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枕小僧でございましゅ  作者: 弍口 いく
1/3

前編 雑魚妖怪は人間には見えないものなのに 

 真夏の日差しが深緑に降り注ぐ美しい渓谷。

 澄んだ水をたたえる清流に、赤い液体がしたたり落ちていた。

 ポタリ、ポタリと一滴ずつ、透明な水に混じり波紋となって消える。


 それは橋の欄干から吊り下げられている二つ物体から滴下していた。


 手足を切り落とされた人間の身体。

 中年の男と女。

 両眼はカッと開いたまま、血液を失った青白い顔は、苦痛と恐怖に歪んでいた。



   *   *   *



 それから5年後。


 渓谷に架けられた橋の上、黒装束の忍者と旅姿の町娘に変装したくノ一(くのいち)の少女が対峙していた。


「抜け忍の末路はわかっているはずだ」

 忍者は少女の鋭い視線を受け止めながら臨戦態勢を取っていた。

 欄干には数本の手裏剣が突き刺さっている。


 火花を散らすような視線、間合いを取る二人。

 少女のこめかみに汗が一筋伝った。


 次の瞬間、忍者は短刀を握りながら少女に突進した。


 が、その時、

 忍者は後ろから飛び蹴りを食らって吹っ飛んだ。


「えっ?」

 すみれは予定と違うアクションに目を丸くした。


 なにが起きたか把握できず戸惑う菫の前に、真っ白な麻のジャケットに白いチノパン、カラスの濡れ羽色の長髪を一つに束ねた長身の男性が凛と立った。


 不意を食らってダウンしている忍者役の矢野に軽蔑を含んだ一瞥を投げかけながら、男性は額に垂れた後れ毛をかきあげ優しい眼差しで菫を見下ろした。


「大丈夫ですか? お嬢さん」

 眉目秀麗という言葉は彼のためにあるのではと思わせる美しい顔立ち、二十歳前後だろうか? 白い歯が零れる口元には爽やかな笑みが浮かんでいた。


「カットぉ!!」

 怒りに満ちた山下監督の叫びが響いた。

「なんだお前は!」


 美しい男性は、鋭い眼光を山下監督に向けた。

「貴様もこの輩の仲間か」

 押し殺した静かな声が迫力を増幅させる。ギリシャ彫刻を彷彿させる横顔がまた美しい。可憐な少女を悪党から守るヒーローのような……。


 違~~うっ!

 菫は心の中で絶叫した。


 なぜ気付かない?

 周囲にはカメラが数台と大きなレフ板、収音マイクを持った音声担当をはじめ、大勢のスタッフが控えている。誰がどう見ても撮影中だ。橋の上で女の子が怪しい男に襲われていると勘違いするなんて、ありえない状況だ。


「美しい……」

 謎の男性と対峙した山下監督の手から、メガホンが滑り落ちた。

「えっ?」


「思い切った売込み、気に入ったよ!」

 山下は謎の男性に駆け寄り、瞳を輝かせながら両手をガッチリつかんだ。

「どこの事務所だ?」


 勘違い野郎が二人、この人たちは天然か?

 菫は呆れて苦笑いするしかなかった。


「てめ~! なにしやがんだ!」

 いきなり蹴り倒された忍者役の矢野が、起き上がると同時に突進した。


 怒りに任せて謎の男性を殴ろうと伸ばした拳は難なく交わされ、目標を失った矢野はつんのめって膝をついた。


「大丈夫ですか!」

 思わず駆け寄った菫を見て、謎の男性は驚いたようだった。

「君……?」


「襲われたんじゃないんですよ、映画の撮影なんですよ」

 菫は間を入れずに説明した。


「え……」

 やっと気付いたようで、謎の男性は周囲を見渡した。

 全員の白い眼が集中している。


「これは、僕としたことがえらい勘違いを」

 バツ悪そうに頭を掻きながら矢野に、

「堪忍やで~」

 心のこもらない謝罪をした。


「ほな、邪魔者は消えますさかいに、撮影続けてくださいな」

 謎の男性は菫にウインクすると、スタッフと機材の間を軽やかにすり抜けて去っていった。


 なんだったの?

