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106.肩を叩く過去と今

 無様に過ぎる。そうと自己評価するしかない敗北を喫し、自身の控室で呆然自失となっていた泉に届けられた報告は、彼の思考が止まるのも当然の内容だった。最愛の人の死。ショックの上から更なるショックに襲われて泉は──決壊した。極度の疲労、妻にも見せてこなかった弱い自分。積み上げたがこの時に弾け、泉モトハルという人間を決定的に壊してしまったのだ。


 自らの足取りも追えぬままに辿り着いた病院で冷たくなっている妻の亡骸と対面し。その直後に生まれたばかりの息子と顔を合わせたことで彼の情緒というものがどうなったのかは筆舌に尽くし難く、他者からはまるで推し量れないものだ。誰にも奪われぬようにか。世界から守るかの如く強く赤子を抱きしめる泉の顔付きに表情はなかったが、しかし自身の指先を握る息子を食い入るように見つめるその瞳には激しい感情が窺えた。抑えきれない激情と衝動がそこには宿っていた──。


 そこから先は語るほどのものでもない。旅立った妻に報いんと一層に夢に縋りながらも折れた心は決して燃え上がらず、代替として息子に全てを託した。妻との愛の結晶が破れた夢を果たす。それは自分で夢を叶えるよりも素敵なストーリーに思えたし、その方が妻も喜んでくれるような気がした。……再起できない己への言い訳だ、と。頭のどこかで気付きつつも努めて考えないようにし、彼は息子がドミネイションズに興味を持ったその時点から「父親」をやめた。


 子を子とも思わぬ厳しい指導者に変貌するまでは、シングルファザーの彼が良き父であったことは間違いない。子育て以外の何もかもに無気力となっていた彼は傍から見れば危ういことこの上なかったが、だからこそ認識の全てが家の中と親だけで完結している幼子にとっては最上の父親となって……そこで培われた確かな愛情は、教育方針が百八十度変わっても泉とミオの間にある親子の縁を断ち切るには至らなかった。


 聡明なミオは手がかからなくなるまでが早く、その時分を見越してDA学園長は直々に教員職へと泉をオファー。それだけタイミングよく声をかけられたのは実のところ泉と袂を分かったはずの同期組が学園長に嘆願したからなのだが、今でも泉はその真相を知らない。当時の彼はミオのプロデュース計画を練るのに夢中で、DA教師の立場がそれに花を添えるにうってつけのものだと考えて一も二もなく飛びついた。


 ミオが想定以上に……否、想定を遥かに上回って利発かつドミネイションズの才能を有していたこと。その望外の喜びに加えて彼をサポートするに相応しい役職まで手に入れて──これは天国から見守っている妻からの加護。彼女が導いてくれているのだと考えるともなく泉がそう信じるようになったのは自然なことで、そのせいで息子への『教育』により熱が入り尚のこと容赦のないものとなったのもまた、自然な成り行きだと言えた。


 皮肉なことに周囲の配慮が余計に彼の執念に火をつけた形となり、そこからの泉には歯止めというものがなかった。夢を追う熱量の一切がミオへと注がれ、その成果ははっきりと戦績となって現れ。ミオは数年の特訓で低学年の部とはいえ全国大会で易々と優勝できるだけの実力を有するようになり、それによってDAへの飛び級入学を果たし最年少生徒の肩書きを手に入れた──唯一無二の肩書き、逸話。ミオの出世街道の一歩目としてこれ以上はないと泉は上機嫌であった。


 二歩目・・・で石ころに躓くまでは。


「…………、」


 相対する少年を見る。若葉アキラ。線が細く、髪が柔らかで、顔立ちが優しい。一見して少女とも区別のつかない点を除けばどこにでもいる普通の子供。そうとしか泉には思えないが。


