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お腹も大きくなり陣痛も始まりいよいよだという所でどうやらレナの方も同時に陣痛がきたらしく若い侍女たちはそっちの方へと行ってしまい、此方に残ったのはイクシリル夫妻から居る熟年の侍女や執事たちだけだった。
「奥さまっ!もっと力んで!」
「ふっ!うぅ〜〜っ!!」
シンシアの出産にはかなりの時間が掛かった。
かなりの難産らしく子どもの姿が中々出てこない、このまま進めば母子ともに危険な状態に陥る。イクシリル夫妻は女神に祈る様にお祈りをし、産婆や侍女たちが懸命にシンシアを励ましていると。
「っ!!奥さま、頭が出てきましたよっ、あと少しです!」
「ぅっ、ぁぁぁあああああぁ゛っ!!!!」
意識がプツリと切れる。
真っ暗な闇に。
誰かの叫ぶ声と・・・・・別の、声が。
「ぅ・・・、私・・はっ」
「お、奥さまっ!?気が付きました?」
「ね、ねぇ・・・・・私の・・赤、ちゃん」
「おめでとう御座います。元気な男の子ですよ」
お包みにつつまれスヤスヤと安らかな眠りをしている可愛らしい子。髪の色はアベルと同じ黒。瞳は閉じており分からないがふくふくしたモッチリ肌。
愛おしそうに見つめるシンシア。
周囲を見渡すがやはりアベルの姿は無い。
執事に嫡男が産まれたとアベルに伝えてはいるが息子の誕生でさえも無視するとは。
ロベルト。
ロベルト・イクシリルと名付けられ周囲から沢山の愛情をいっぱい貰いスクスク育つ。
一つ違う事は同じ出産したであろうレナの子は死産だったらしくお見舞いの品でも渡そうかと思ったが若い侍女たちに阻まれ。
念のため、もしバッタリ出会ったらの時を考え持ち歩いているとレナと遭遇する事に。お悔やみの言葉を掛け品を渡すと何故か嬉しそうに“ありがとう”、笑みを浮かべ此方に微笑む。
「あ、あのっ・・・・・」
「はい?何でしょう」
「ッ!?」
もう少し話そうと言葉が出てレナの表情が不気味だった。
どう言い表せれば良いか分からない。
「い、いえっ・・・何でも無いですわ」
「そ。じゃあ私、忙しいから」
別邸へと戻って行くレナに怯えるシンシア。
あの表情は・・・・・
ロベルト五歳の誕生日。
突然、アベルが大きなプレゼント箱を持ってロベルトを抱きかかえる。ロベルトも驚いたりせず逆に甘える様に笑顔で“父さま”と甘えている。
シンシアは二人に声を掛けようとせず、そっとその様子を静かに見守るのだ。
「母さま、どうして父さまは此方に居ないの?」
「・・・王宮でのお仕事が忙しいみたいだから、自身の別邸で寝泊まりをしているの。ロベルトが良い子にしてたらヒョコッといらっしゃるかもしれないわ」
「ふぅん」
五歳の誕生日から数年経ってこんな質問をぶつけてくるなんてどうしたのだろう。やはり父親の愛情も無いと駄目だろうか・・・一度、アベルさまに言った方が良いのだろうか。
そんなある日。
シンシアは書斎で女主人としての責務に追われてたところ一息つこうと窓の外を見ると、この時間は勉強している筈のロベルトとアベルにレナが楽しそうにお話をしていた。
側から見ればあの三人が完全な家族の形をしている。
(私もあの輪に入りたい・・・アベルさまとお話ししたりロベルトを見守りたい。けど、あそこに居るレナさまで無く)
仮にも私が、アベルさまの
妻なのに。
モヤリと心の奥底で黒いモノが動く。
そろそろロベルトでも異様に気付くだろう・・・
アベルの隣にいる女性の意味を。
これ以上彼らの楽しそうな光景を見ていられなくなりその場から離れるシンシア。その様子を偶然に見てしまったロベルトの心の中に深く突き刺さるのだ。
「母さ・・・ま?」
ロベルト、アベル、レナ三人の完全な家族間を見てしまったシンシアは己の心を凍らせ仕事に没頭した。ロベルトとの触れ合いをそこそこにし、立派なイクシリル公爵に恥じぬ様に勉強を増やす。
始めロベルトも驚いていたが文句を言わずに完璧にやり遂げる。
ロベルトと会話するのも段々と減ってゆく。
「奥さま、ご主人さまがお話を」
「旦那さまが?」
珍しい事もあるものだ。
若い侍女に書斎に入れる様促すと王宮からの仕事帰りなのか少し疲れた表情をしながらアベルがシンシアにそっと袋を渡す。
何だろうと思い袋の中身を開けると、可愛らしく美しい缶が入っておりその中はとても甘い匂いがする茶葉が。
「あ、あのっ・・・これは」
「シンシア」
「は、はいっ///」
アベルがシンシアに向ける視線はどこか柔らかな視線が含まれ。結婚式の様な恐ろしいものではなかった。
「今まですまなかった。シンシアに辛い思いをさせてしまって・・・だが、これからは俺も心を入れ替えて共にやり直そう」
「ッ!?・・・は、はい」
アベルはさそっくお土産の茶葉を飲むように促し、若い侍女に頼んで入れてもらうとふんわりと甘い匂いと綺麗な色をした紅茶を飲む。
飲む際にジッとアベルに見つめられていたのが少し恥ずかしくくすぐったかった。結構な量があるし毎日一回飲もうと考えるシンシアだった。