 ウインクにちょっとドキッとしながら、菫は去っていく後姿を見送った。



   *   *   *



 橋の上でのシーンは、謎の男性の乱入により、最初から撮り直すハメになった。

 だが本当の理由は、すみれの演技に山下監督が納得していなかったからだと、菫自身気付いていた。


 山下荘雲(そううん)は68歳とは思えないパワフルな老人だった。

 私服はいつもダンディに決めて若作り、気持ちは永遠の二十歳と言い切り、意欲的に作品を生み出して、必ずヒットさせている。

 この映画も製作が決定した時から注目を集めていた。


「なに浮かない顔してるの?」

 菫のメイク直しをしている鈴原が覗き込んだ。


「笑顔は封印、って監督から言われてるんですよ」

「それは役の上でしょ」

「カメラが回ってなくてもずっと役になり切ってなきゃ、あたしみたいな新米は器用に切り替え出来ませんから」


 本山菫は16歳の高校生、整った顔立ち、パッチリした二重の目が可愛い、笑顔が素敵な女の子。

 14歳の夏、ミュージカルのオーディションを受けて、一次、二次予選を通過したものの、最終審査直前に怪我をして棄権せざるおえなくなったが、その後、思いがけず大手芸能プロダクションからお声がかかり、晴れて芸能界入りする運びとなった。


 そして小さな役からキャリアを重ね、2年後の現在、大きなチャンスに恵まれた。

 オーディションで巨匠山下荘雲監督の目に留まり、ヒロインのくノ一(くのいち)役に大抜擢された。

 時代劇は初めてだが、菫は期待に胸を膨らませながら、撮影場所となる京都へ来ていた。


 ヒロインは不幸な生い立ちと過酷な運命を背負った陰のある少女、根が明るい菫とは正反対のタイプだ。

 山下監督がなぜ本山菫を選んだのかわからない、周囲も首をかしげていたようだ。


「でも浮かない顔に見えてちゃダメですよね、憂いに満ちた翳りある顔でなきゃ」

「なんならシャドーで陰つけてあげようか?」

「それは違うと思いますぅ」


「菫ちゃん、知ってる? この辺りで猟奇殺人が起きた話」

「なんですか唐突に、メイクがダメなら、あたしを怖がらせて暗い顔にさせようとしてるんですか?」

「バレたか」

 鈴原は悪戯っぽく肩をすくめた。


「でもホントの話よ、5年前、会社経営者夫婦の惨殺遺体が、あの橋で発見されたのよ」

「マジですか」

「殺され方が異様だったらしいわ、生きたまま両手両足を切断されて欄干から吊るされてたんですって、死に顔は苦痛と恐怖に歪んでいたそうよ」

 菫の背筋に冷たいものが伝った。


「犯人は川に滴る血を見て、二人が死んでいくのを楽しみながら見てたそうよ」

「捕まったんですか?」

「いいえ、まだなんの手掛かりもないって話よ」

「じゃあ、なんで見てたなんてわかるんですか!」

「それは、噂で」

 鈴原は前歯を見せながら笑った。


「シーン19、菫ちゃん、入って!」

 その時、AD山崎の急かす声が届いた。

「はーい!」

 自分はくノ一、闇の世界に生きる女!と言い聞かせて、菫は橋に向かった。


 このシーンは、運命に抗って抜け忍となったヒロインが、掟を破った者を抹殺しようとする刺客に追い詰める絶体絶命の場面。

 菫は決意を新たに橋の上に立った。


 遺体が吊るされていた橋だなんて気持ち悪いが、怯んでなんかいられない。

 山下監督の鋭い視線が突き刺さる。


「アクション!」

 監督が力強くコールし、カチンコの音がカーンと響いた。



   *   *   *



 ホテル、ひとりぼっちのシングルルーム。

 隣の部屋にはスタッフがいるとわかっていながら、一人旅などしたことなかった菫は心細さにさいなまれていた。


 今日のシーン、結局山下監督は最後まで納得していない様子だった。どうすれば監督が望む演技が出来るんだろう、本当に自分に出来るのか?

