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Noah——幻想の青、届かない星(そら)  作者: 仲島 たねや
第一章 Noahの運び物
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Noahの運び物③

 サイレンの音を聞いたその瞬間にシミュレーターの電源を落とし、ハルヒトは相棒機である「ゲンブ」を連れてトレーニングルームを抜け出そうとした。するとトレーニングルームの入り口の付近に腰をかがめたキサラギの姿が目に入る。いったいなにをしているのだろうと話しかけてみると、

「……タイミングです」

 とのことで、急に話しかけられたからか、その表情はおそらく驚いた時のものの表情に変わったのだろうとハルヒトは予想する。それにしてもタイミングとはいったいなにかとちょっとだけ考えて、たぶんだけどトレーニングルームを使いたいキサラギは、ハルヒトの訓練が終わるその時をここで待っていてくれたのではないだろうかと思った。ハルヒトの気を散らせないために視界に入らないようにとの気配りをし、分割すれば五人だって訓練が可能なはずなのにわざわざ待ってくれる辛抱強さには感服だってする。

「ごめんね」

 謝罪の言葉を言ったその時に、ハルヒトは走り去るクビキの後ろ姿を見つける。戦闘に向かう際には一度ブリーフィングルームに寄る必要があるから、クビキはおそらくそこに向かったのだろうとハルヒトもその背中を追いかける。

「トレーニングルームは好きに使っていいから」

 走り際にそう告げると、小首を傾げていたキサラギが機械のように立ち上がり、

「私も行きます」

 今日は休みなんだからわざわざ行かなくていいんだと言おうとしたが、それは自分にしても同じことなのでハルヒトは後ろについてくるキサラギになにも言うことはなかった。そして階層エレベーターの前でクビキに追いつくと、ハルヒトが先ほど言おうとしていた言葉をそっくりそのまま自分に言われた。

 まったくその通りだ。

 反論のしようがない。

 だから黙ってやりすごすことにした。

 階層エレベーターの現在位置は光るランプで九階にいることを示している。

 そしてついにやってきた階層エレベーターに、三人が乗り込んでしばらくの静寂が続く。が、目的地である二十四階に着くまでに、さっきまでの嫌な感じの静寂が空気の読めない男の乗り込みにより見事なまでにぶっ壊された。

「ここで会うとはさすがは俺との縁に恵まれているなあハルヒト。それにキサラギまでいるとはまったく今日の戦闘はたぎるぞ、ってあれ? お前ら今日は休みだったんじゃあなかったっけか? あとクビキさんいたんっすね」

「ええ、わたくしもおりますよクビキさん。そして物は相談なのですが、どうやらこのお二人ともが困ったことに休日出勤をお望みのようで、ジンさんからもなにかおっしゃってくださるとわたくしといたしましてもたいへん助かるのですが——」

 クビキの話を聞いているんだか聞いていないんだかよくわからない態度のジンは、勢いよく右ひじを曲げると突然喜んでいるような声を出して、

「よっしゃ! じゃあお前たちのことを倒すチャンスが今日もあるってことだよな。見てろよお前ら、お前たちを追い越していまに今年の撃破数一位に俺が輝く、ぜ!」

「わたくしの話をちゃんと聞いていないのですね。まあいいです。しかしジンさんはまず四位の方を越える必要があるでしょうね。ジンさんは五位で、お二人は現在のツートップなのですから」

 指摘するクビキの言葉に一切耳を貸さないジンは、かっこいいと思っているのか首に巻いたスカーフをなびかせて、ハルヒトの眉間にぴんと伸びた指をつきつけて謎の勝利宣言を告げた。と同時に、階層エレベーターの扉が開いてブリーフィングルームのある二十四階に辿り着く。ハルヒトは首の動きだけでジンの指を躱し、ゲンブを自動操縦で後に続かせて、司令官の待っているであろうブリーフィングルームにクビキを先行させて入り込む。

「失礼いたします」

 すでに先客は二人いて、その二人の前には白い軍服を纏ったサチ司令官がいる。彼女は鋭いと眠そうの中間ぐらいの目をしていて、背筋は定規のようにしっかりと伸ばしているのだが首のほうはわずかに斜に構えている。その首がハルヒトたちのほうをゆっくりと向いて、

「前に立て。クビキ、ジン、ハルヒト、キサラギ」

 言われるがままに足を動かしたハルヒトだったが、クビキは一人立ち止まり、

「サチ司令官殿。ハルヒトさんとキサラギ嬢は、」

「わかっている。監視映像をみれば大体の状況は察することができる。とにかく前に立て」

 有無を言わせぬその口調にクビキも渋々といった様子で司令官の前に立つ。ハルヒトの目の前には大きなモニターを背にしたサチ司令官が立っていて、先に待っていた二人はどうしてお前がいるのかという視線をハルヒトに向けてくる。ハルヒトはこれを完全に無視。ちなみに最も左側にいる無精ひげの男の名はミツルギと言い、後ろに控える随行式支援型機甲万能型「キリン」に生活のほとんどをゆだねるものぐさな男である。その右にいる髪にウェーブのかかった女の名はモミジと言い、C班に支給された女性用の制服のスカートをこれでもかというぐらいに短くしている派手な女である。この二人とは何度も戦線を共にしているので、それなりに気心のしれている仲であり、特にここに入りたての頃にはミツルギによくお世話になった。