 しかしてミオは彼に負け、合同トーナメントという絶好の活躍の場で優勝者という栄誉を奪われた。本当なら難なく息子が手にするはずだった勲章トロフィー。二歩目に相応しい箔付けを邪魔した彼に泉が憎しみを抱くのは当然で、それだけに飽き足らずプロデュース計画そのものまで頓挫させんと無謀な勝負まで挑んできたのだから、いっそ殺意すら抱くのは何もおかしなことではなかった。けれども。


 もっと圧倒するはずだったこのファイト。実際終始有利に事を運んでいるのは自分の方であるが、だがアキラもなかなかどうして食らいついてくる。詰め切るに詰め切れない。その思わぬ手応えに、いつの間にか泉はアキラを潰すための手段でしかなかったはずのファイトにのめり込んでいた──楽しんでいた。故になのか。砕くべき石ころである少年に対し抱く感情は、必ずしも憎しみ一色ではなくなっていた。まさに彼が操る混色にして混合。ミキシングカードのように、その胸の内は複雑な色を描くようになっていた。


 昔を思い出し、まるで過去の自分自身に引っ張られるようにドミネイターとしての己を取り戻しつつある泉は、だから「ふん」と鼻を鳴らした。


「やはり馬鹿げているとしか思えんな。この状況を覆してオレに勝てるというのなら……是非とも見てみたいものだな。そんな奇跡が起こるところを」


「ああ、必ず見せてやる」


「──ターンエンドだ」


 エンド宣言。元よりコストコアを使い切っている泉にこれ以上やることもなく、ターンを明け渡すのはファイト進行上当たり前の行為でしかなかったが。しかし彼の心境としては、アキラへ渡したのはターンだけではなく。


(貴様のフィールドには戦闘では役に立たん弱小ユニットが一体、そして手札もたった一枚。……その『一枚』が鍵なのだろう? 何故ならそれはメーテールの大博打に挑む際にも捨てずに残した一枚! それ以外の全てを躊躇いなく支払いながらもそれだけは手元に残した。そして勝ちを諦めぬその姿勢、その口振り。キーカードを既に手にしているからこその妄言に違いない)


 という、泉からしてみれば見抜けて当然の、証拠こそなくとも心理的には確証に満ちたその予測は──半分だけ正解だった。


「俺の手にあるのが逆転のための一手。それは間違いない、けれど」


「!」


「あんたが『信頼を寄せている』だけあってミキシングは強烈で、だから俺が勝つためにはこの一手だけじゃ足りない。。そうするためには新たにもう一手を掴まなきゃならない……このドローで」


「……! できるつもりか、またしてもそう都合よく? メーテールであれだけの結果を出しておきながらそれ以上に欲張れると? 強気でいるのもいいが貴様のそれはもはや無謀をも通り越しているぞ、若葉アキラ!」


 引けるはずがない。いや、仮に引けたとしてもたった二枚の手札から何ができるのか。ここからの逆転など「ありえない」。そう考えて泉はふと思った──これまでアキラという少年に対して自分は何度ありえないと口にしたことだろう。そして何度……その予想を裏切られたことだろう、と。


「俺のターン! スタンド&チャージ──ドロー!!」


 デッキの上から引かれたカード。我知らず固唾を飲み込む泉の視線の先で、アキラはなんの気負いもなく自身が引いたそれを確かめた。引ける、と信じる。デッキを信じるというよりも、デッキから信じられている。泉という過去最高の強敵に挑まんとするアキラと共に彼のデッキもまたかつてないほどの戦意を滾らせており、故に彼の引き運の隆盛はファイトが進むほどに顕著になっている。


 それはアキラとデッキがひとつになろうとしている証拠だった。


「泉モトハル」


「? ……ッ!」


 静かな呼びかけ。それに訝しむ間もなく、泉は公開されたアキラの手札に二重の意味で驚いた。


「手札にあったのは、《呼戻師のディモア》……? そして今し方引いたのが──《緑樹の氾濫》だと」


 まさか、これが。呆気に取られたようにそう呟く泉に、アキラは確かに頷いた。


「ああ。今からこの二枚を使って、俺はあんたに勝つ!」



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