 不安が押し寄せてなかなか寝付けないでいた。


 ベッドに入ってから何分経つのだろう、目を閉じても眠気は来ない。それどころか胸元が重苦しい気がしてきた。


 う……金縛り? まさか……。

 これは!


 異常を感じて開けた菫の目に飛び込んだのは、顔だった。


 金太郎ヘヤーの男の子の顔が菫の目前にあった。

「お化けぇぇ!」

 菫はビックリして飛び起きた。


 その弾みで男の子は吹っ飛び、壁際に転がった。

「あ……」

 男の子は菫の細腕で簡単に飛ばされるほど小さかったのだ。


「あ、貴方様はわたしがお見えになるのでしゅか?」

 壁を背に三転倒立しているような格好だった男の子は、驚きの表情を露にしながらピョンと回転して立ち上がった。


 身長は1メートルくらい、絣の着物姿で腹ポッコリ、足元は藁草履、てっぺんだけ結んだおかっは頭に丸顔、三日月目に団子鼻の愛嬌がある子供? だった。


「見えるって?」

「わたしどものような雑魚妖怪は、普通、人間には見えないものなのでございましゅ」

「妖怪ですって!」

 菫は慌ててベッドから出て身構えた。

 2年前、妖怪と遭遇して酷い目に遭ったことを思い出した。※注


「雑魚でもなんでも、部屋に忍び込んで、どんな悪さをしようとしてたの! こう見えても妖怪ハンターと知り合いなんだから、退治してもらうわよ!」

 愛嬌があるからって油断禁物だ。


「ひっ、ご勘弁をぉ~」

 小さな妖怪は頭を床に擦り付けてひれ伏した。


「わたしはただ人間の夢に入り込む、枕小僧まくらこぞうと言うケチな妖怪でございましゅ。人間様に危害を加えようなんて、大それた考えはゆめゆめございません」

「夢に入る? ばくみたいなの?」

「獏は悪夢を好んで食べますから良い妖怪とされておりましゅが、わたしはそのぉ、良い夢が好みなもので」


「良い夢を食べてしまうの?」

「でも、良い夢を食べられたからと言って、人体に影響はございましぇんよ」

「良い夢を見た時は、気分良く目覚められるのよ」

「おっしゃる通りですが」


「やっぱり悪い妖怪ね!」

 菫が睨みを利かせると、

「申し訳ございましぇん」

 再び頭を床に擦り付けた。


 次の瞬間、消えた。


 菫は驚いたが、確かに被害はなかったんだから、あれだけ脅かしておけば、二度とここへは来ないだろうと安堵しながら肩の力を抜いた。その時、


「逃げたか」

 突然の声、聞き覚えのある声に振り返ると、そこには昼間の謎の男性が腕組みしながら偉そうに立っていた。

 菫の全身に再び緊張が走った。


 なんで? いつの間に入ったの?

 ドアの音はしなかった、鍵がかかっているはずなのにと菫は恐怖に固まった。


 驚きのあまり声が出ない菫を、謎の男性は爽やかな笑顔で見下ろした。

「そんなにビックリせんでもエエやん、わかってたんやろ?」


 なにを? なにがなんだかわかんないんですけど!

 菫は心の中で叫んでみるが、実際口はポカンと開いたままで声は出ていない。


「あれ?」

 男性はなにかを確かめるように、菫に接近して瞳を覗き込んだ。


 陶器のような白い肌、瞳は青、いいや左は紫のオッドアイ。黒髪だから日本人だと思っていたけどハーフなのかしら?

 それにしてアップに耐えられる美しい顔に菫は頬を赤らめた。


「あらら、僕としたことが、鬼の臭いがしたとおもたんやけど、勘違いか」

「鬼?」

「いくら人間のふりしてても、僕みたいな大妖怪がこれだけ接近したら、本能的に危険を察知して目が赤なるはずやしな、ならへんと言うことは」

「人間です!」


 菫は謎の男性から距離を取った。

 と言っても狭いシングルルーム、壁を背にして逃げ場はない。


「あなた妖怪なの?」

「僕の名は白哉びゃくや、猫族の中でも帝猫ていびょうと呼ばれる高貴な血筋の妖怪や、そやし、貴賓溢れる容姿やろ」

 と後れ毛をかきあげる。


「猫族? 平たく言えば化け猫なのね」

「その言い方は失礼やなぁ、けど僕もレディの部屋に忍び込んだんやし、お相子にしとこか」


 白哉はベッドに腰かけて足を組んだ。

「昼間会った時、君から鬼の気配を感じたし、鬼が人に紛れてるんやったら、退治せなアカンと思て確かめに来たんや」

 