「隔壁の外に確認されたNoahの総数は六」

 ブリーフィングルームに灯されていた電灯が司令官の声を合図に消え、モニターに表示された幻想都市セイレンの全体図がぐるりと回転しながら隔壁外の東南エリアをズームアップする。

「イーグルが三、スパイダーが二、ウルフが一。次に二人組ツーマンセルは予定通りにミツルギとジン、クビキとモミジ、そしてイレギュラーでの二人組でハルヒトとキサラギだ。その場での指示はミツルギに一任する。以上だ。各自ポッドに急げ」

 ブリーフィングルームに再び電灯が灯り、ハルヒトを含めた四人が了解の意を指す「デアクエルド」を言うとすぐにブリーフィングルームを飛び出して同じ階層にある更衣室に急ぐ。そして更衣室に着いたら自動開閉式のロッカーの前に立ち、慣れた動作でボディスーツを着込んで、銃型デバイスをはじめとした様々な装備類を装着する。装着しきれなかったものはアタッシュケースに詰め込んで、更衣室の奥にあるスライダーを滑り降るとハルヒトはポッドの用意されている空洞のような場所に立ち、それに遅れて相棒機のゲンブが尻もちをついてすぐに立ち上がる。

やはり脳波コントロールではない自動操縦になると完璧な動作は難しいらしい。

 そして、次々とハルヒトに続いて人が降りてくる。

 六人がそろう。

 相棒機を連れていない者はたいていこの場所に相棒機を置いている。クビキであれば背中の翼が特徴的である妨害型の「スザク」、ジンであればちょっとだけ首の長い通信型の「セイリュウ」、モミジであればがっしりとしたフォルムである攻性型の「ニッコウ」、キサラギであれば細身なスタイルである防性型の「ツキカゲ」、それらをそれぞれが脳波接続し起動させる。

 ハルヒトはその間に横並びのポッドの一つに乗り込む。

 これらのポッドはターミナルから伸びるチューブにも似た通路を進み、セイレンを囲んでいる隔壁へと十秒と経たずに連れて行ってくれる移動の要だ。

「それじゃあ全員ポッドに乗り込め。忘れ物がないかしっかりとチェックしたか?」

 ミツルギの言葉に振り返ったハルヒトは、ポッドの後ろにゲンブがいることをちゃんと確認した。

 いる。

「それじゃあ行くからお前ら乗り物酔いには気をつけろ」

 ふわあと長いあくびをしながらミツルギは相棒機であるキリンとともにポッドに乗り込む。

 それを皮切りにしてポッドが地面ごと回転し始める。これはポッドの射出レールを東南の方角へと向けるためで、向いた瞬間にポッドは稼動し、ハルヒトはしばらくの間自身にかかる重力に歯を食いしばって耐えると、そこはすでに隔壁の東南エリアだった。相変わらず速い。Noahとの戦闘を行うC班に入る条件として、このとんでもない負荷のかかるポッドの移動に耐えることが必須となる。しかし訓練もなしにこれを耐えるなんて常人には土台無理な話で、ハルヒトが負荷訓練を受け始めた際には幾度となくシェイクされた胃の中身を吐きだしたものだった。

 思い出したら気分が悪くなってきた。

 ハルヒトは早急にポッドを抜け出す。

 そして取り出したアタッシュケースから、ハルヒトは鋭角なデザインの呼吸補助器と形状記憶素材で編まれたコートをさらに取り出す。口と鼻を覆い隠すように呼吸補助器を装着し、音を立てて翻したコートを着込む。他の面々もハルヒトと同じような格好になっており、ミツルギだけは相棒機のキリンを家政婦のように扱って装備品の諸々を着させてもらっているので少し遅い。が、数秒と経たないうちにミツルギの着せ替えは終わり、ポッド乗り場から数歩歩いてC班の六人はぶ厚い隔壁の上に立つ。

 目の前には特殊ガラスがある。

 特殊ガラス越しに見える景色は、朱に染まった太陽を頂くなんてことのない夕方の風景だ。しかしこれがターミナルの映写機から投影されている偽りの光景であることは、セイレンに住まう人々であれば当たり前のように知っている普遍の知識ではあるのだが、都市を取り囲む隔壁とそこから延びるドーム状の特殊ガラスの向こう側を実際に自分の目で確認したことのある者はそういない。

