1.ドミネイションズと若葉アキラ
新作です!
コ〇コロコミックを読むようなノリで楽しめる作品を書いていけたらな、と思ってます
ドミネイションズ! それは世を席巻する大人気カードゲーム。政界・経済界を超えて世界中に影響を与えているのがカード界だと言われており、強いドミネイター(ドミネイションズのプレイヤー)は老若男女を問わず憧れの視線を一身に浴びる!
そんな大人気カードゲームは、彼が通う小学校でももちろん流行りに流行っていた!
「よーし! コストを払ってユニットを三体召喚! そして前のターンに召喚していた《デオフィッシャー》でコウヤの場の《タイラント》に攻撃!」
「えっ!? 《タイラント》のパワーは3000、《デオフィッシャー》は2000……それじゃ返り討ちだよ!」
友達のドミネファイト(ドミネイションズで対戦すること)を見守る男子が悲鳴を上げる。しかしプレイングミスを嘆かれた帽子を被っている少年は、その口元にニヤリと笑みを浮かべた。
「それはどうかな? 《デオフィッシャー》は同じ種族のユニットが召喚されたターン、パワーを2000アップさせる!」
「パワーアップ能力!? 凄い!」
「これならコウヤの《タイラント》を倒せるぞ!」
水場もない地上を高らかに跳ねたデオフィッシャーがむくむくとその身を大きくさせて巨大な怪魚となる。そして鋭い牙の覗く口を大きく開けて二足歩行の獣タイラントの喉元に噛み付き、そのまま食い破って仕留める。迫力のあるバトルを見せられてギャラリーが湧く中、へへっと帽子の少年は鼻の下を得意気にこすった。
「これでコウヤのフィールドはガラ空き。次のターンでユニットの総攻撃を仕掛けてやる!」
「ああ、そうしろよ。ただしそれまでにお前のユニットたちが無事だったらな」
「なんだって!?」
「アタシのターン! チャージ&スタンド、そしてドロー!」
コウヤと呼ばれた赤髪の少女が燃える闘志を瞳に宿しながらデッキからカードを引く。その気迫に、帽子の少年は自分が有利な状況であるはずなのに思わず臆してしまう。
「まさか!? ここから逆転するつもりなのか!」
「そんなの普通なら無理だ、できっこない。でもコウヤなら! この学校でも舞城さんと並んでトップドミネイターの称号を欲しいままにしているコウヤなら──」
「そう、アタシなら! どんな状況からだって勝てるのさ! 来いよ、《フレイムデーモン》!!」
「出たぁ! コウヤのエースカードだ!」
現れたるは赫々と燃え盛る業火に身を包んだ異形の悪魔。地を踏み鳴らしながらの堂々の君臨にワッと歓声が上がる中、それと真っ向から対峙させられている帽子の少年は冷や汗が止まらない。
「ここで切り札を引き当てるなんて……!」
「引き当てたんじゃあない、呼んだのさ。そしてこいつはアタシの呼びかけに応えてくれた。さあ、その力を見せつけてやれ! 《フレイムデーモン》の効果発動!」
「く、くっそぉー! また俺の負けかよぉ!」
あっという間にユニットが全滅し、ライフをゼロにされて帽子の少年はその場へ大の字に倒れ伏した。決着である。
「ナイスファイト!」
「最強のコウヤによく食らいついたじゃないか!」
「だってよ。ほら、立てよ。いいファイトをしたドミネイターがそれじゃあ示しつかねーぜ」
「コウヤ……うん、ありがとう。やっぱコウヤは強いや」
「二人ともすごかったぞー!」
ドミネイター同士が健闘を称え合う姿にギャラリーが拍手を送る。そして激闘に触発されたか俺も、私もと周囲で次々とドミネファイトが始まった。放課後の校庭でのお決まりの光景にふっとコウヤは笑うが、ふと盛り上がりの中からふらりと抜け出す一人の背中を見つけた。まるで逃げ出すように人垣から去ろうとしている少年をコウヤは半ば反射的に追いかけて、その背中に手を伸ばす。
「おい!」
「うわっ!?」
「コソコソとどーこ行こうってんだ、アキラ?」
後ろからいきなり肩を組まれて驚きの声を上げた彼──幼馴染のアキラに、コウヤはどこか意地悪い調子で笑いかけた。
「また見学だけして退散かよ? せっかくこんだけ盛り上がってるんだからお前も参加すりゃーいいのに。興味あるから観てんだろ?」
「きょ、興味がないわけじゃないけど……でも俺、今カード持ってないし」
「だったら誰かから借りてやればいーじゃん。なんだったらアタシのデッキ貸すぜ?」
デッキ。無数にあるドミネイションズカードの中から選ばれた40枚で構成される、まさにドミネイターの魂と言ってもいい代物。これがなければドミネファイトはできない。そう簡単に他人へ貸し出せるものではないが、コウヤは特に気にする様子もなく懐からデッキを取り出した。先ほどのファイトでも活躍した、彼女お得意の『赤陣営』のデッキだ。「ん」とそれを差し出したコウヤに、しかしアキラは。