 白哉は不適な笑みを浮かべながら、

「鬼やなかったけど、ただの女の子でもなさそうやな、枕小僧みたいな小妖怪が見えるってことは、そうとう強い霊感を持ってるんや、それに僕が妖怪って聞いても驚かへんところをみると、怪異には免疫があるようやな」


 白哉の推察通り、菫は2年前、妖怪に憑依されて恐ろしい目に遭った。

 そして事件以来、妖怪、幽霊の類が見えるようになったのだ。


「そない怖がらんでもエエ」

 

 敵か味方がわからない。だからこそ菫は大声をあげて助けを呼べなかった。

 白哉が自称通りの大妖怪なら、人間なんて蟻を踏み潰すようなモノだろう、駆け付けてくれた人を巻き沿いにする訳にはいかない。


「僕の狙いは害をなす鬼やし」

「鬼が害になると?」

「鬼は災いをもたらす、人間にも我ら妖怪にもな」


 そんなことない! いい鬼だっているのよ。命がけであたしを救ってくれたのは鬼だったのよ、と言いたかったが、菫は言葉を飲み込んだ。

 今は言わない方がよさそうだ、白哉は鬼を嫌っているようだから。


「夜分に迷惑かけたなぁ」

 白哉はごく自然に、固まったままの菫に近づき、手を取った。

「堪忍やで」

 と手の甲にキスをした。


 なんでこんなキザなことがすんなり出来るの?

 と嫌悪感を覚えながらも菫はポッと頬が熱くなるのを感じた。

 

 近くで見れば見るほど綺麗な顔、迫られて嫌な感じはしないが、化け猫って、正体を現したらどんな姿になるんだろう?

 などと想像を巡らせている間に、白哉の姿は消えていた。


 菫は呆然と立ち尽くしていた。

 動けない、そして、すっかり目が冴えてしまった。

 もう眠れそうになかった。


「どうしよう、明日も早朝からスケジュールぎっしり詰まっているのにぃ~~」



   *   *   *



「ごめんなさいね、急に担当変わっちゃって」

 鈴原が体調を崩したので、代理の田沼が菫のメイクを担当した。


「鈴原さん大丈夫ですか?」

「熱はないけど、体が怠くて起き上がれないんですって、疲れ切った酷い顔してたわ」


 田沼は鏡越しに、沈んだ顔をしていた菫の顔を覗き込んだ。

「そんなに心配しなくても大丈夫よ、ADさんとカメラ助手さんも具合悪いみたいだし、きっと三人、昨日深酒したのよ」

 田沼は悪戯っぽく笑った。

「山下監督には内緒よ」


 しかし、菫の心配は他にあった。


 枕小僧……。

 人体に影響はございましぇんよ、なんて言ってたけど、本当かしら?

 夢の中でよからぬことをしてるんじゃないのかしら? 愛嬌ある顔してたけど、見かけで判断しちゃダメだし。

 などと考えを巡らせていると、山下監督の怒号が響いた。


「まったく! どうしちまったんだ、山下組は!」

 監督は超不機嫌。

「こんなことは初めてだ!」


 スタッフ数名だけではなく、役者も寝込む程ではないが体調不良でダウンしている者がいて、急に代役も立てられず、撮影の延期が決まったのだ。

 スケジュールが大幅に狂い、監督は、気の毒なAD山崎さんに当たり散らした。


 それでなくても撮影は遅れがちなのに、大丈夫なのだろうかと菫は不安を募らせた。

 この映画は菫の将来を左右する作品になるだろう。

 もし、枕小僧が関係しているのなら、妖怪なんかに邪魔されてたまるもんですか! もう一度、枕小僧を捕まえてハッキリさせなければ……。


 菫は思ったが、とは言っても、枕小僧がどこにいるかわからないし、現れるとしても夜だろう。

 それまではなにもできないのか……と考えていると、

「本山くん」

 山下監督が菫を呼んだ。


「この後、なにもすることないだろ? ちょっと付き合え」

「えっ?」

 付き合うってなにを……?