「よっし、じゃあ行くぞお前ら」

 二メートル四方に切り取られた夕方の風景。そこから六人と六機が特殊ガラスの向こう側へと歩み出す。そして全員が通り抜けたころにはすでに退路は塞がれているという塩梅だ。六人と六機が再び都市へと入るためには、ターミナルにいる帰還部隊に無線で隔壁外に来るように呼ばなければいけない。まるで都市外へと追放された罪人のような気分にハルヒトは陥る。

 しかし目の前の光景を見れば、ただの罪人を飛び越して死刑囚のような気分に陥るのはなにもハルヒトだけの感慨ではないだろう。

 だって目に映る一面の景色が禍々しい紫色の瘴気に埋め尽くされている。

 これはもう見たまんまの害ある毒であることは疑いようのない事実であり、二百年ほど前に行われていたとされる戦争にて、敵国を滅ぼすために使われた細菌兵器の影響が未だに残っているのだと言われている。まったく戦争なんてロクなものではないとハルヒトは思う。

「それじゃあハルヒト、いつも通りに下にいる奴らを探査サーチしてくれ。上の状況報告が間違ってるかもしれないし、あれから何体か追加されてるかもしれないしな」

ミツルギの言葉に「わかりました」と頷いたハルヒトは、見通しの悪い上空二百メートルから下の一帯にエコーロケーションの要領でゲンブから超音波を発生させる。発した音の反射を利用することで、ゲンブにNoahのいるだいたいの位置を演算処理させ割り出した。演算の結果は繋がれた脳波から送信させ、ハルヒトはその結果に怪訝な表情を見せる。

「どうだったよ?」

「司令官の言っていた情報にプラスがあります」

 ミツルギはまじかあという表情を見せ、モミジもクビキも同じような表情をする中で、ジンだけは嬉しそうな表情を見せる。

「タイプは十六脚型の『アイランド』で、」

「おお、あのでっかいやつかあ、いいね!」

「隔壁の攻撃に参加せずに後ろのほうで身じろぎ一つしていません」

「は? どういうことよそれ。じっと見守ってるって感じなわけ?」

 モミジの問いかけにハルヒトは「まあそんな感じかな」とだけ答えた。そうすると「なによその曖昧な感じは」とモミジが突っかかろうとしたところに、ミツルギが諍いを仲裁するように話に割り込み、

「まあ十六脚型なんて自重に振り回される欠陥機だって言われてるし、できることなんて運搬程度のもんだからこいつは後回しだ。全然動かないのならさらに好都合だ。しかもこっちには飛び入りのおかげで戦力が増してるんだから本来の任務よりも楽だ。じゃあとりあえずの簡単な役割分担を決めようぜ。まずは空を飛んでるイーグルはハルヒトとキサラギが叩き落とし、そっから四人が降下、俺とジンはスパイダーを担当、クビキとモミジはウルフを担当して、その間にハルヒト組はアイランドを足止めして最後に全員で倒す。まあだいたいはこんなもんだろ。なにか意見は?」

 声は上がらない。

「じゃあこれで行こう。クビキはいつものやつを頼んだ。それを合図にして作戦開始だ」

 クビキの相棒機である妨害型のスザクは強力な妨害電波ジャミングを発信することができ、それはNoahの感覚器をしばらくの間混乱させることができる。ミツルギの言ういつものやつとはこれのことである。

 もうじき戦闘が始まる。

 ハルヒトは体内のナノマシン群を一気に覚醒させる。身体能力の向上はもちろん、視覚と聴覚を限界まで引き上げると同時、ことごとく沸き上がってくる感情を抑制しては鋭利な氷片のように思考を研ぎ澄ませていく。考えるべきは地表を覆いつくす毒と同様に戦争史における負の遺産であるNoahの排除である。戦闘用AIの搭載された主無き暴走機甲がNoahであり、人の集まる都市の気配を感じ取って決して少なくないペースでやつらは都市を囲う隔壁に攻撃を加えてくる。隔壁だってそう簡単に破壊される代物ではないが、うじゃうじゃと多く群れたやつらの破壊力には万が一の可能性だって断言して無いとは言えないのである。

そこでハルヒトたちの出番がやってくる。

鋭角なデザインの呼吸補助器と形状記憶素材を使ったコートはいずれも真っ黒で、隔壁の上に並び立つ六人の姿は群れた人間大のカラスに見えないこともないので、Noahとの戦闘を担当するC班は「クロウ」と呼称されることもしばしばだ。クロウの役割は、Noahが隔壁に接近した直後に破壊を行い、やつらを水槽に泳ぐイワシのようにうじゃうじゃと群れさせないようにすることである。

「スザク、おやりなさい」

 スザクの背にある翼が開いたと同時に妨害電波が展開される。

「キサラギ、左の二体を頼む」

 そう言って、ハルヒトはゲンブを残して隔壁から飛び降りる。

 

ついに戦闘が始まった。

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