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Noah——幻想の青、届かない星(そら)  作者: 仲島 たねや
第一章 Noahの運び物
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Noahの運び物①

 ハルヒトは賑やかな雑踏に紛れ込む。

 右も左も、見渡した先には歩く人とそれに従う二足歩行型のロボット。なるべく一つの区画に店を集めてこの賑やかさを意図的に発生させている過疎化の進んだ幻想都市セイレンではあるが、ここ最近では閑散とした状況がこの区画以外で続いており、場所によってはゴーストタウンのようになっている区画もあるとハルヒトは聞く。

 正直、ハルヒトにとっては後者のほうが望ましいのではあるが、現在、好き嫌いを優先させるべきはハルヒトではなくて隣にいる彼女である。

「ここで本当によかった? 出かける場所っていうとここぐらいしか思い浮かばなくて」

 一瞬だけきょとんとした顔をしてから彼女は柔らかく微笑んで、

「たまには騒がしいのもいいと思いますよ」

 本当にそう思っているのかはわからない。

 そもそも彼女——キサラギの表情の変化は分かりづらい。キサラギが微笑んでいることをハルヒトが先ほど察したのは、三年ほど同じ職場に勤めているからこその経験からくる至難の芸当で、彼女と初めて対面する者であればもしかしたら微笑んだのではなくて怒っていると感じたり悲しんでいると感じたりするかもしれない——というのはさすがに言いすぎだろうが、表情の変化は一瞬なのでそれを見逃す者は多いと思う。

 表情づくりが上手でないということは、キサラギは決してコミュニケーション能力に秀でているとは言えない。が、その点に関して言うのであれば人のことをとやかく言えるコミュニケーション能力なんてハルヒトにだってまったく持ち合わせていないのである。そんな二人が並んで歩いたところで、楽し気な会話を軽快に交えながらわいわいきゃっきゃと騒げるわけもない。

 今よりも三百年ほど昔の頃は、困ったときには天気の話を振ることが定番であったらしい。しかし、天幕にあるドーム状の特殊ガラスはあらゆる天気の影響を妨げる。

だから当然雨の影響もないわけで、人の集まるこの区画には、ハルヒトの見る限りで食べ物や工芸品を見せびらかすような活気のある露店、電子楽器を抱えて歌っている夢見るストリートミュージシャンを多く見かける。特に話すこともなく、ハルヒトとキサラギは香ばしい匂いを漂わせている串肉を購入し、てくてくと歩きながらもぐもぐと食べる。そしてハルヒトが毒にも薬にもならない「美味しいね」という味気のない感想を言うと、キサラギはどう頑張っても話の広がらない「そうですね」という素っ気ない返事をする。歩いている途中では、御座にあぐらをかいてギターの弾き語りをする青年のその前に二人は立って、特に変化のしないその表情で二人は圧迫面接にも似た緊張感を青年に与えた。見事なほどにぐだぐだな弾き語りが雑踏の中に飲まれていく。

 ごめんなさいと心の中で謝って、ハルヒトはキサラギを連れてその場を去った。

 やっぱり人混みは苦手だ。

 けれど、この時間もそう悪いものではないと思える。

 キサラギも同じように思ってくれていたら、それは今日のスケジュールとしては成功といえるだろう。

 そもそも、どうしてキサラギと二人で休日を過ごすことになったのか。

 その経緯は実に簡単だ。

 それはつい先日のことで、

『よければ明日、先輩と一緒に休日を過ごさせていただけませんか?』

 当然のように色々と勘ぐったが、その結果として辿り着いた考えは、お節介な誰かの存在がキサラギの裏にはあるということである。おそらくは、ハルヒトがせっかくの休日に戦闘訓練しか行わないことを見かねて、例の台詞をキサラギに仕込んだ職場の誰かはハルヒトに人並みの休日を与えてやろうと余計なお世話をした。しかしどこかのお節介焼きに利用されたキサラギには何の罪もないしいくらかの同情だってする。

『うん、いいよ』

 可愛い後輩に恥をかかせないようにと、そう考えての頷きだった。

 こうして、まんまとどこかのお節介焼きの策略に乗せられて、ハルヒトは苦手な人混みに紛れ込んでキサラギの隣を歩いている。

ハルヒトは隣にいるキサラギの表情を覗いてみる。相も変わらず表情に変化はない。手に持っていた串肉はすでに串だけになっていて、路上にあるごみ箱でも探しているのか視線がわずかに浮ついている。そして自分に向けられた視線に気づいたのか、キサラギがその視線をハルヒトのほうに向けてからわずかに首を傾ける。

「やっぱり楽しくないですか?」

 やっぱりという言葉に引っかかりを覚えながら「なんで」とハルヒトはキサラギと同じように首を傾げる。

「楽しい話が私にはできないので、先輩が退屈なされていると思ったのです。本当はいくつかの話題を事前に考えてきていたのですが、どうにも言い出すタイミングが掴めなくて。それに……」

「それに?」

「——いえ、なんでもないです。すいません。せっかくの休日を潰してしまって。私は先輩と同様に休日は訓練をして過ごしてきましたから、こういったところではどのように行動をすればいいのかわからないのです」

「それは俺も同じだよ。でも無理してなにかをしなくてもいいんだと思うよ。他の人には他の人の、俺たちには俺たちのペースがあるんだし、それに俺は、こうやってキサラギと歩いているだけでも結構楽しいしさ」

 キサラギが珍しいことにわかりやすくぱちぱちと二回まばたきをした。そこに含まれる感情をハルヒトは察することができない。けれど先輩としていいことを言えた気もするし、悪い印象はないのだと思う。

「って、ここに連れてきた俺が言うことじゃないかもしれないけどね。まあでもそろそろ帰ろうか、なにかキサラギに用事があるならまだ付き合うけど、————ん?」

 ハルヒトの目の前をふわりと何かが通り過ぎた。

 それはまるで青く燐光している雪のようで、その実、「青の清赦」と呼ばれる都市のクリーン活動のようなものだった。これは都市外で発生している毒に対して、その影響を打ち消すための毒の抗体の結晶を頭上から降り注がせるものである。ゴシック調の家屋、屋根の尖った政府施設、慣れきった光景に歩みを止めない人々がほのかにぼやけた青に照らされる。すぐ横にある人工芝の公園がどういうわけかキサラギの目を引いて、次にキサラギは天幕を見つめるハルヒトの袖を引く。

「もう少しだけ、ご一緒してもらってもいいですか?」

 相も変わらずその表情に大した変化は見られない。

 けれど、ハルヒトには、なんだかキサラギが楽しそうにしているように見えたのは、ただの気のせいだったのだろうか。


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