105.誰が為のドミネイター
「いくらなんでも……理解に苦しむセリフだな、それは。若葉アキラ。貴様には自分のフィールドの現状が見えていないのか?」
《不惑の月鼠》
コスト3 パワー2000
あれだけいたユニット軍団も残すところは一体のみ。それも戦闘面で無類の強さを発揮するビーストではなく、低パワーの小型ユニットである。多大なリスクを払って掴んだリターン。その全てが僅か一ターンで台無しにされたとなれば取るべきリアクションは落胆か、もしくは絶望だろう。間違っても「勝ち方が見えた」などとうそぶきながら得意に笑みを浮かべる場面ではない。
「そしてこれも見ろ──オレが築いた戦線を!」
《焔光の天徒エノクリエル》
コスト6 パワー7000 MC 【守護】 【重撃】
《祈りの先兵ホランシャ》
コスト4 パワー5000 MC 【好戦】
《晴天大公ハレルヤ》
コスト5 パワー4000 QC 【守護】
ホランシャを呼び出すことで追加効果をふたつとも得た、言わば完全体のエノクリエルを中心とする泉の軍団。エノクリエルは自身の効果によってスタンド状態を維持しており、その上で彼女──フォルムがどことなく女性的とはいえ機械天使をそう称していいのかは不明だが──を守れるように守護ユニットであるハレルヤも控えている。数としては全三体とそこまで強固な陣営とは言えないが、しかしエノクリエルがエース級の能力を有している点。そして何よりアキラの陣営を崩しながら築いた点も加味すれば上々、どころか最上と言ってもいい手堅い布陣だと評することができる。
つまりは完璧。一片のミスもなくパーフェクトなプレイングを実行したという自負のある泉は故に、大博打に挑むことでしか陣営を築けなかったアキラとの差は歴然だろうと──誰よりそれを実感しているのは他ならぬアキラ本人であろう、と。そう指摘するつもりで今一度互いのフィールド状況を比べてみせたのだ。それに対してアキラは。
「もちろんわかってる。現状も、あんたの言いたいことも。だからじゃないか」
「……!?」
「教えられるまでもなく差はある。あんたと俺を比較するならそこを否定するわけにはいかない……それはファイトの前から覚悟していたし、実際にファイトしてみてなおのこと理解できた。あんたは強い。羨ましくなるほどにドミネファイトが上手い──でも羨ましがったってしょうがないんだよな。それは長く本気でドミネイションズカードに触れてきた証拠。泉モトハルが得た泉モトハルだけの強さ。それだけ確かな実力を持つドミネイターだからこそ、俺はあんたに負けるわけにはいかないんだ」
「……言っていることが矛盾しているではないか。自身より上手と認めながら、それでも勝ち気なのはどういう了見だ? いくら直近の大会で優勝していると言ってもその自信の持ちようは尋常ではない。いったい何が貴様を支えているというんだ」
「ミオのため、そしてあんたのためでもある。……最初は、そうだった。だけど今は」
「今は、なんだ」
「ただ勝ちたい。俺も一人のドミネイターとして、あんたっていう強敵に勝ちたい。本当にそれだけでしかない自分に気付いた。そこに『矛盾』はない。自分より強いと認めることと、だからこそ勝利を欲することに矛盾なんてないんだ──あんただってわかってるはずだぜ、泉モトハル」
「…………」
一線から退いて久しく、あまりにも長く本気のファイトから離れてきた泉という男は、果たしてドミネイターを名乗れるのか。もはやドミネイションズを手段としてしか捉えていない彼にとってどこまでも純粋にドミネイターたらんとするアキラの瞳は、直視に耐え難いものだった。
耐え難い、とはつまり。その瞳に見たくない何かを見てしまっているということ。ならば泉の中にもまだ残っているのだ。ドミネイターとしての闘志。ひとつのファイトに捧げる熱意。知らず知らずの内にかつての自分を思い出し、あの頃の感覚を取り戻しかけている泉はそのせいで、それを幻視してしまった。
