104.上手格上、それがどうした!
「赤の追加効果……!」
「そうだ、それによって! エノクリエルはバトル時のみパワーを2000上げ! 更に相手ユニットを戦闘破壊した時、自身のパワー以下の他の相手ユニット一体を追加で破壊することができる!」
《焔光の天徒エノクリエル》
パワー7000→9000
「なんだって──」
損失は《ジャックガゼル》だけに済まない。アキラがそう理解した途端にエノクリエルの炎剣がガゼルを切り裂き、破壊効果発動の条件が整ってしまった。
「破壊対象は《マザービースト・メーテール》だ!」
「ぐ……!」
再び発射される白炎の矢。それがメーテールの胴体を貫いたことで、ガゼルのような破壊耐性を持たない彼女はなす術もなく炎に巻かれて死んでしまった。
エノクリエル第二の効果は白赤のミキシングカードと組み合わせることでその真価を発揮する。圧巻の強さだと思っていたユニットに更なる上があったことでアキラは戦慄を通り越して感心の思いすら抱いていたが、しかし。
「クク! 流石にけだものの女王の体毛は上質! よく燃えてくれるな──だがまだ終わりではないぞ、若葉アキラ!」
「!?」
「エノクリエルによって呼び出された《祈りの先兵ホランシャ》は【好戦】持ちのユニット。召喚したターンにユニットへバトルを仕掛けることができる。よってホランシャで《ビースト・ガール》へアタックだ!」
するりと。ゆったりとした民族衣装故に足運びの見えないホランシャが、まるで滑るような挙動でアキラのフィールドへ侵入を果たした。自分が狙われていると知って迎撃態勢を取るガールだったが、自身の射程圏内に入った。そう認識して振るった爪が何故か届かずに盛大に空振ってしまった。前に進む、と見せかけて絶妙のタイミングで一歩分だけ間合いを詰めなかったホランシャの卓越した技術。加えて敵の攻撃範囲を見抜く眼力。してやられたと理解できたのかどうか、前髪越しに大きく目を見開いたガールの眼前には既に錫杖の先端があった。
ガン! と激しい衝突音を立てて顔面に叩き込まれたそれによって頭部を潰され、ガールは落命した。
「ガール!」
「嘆いている場合か? バトルに勝ったことでホランシャの効果が発動だ──それによりオレはライフコアをひとつ増やす!」
「ッ、またライフコアを回復させただって……!」
減らし直した泉のライフはこれで五。決して少なくない数のダイレクトアタックを成功させているのにまだまだライフアウトには遠い──なんて厄介なんだ、とライフコアを回復されるのがここまで面倒だとは知らなかったアキラはなかなか進展しないファイトにもどかしさを感じる。
いや、進展しないどころか状況は悪化の一途をたどっている。何せ泉はライフを回復させただけでなくフィールドにまたしてもミキシングユニットを並べ、その上で更に──。
「そうだ、オレにはまだこのターンに使えるコストコアが残っている! 残りの5コストで《晴天大公ハレルヤ》を召喚!」
《晴天大公ハレルヤ》
コスト5 パワー4000 QC 【守護】
自在に動く雲を足場とする、まるで仙人のような大柄な男性ユニット。彼は現れると同時に自らの主人である泉へと修めた秘術による祝福を授けた。
「オレのデッキに入っている数少ないクイックカードの内の一枚だ。こいつは赤のユニットとしては珍しく運用しやすい【守護】持ちであることに加え、もうひとつ赤らしくない効果を持っている。それがこの入れ替え能力!」
「!」
泉の手札から二枚のカードが墓地ゾーンに落ちていき、反対に墓地からふたつのカードが浮き上がって手札へと加わった。まさしく「入れ替わった」その挙動に驚いたアキラへ泉の解説が入る。