「原作者の柏倉芹かしくらせりって作家がこの辺りに住んでいるらしいから、ちょっと顔出しとこうかと思って」


「でも、アポなしで会えますか?」

「俺がわざわざ訪ねていくんだぞ!」

 監督は菫の危惧を一喝した。



   *   *   *



 柏倉芹かしくらせりは彗星のごとく現れ、立て続けにヒットを飛ばしている人気作家だが、本人は表に出ない謎の人物だった。

 経歴も年齢も性別さえ明かされておらずすべて謎、人嫌いで仕事の取次は代理のマネージャーが仕切っており、出版関係者さえ本人に直接会った人はいないらしい。


 すみれも柏倉芹が京都に住んでいると聞いて会ってみたいと思っていたが、無名女優が訪ねても無理だろうとあきらめていた。

 だが、巨匠山下荘雲(そううん)が足を運んだとなれば、さすがに断れないだろう。

 しかし……。


「先生は誰ともお会いになりません」

 インターフォンから聞こえた声に菫は固まった。

 山下のこめかみに血管が浮いてヒクヒクしているのが目の端に入ったが、菫は怖くてそちらを向けなかった。


「あの、映画監督の山下荘雲さんですが、もちろんご存じですよね」

 菫がインターフォンに向かって念押しした声は震えていた。

 しかし、ガチャ! っと無情に切れる音。


 菫は地面を見つめたまま固まっていた。


 その時、

 カチャッと音がして、門扉が自動で開いた。

「どうぞ、お入りください」

 菫にとって神の声が聞こえた。


 門扉をくぐると、広い庭があった。

 花壇には色とりどりの花が咲き乱れ、よく手入れされた美しい庭だった。

 石畳を踏んで玄関に到着すると、若い女性が出迎えた。





「せっかくお越しいただいたのに申し訳ございません」

 柏倉芹のマネージャー瀬川由羅せがわゆらと名乗る女性が、応接室で深々と頭を下げた。

「柏倉芹は極端な人嫌いで、わたしも困り果てているんです」


 真っ赤な口紅、クッキリアイラインの派手な化粧でよくわからないがまだ若そうだ、20代後半くらいだろうか美人なのは間違いない。

 黒いタイトなワンピースの、広く開いた胸元からはこぼれそうな胸の谷間が……。当然、山下は釘付けになっていた。


「映画界の巨匠山下荘雲監督が、わざわざおみ足を運んでくださったと言っても、出て来ませんの、無礼をお許しください」

 小犬のように首を傾けるしぐさにも色っぽさが漂っている。山下は全然怒っていない、目の前の妖艶な美女に鼻の下が伸びていた。


「ご質問はわたしがお伺いいたします」

「いや、ただ挨拶に寄っただけだし」

 広い応接間はどこかの宮殿を思わせる豪華さだったが、菫はなにか違和感を覚えた。生活感がまるで無いと言うか、無機質と言うか……。


「柏倉先生はいつも部屋にこもってられるんですか?」

 菫が尋ねた。

「時々庭を散策するくらいで、家の敷地からは出ません」

「そうなんですか、それなのにあんな冒険物語が駆けるなんて、凄いですね」

 柏倉芹の著書はレパートリーが広く、推理ミステリー、時代劇からファンタジーまで多岐にわたる。


「柏倉の頭の中には色んなモノが詰まっているんですよ、空想の世界は、現実の世界より遥かに広いですから」

「確かにそうだな」

 山下が頷いた。


「今度の映画化、とても楽しみにしているんですよ、山下監督ならきっと自分のイメージ通りの映像世界を作り上げてくださると」

 瀬川はオヤジ殺しの笑みを向けた。


 柏倉芹に会えなかったものの、山下監督は上機嫌、来たかいがあったと言うものだと菫は胸をなでおろした。


 でも、菫は柏倉芹に興味を持った、ますます会いたくなった。


※注 2年前の詳細が気になる方は、『あの日のまま』をご覧ください。

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