「いや……。そうだ俺、用事があるんだった! 早く帰らないと……そういうわけだからコウヤ、また明日な!」
「あっ、おいアキラ! ……ったく、なんだってんだよあいつ」
名を呼んでも決して振り返らず一目散に走り去っていく幼馴染に、コウヤは眉をひそめる。彼がドミネイションズに並々ならぬ視線を向けていることはとっくにお見通しなのだ。なのに、どれだけ誘ってもファイトには一向に乗ってこないのが不思議で仕方なかった。
単に不思議、というだけでなく──。
「アタシがドミネイターになったのは、あんたの影響だってのに……アキラ」
不満でもあった。
◇◇◇
「はあ……」
とぼとぼと肩を下ろして歩く少年──若葉アキラは、コウヤにああ言ってしまった手前本当に帰宅するべく校門を目指しているところだった。その途中、すれ違った下級生と思わしき生徒たちの会話が耳に入ってきた。
「なあなあ、カード狩りの死神って知ってる?」
「知ってる! なんでも隣町で出たらしいじゃん?」
「そういや、兄ちゃんの塾友達がやられたって言ってた。ドミネファイトに負けてデッキごとカードを奪われたって……」
「ひえ~、マジかよそれ……死神って都市伝説じゃなかったんだな」
「それがさ。最新の噂じゃどうも、今この町にいるんだってよ! 死神!」
「嘘だろ!? 超怖ぇー!」
「もし出くわしたらどうすればいいんだ!?」
「そりゃ逃げるしかないんじゃね? もしくは……」
「もしくは?」
「挑まれたドミネファイトに勝つ! それ以外にカードを守る方法はないだろ」
「無理くせー! めちゃくちゃ強いからこんだけ噂になってんだろ、死神って!」
「…………」
カード狩りの、死神。そんな奴がいるのかとアキラは驚いた。思い返せばコウヤたちがいつか、そんな物騒なワードを口にしていた気もする。しかしドミネファイトをしたことのないアキラにとってそういった悪名高いドミネイターの話など縁遠いもので、あまりちゃんと聞いていなかったのだ。
「もし、そんなのに出くわしたら」
ポケットから数枚のカードを取り出し、広げる。コウヤには嘘をついたが、実はドミネイションズカードをいつも肌身離さず持っている彼だった。それだけでなく、自宅にはコレクションとして少なくない数のカードもある。ただ集めるだけで満足しているので、わざわざ大切なコレクションで人と戦う気がしないだけで……。
そんなアキラが特に大切にしているいくつかのカード。それは今ひとつドミネイションズのルールをわかっていない彼が、それでも不思議と特に心を惹かれた宝物と言ってもいいカードたちだ。もしも、これが奪われてしまったら。そう想像しただけでアキラの背筋は震えた。
その震えにあるのは恐怖と、それからもうひとつ。
「きゃっ!」
「あっ……ご、ごめん!」
カードを見ながらぼうっと歩いていたのが災いし、アキラは一人の女生徒とぶつかってしまった。咄嗟に謝った彼だが、ぶつかった相手よりもその衝撃で落としてしまったカードのほうに気がいっており、謝罪もそこそこにそれらを拾い集めようとして手を伸ばした──ところ、最後の一枚を先に拾われたことで初めてその女生徒が誰であるかを認識した。
「舞城さん……」
「ドミネイションズカード。緑陣営ですわね」
コウヤと肩を並べる、このミヨシ第三小学校で最強の一人と称される名高き小学生ドミネイター。舞城オウラがその美しい金髪を靡かせながら手の中のカードを眺める。それからアキラの持つカードにもちらりと目を向けて。
「若葉アキラ、でしたわよね。あの紅上コウヤといつも一緒にいる」
「う、うん」
いつも一緒なわけじゃないけど、と内心で思いつつも頷く。ドミネイションズでこそ対戦はしないが、彼女とよく遊んでいることは確かだ。それがどうかしたのかと疑問に思うアキラに、オウラはカードを手渡しながら訊ねた。
「わたくしも見たことのないカード。いわゆるレア物のようですが……ドミネカードを持っているということは、あなたもドミネイターだったのかしら?」
その割には戦っているところを見たことがないが、と言外に込めながらオウラはじっと見つめてくる。その瞳に慌ててアキラは首を振った。
「ま、まさか。俺はファイトなんてしたことないし、興味もないよ。ただ好きでカードを集めているだけで」
「なるほど。プレイヤーではなくコレクターでしたか」
競技者と蒐集家。どちらもドミネイションズカードを欲することに変わりはないが、アキラのようにあくまでもカードに観賞用としての価値しか見出していない者はファイトそのものに興味がなく、畑違いであるプレイヤーと交わろうとすることは基本ない。そしてそれは逆も然り。
「戦わないのなら、どうでもいいですわ。引きとめてごめんなさいね」
