらいでそれを『わかる』とも『わからない』とも言わない……だけど。それに縛られたままじゃいけないってことくらいは、俺にだってわかることだから」


「くく……また知ったような口を」


 腹立たしくて仕方なかったアキラの物言い。真っ直ぐな眼差し。それが今は、何故だか。


「やってみせろ若葉アキラ! 君にやれるものならな!」


「──グラバウ! エノクリエルにアタックだっ!」


 白炎の機械天使に、牙を剥いた巨獣が迫った。



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