「ハレルヤの登場時効果。手札のカードを二枚まで、墓地またはコストコアのカードと入れ替える。オレは入れ替え先に墓地を選択した……もしこの効果でコストコアにカードが加わっていればレスト状態で置かれていたが、今回は墓地入れ替えなので関係はないな」
ともかく、と泉は意地悪く口角を上げながら説明を続ける。
「単に入れ替えただけでなくこれは戦力の補強だと言っておこう──ハレルヤの入れ替えは同色のカードでなければ成立しない。オレは赤と白のカードを一枚ずつ捨てたが、その代わりに墓地より回収したのがなんのカードか……わかるかね?」
「……!」
ハレルヤの入れ替えの制約は色だけでなくカードの種別にもかかる。つまり赤のユニットカードを戻したければ赤のユニットカードを捨てねばならないし、白のスペルカードを戻したければ白のスペルカードを捨てねばならないわけだが、しかしこの制約をある程度緩和できるのが──これまで何度となく泉が活用してきた混合カードの特徴。
「ファイトにおいて不正行為は不可能。だがスムーズなファイト進行のためにも互いに確認を怠らないのもマナーのひとつ。きちんと示しておこう、オレが捨てたカードはそれぞれ赤のスペルと白のユニット。それによって墓地から回収したのはこの二枚だ。ククク、間違いがないかよく確かめてくれ」
泉がこれ見よがしに提示したカード。それが案の定のミキシングカードであったことにアキラは眉根を寄せた。スペルカード《抹殺と再生の倫道》、ユニットカード《絶倒煉機シヴォルリー》。どちらも面倒極まりないカードだが、特に《抹殺と再生の倫道》はアキラのプレイに大きく制限をかけるという意味で殊更に面倒であった。何せこのスペルは発動されずとも「手札にある」とわかっているだけで効果を発揮するのだから。
とはいえ、得られた情報はそれだけでなく。
「──一枚、なんだな」
「……なんだと?」
「おそらくではあるけど……でもたぶんそうだ。ミキシングの特徴を生かした融通の利いた回収。その戦術はさすがDA教師、見事な手腕だ。けれど、わざわざ回収の手段を設けていること。そしてこれまでに確認できたミキシングカードがいずれも一枚ずつしか使われていないこと。そこから考えるにあんたのデッキのミキシングは全てピン差し、俺のビーストカードと同じく二枚目は入っていない。そうじゃないか?」
質問の体を取ってはいるが、アキラにとってそれはほぼ確信に近かった。ビーストカードを切り札に据える。そのコンセプトを貫くと決めた彼は、以前(デッキ構築のセオリーすら知らなかった頃)よりもビーストを活躍させるための手段をデッキ内に多く取り揃えるようになっている。
特に泉モトハルというかつてない強敵を打倒せんとするにあたって、グラバウやガールといった戦闘に強いユニットに何度も頼る必要が出てくると判断。蘇生効果持ちの《呼戻師のディモア》や墓地から好きな緑ユニットをデッキに戻せる《小袋モモンガ》はそれを念頭に置いて採用に踏み切った新カードたちだ。
そういった工夫を凝らしただけに、アキラには伝わってきた。泉のプレイングからは己と似たような匂いがする。活躍させんとするカードの種類こそ違えど、しかしその方針は自分のデッキと重なるものであるために──間違いなく泉のミキシングカードは一枚ずつの採用。様々なカードを投入することでファイトの柔軟性を高めるためか、はたまたさしもの泉でも希少なミキシングを複数で揃えることは難しかったのか。理由までは判然としなくとも、しかしこのことはアキラにとって大きかった。
「仮にそうだとして。それがどうしたというのかね?」
「別にだからどうだってこともない。ただ、あんたのデッキや戦い方が見えてきたことで俺の戦い方も……そして『勝ち方』も見えて、定まってきた。それだけさ」
「……!」
挑発的に。あるいは挑戦的な笑みで口にされたその言葉に、今度は泉が眉根を寄せる番だった。