DAの生徒として仲間たちと切磋琢磨していた懐かしき日々。その隣にいた、いずれ最愛の人となる彼女の姿──今となっては全て遠い過去。幻想の如き幸福だった時間。久方ぶりのファイトを通じて泉はずっと蓋をしてきた己の源泉、そこから湧き出てくるものに抑えが利かなくなり始めている。
(そうだ。あの頃あれだけ頑張れたのは、ひたむきになれたのは。楽しかったからだ。仲間と、彼女と。勝ち負けを繰り返して少しずつ目標に近づいていくのが楽しくて楽しくて仕方なかったから。──しかしプロとして、世界ランカーのドミネイターとして活躍が許されるのはほんの一握りの内の更に一握り。卒業を間近にボクの歯車は少しずつ狂い出した)
六年生。DAの最終学年まで生き残った無二の戦友たちとも、そこからは情け容赦なしの蹴落とし合いを演じなければならなくなった。泉の世代では卒業後の進路にプロ入りを望む者が特に多かっただけに状況は激化。DAの歴史を遡ってもトップクラスに凄惨な卒業順位争いが起こり、泉と婚約関係にあった佐枝ミチコはその時期から入退院を繰り返すようになった。
プロ志望を諦めた彼女の分まで、と奮起した泉は友人を友人と思わず非情に徹し、手段を択ばずになんとしても勝利を捥ぎ取り、時には番外戦術を駆使してまで順位を上げていった。丸一年以上の骨肉の争いを経て素晴らしい戦績での卒業が確約された頃には彼の周りには佐枝しか残っていなかったが、それでいいのだと当時の泉はなんの後悔もしていなかった。世界に名だたるドミネイターになること。それは自分だけの夢ではないのだから──そう思っていたし、必ず叶うと信じてもいた。
卒業間もなく結婚し、妻となった彼女に支えられながら泉はプロデビューを果たす。新人賞争いでは惜しくも二位だったが、同期組の中でも勝ち星を連ねていた泉は注目株のルーキーの一人としてそれなりに注目を集めていた。やがて妻が妊娠、日本リーグからも声がかかり、オーダーコンテストという世間からの認知度や人気だけを基準にして選手が決まる有名な大会への出場も決まった。オファーにふたつ返事で了承を返した泉はこれを機に更なる躍進を果たさんと決意する。
──疲労はあった。とにかく勝利を、世間へのアピールをと。世界へ羽ばたくことを見据えてとにかく周りと差をつけんと生き急ぐ彼の戦略は見事に成果を上げていたものの、そのせいでスケジュールは過密どころの騒ぎではなく、当時の泉の睡眠時間は日に二、三時間が上限。激務の中において妻は心の支えでこそあったが、妊娠したことで想定以上に体調を崩し早期の内から病院に入ることになったせいで会える時間は以前よりももっと減り、かと言って付きっ切りの見舞いなどできない泉は少しずつ自身も弱り始めていた。
プロ生活も四年目に突入。華々しいデビューを果たした新鋭からパッとしない中堅どころに移り変わる瀬戸際。今が大切な時期なのだから、と。妻も泉の夢を、それを叶えるために彼がどれだけの努力を重ねてきているかをよく知っているだけに自分に構わずに頑張ってくれと病床からエールを送り、それに甘えて泉は妊娠過渡期となっても見舞いを最低限に抑えてプロの活動に明け暮れた──そしていよいよいつ出産のタイミングが来てもおかしくない、というその時期にオーダーコンテストが開催された。
無論のこと泉は妻への付き添いではなく大会出場を選び、彼女がいる病院から遠く離れた会場にて、彼の全てを変える運命の時を迎えた。
新人賞を搔っ攫った相手との因縁の再戦にて前回以上の実力差を見せつけられ、あえなく一回戦敗退。
と同時に、試合開始の直前に産気づいて分娩室へ運ばれた妻ミチコが──出産の負担に耐え切れずに命を落としたのだ。