「!」
ふいっと。言葉通りに関心をなくしたオウラはアキラから目を逸らし、あっさり立ち去っていってしまった。取り残されたアキラはカードを手にしたまましばらく立ち尽くしていたが、やがて歩みを再開させて今度こそ校門へと辿り着いた。一人で帰路を行く彼の足取りは、先以上に力のないものであった。
◇◇◇
家についてからのアキラは自室にこもり、しばらく何をするでもなくベッドに寝転がって天井を見上げていたが。不意に勢いよく起き上がって勉強机へ向かい、その引き出しからある物を取り出した。それは教科書でもなければ文房具でもなく、ドミネイションズカードであった。その束にポケットから取り出した宝物のカードたちを加える。
──これで四十枚。ひとつのデッキとなった。
「どうして俺はデッキなんて……」
誰にも言わず一人でこっそりと作り上げたそれを手にしたままアキラは呟く。コレクションとして愛でるだけならデッキなんて組む必要はない。なのに、自分なりにカードの組み合わせを考えて、お気に入りの数枚を活かせるようなデッキを彼は試行錯誤の末に完成させていた──それはいったい何故なのか。その答えは何度考えてみてもアキラ自身にもわからなかった。
だけど、今は。
「……戦わないのなら、どうでもいい」
思い返すは舞城オウラの言葉。そして言い放った際の冷ややかな眼差し! 目を逸らしたときにはもう、本当に自分への興味など欠片も抱いていなかった。あの目はそういう目だ。
ぐっ、とデッキを握り締める。舞城の言葉だけでなく、下級生たちが話していた噂。『カード狩りの死神』もずっとアキラの頭の中に居座っている。やがてそれがぐるぐると激しく渦を巻き始め──そして、アキラを震わせたもうひとつの理由。
ドミネイションズへの愛が、彼にとっても信じ難い行動を取らせた。
「ちょっと行ってきます!」
「えっ、アキラ? もうすぐ夕飯できるわよー!?」
リビングの母の制止も聞かずに家を飛び出す。あてもなく駆け出した彼だったが、しかし自然とその足は近所にある大きな公園へと向かっていた。まるで導かれるようにしてそこに辿り着いたアキラは、すっかり上がってしまった息を整える。額から流れる汗を拭いながら空を見れば、もう陽が沈みかけていた。
「もうすぐ夜になっちゃうか……はは」
辺りが暗くなっても帰らなかったら母が心配する。衝動的に公園まで来て俺は何をしているんだろうと冷静になった彼は自身の突飛な行動に苦笑し、大人しく自宅に帰ろうとするが。
「え」
運動場へ続く道の向こうから、誰かがやってくる。赤黒い夕焼けに照らされてどこまでも影を伸ばすその人物がすぐ目の前に近づいてくるまで、アキラは一歩も動くことができなかった。逆光でもわかる全身真っ黒な服に、異様にギラギラとした双眸。そしてその表情は──明らかに獲物を探している。そう理解したからだ。
「よお……お前もやるんだろ? ドミネイションズ」
「……! どうして、それを」
謎の人物から低い声で話しかけられビクリとしたアキラだったが、よくよく見れば相手も子供。自分とそう変わらない歳であることがわかり、なんとか怯えを隠しながら何故そう思ったのかと問えば。
「ハ──どうしても何も、手に持ってんじゃねえか。大事そうにデッキをよぉ」
「あ……」
そうだ、デッキを握り締めたままここまでやってきたのだった。自分の手の中にあるそれをまるで知らないもののように見つめるアキラに怪訝そうにしながらも、黒づくめの少年は「まあいい」と自分も懐からデッキを取り出した。
「見たとこ素人のようだが構わねえ……戦ろうじゃねえか、ドミネファイト。ドミネイターなら挑まれた勝負からは逃げねえよな?」
「ドミネファイトを……!? でも、俺たちが戦う理由はない」
「はあ? んなもんがねえとファイトできねえのかお前は。──だが安心しな、褒美が欲しいってんならくれてやる」
褒美、とおうむ返しに呟いたアキラへ黒い少年は見せつけるようにデッキを掲げた。
「お前が勝ったらこいつをやるよ。その代わり、条件は対等だ。俺様が勝ったらお前のデッキを丸ごと頂くぜ!」
「! そ、それって」
「ああ、賭け試合ってやつだ。アンティファイトっつって世間じゃ行儀がよくねーとされてるが、まあ固えことは言いっこなしだぜ。勝負に代償ってのは付き物なんだからなぁ……!」
乗るよな? と、逃げ出すことなど許さないとばかりの威圧感を放ちながら凄む少年に、アキラは──彼が掲げたデッキに自らのデッキをぶつけた。
「!」
「ここで俺が逃げたら、きっと別の誰かがお前の標的にされる……だったら! 俺がお前を倒して、アンティファイトなんてやめさせてやる!」
「ハッ……いいねぇ。やれるもんならやってみな!」
「「ドミネファイトだ!」」