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あの時は自分が今後の立場をよく分かってなかった。
騒ぎまくる彼らをオロオロとしながら動向を見守るしかなく、その時は本当に純粋に彼・・・アベルを心から愛していた。彼は覚えていないだろうが。
結局は条件を呑むがアベルが言っている愛する者に子供が出来ても公爵家を受け継ぐ事もその血筋の者たちをイクシリル公爵家から援助させる事をさせないと盛り込ませ。
「ち、父上・・・本当に宜しいのですか?これではシンシアがあまりにも哀れで仕方がありませんっ」
「だがな、フロイセン。これでやっと我々レーベン家は政財界の足掛かりになれるんだ、シンシアよ分かってるな」
「はいっお父さま!私はレーベン家の令嬢として恥じぬ様務める所存です。それにアベルさまはとは数回顔を合わせた事がございますので」
ニコリと微笑み、レーベン家の為そして愛するアベルの為にと言い聞かせていた純真無垢な自分。
それから婚約関係から直ぐさま結婚式を挙げる事となりレーベン家とイクシリル家は大いに慌てた(特に使用人たちが)
公爵家と侯爵家の大きなイベントに王家や他の家門の貴族たちも興味津々だった。まだ未婚の令嬢たちからは羨ましさと嫉妬が飛び交い、婚約を結んでいない令息たちからは“俺らの女神が・・・”なんて嘆いていたとか。
式を上げる場所は王国の中央にある大きな大きな教会で、この日の為に聖皇国から教皇直々に祝詞を読み上げてくれる。この国にとってはお祭り騒ぎだった。
たった二人を除いては…
「汝、アベル・イクシリルは愛を誓うか?」
「・・・・・誓います」
「汝、シンシア・レーベンは愛を誓うか?」
「はい、誓います」
「女神ライラの名の下に、二人の聖印は結ばれた」
ワアアアアァァァァァァアッ!!!
式に参列者達がが口々におめでとう・お幸せに!と祝福の言葉をかけ、二人はキスを交わすのだがシンシアはフと見てしまった。アベルの表情を。
まるで汚いモノに触れてしまった様に冷たい視線と表情をしながら瞳の奥はドロドロとしたものが混ざっていた。
(あれは・・・・・な、に?)
直ぐさまシンシアとアベルはイクシリル公爵家の夫婦の部屋に通された。イクシリル家の庭では親族並びに他の参列者達がワイワイと食事を楽しんだり、他の人たちとの話に花が咲いたりしていた。
(こ、これから・・・アベルさまと初夜/// な、なんだか胸がドキドキしてきましたわっ!ウエディングドレスを脱ごうかしら)
薄いピンク色に染められたドレスを脱ぎながらシンシアは扉の向こうにいるアベルを待つ。待つのだが一向に此方の寝室に来ないアベルに不思議に思ったシンシアは近くにあった呼び鈴を鳴らすと、一人の侍女がオドオドしながら要件を聞く。
「ねぇアベ・・・旦那さまは?」
「ご、ご主人さまはっ!本当の奥さまの所へ行きました!」
「・・・・・え?」
この侍女は何と言った?本当の奥さま?
もしかして思いながらポツリと“レナ”、と呟くと。
侍女はその方ですと言いながら今夜は此方には戻って来ず、レナという平民が住んでいる別邸に居るとのことらしい。
貴族にとって初夜は大切なこと。
それなのに。それなのに、自分を放っといて平民のレナと呼ばれる少女とずっと共にいる。自身の尊厳が崩れた気がしたシンシア。
何処かでピシリッと割れた音が聞こえた。
朝になってシンシアは辺りを見渡す。
アベルはやはり此処には戻って来なかった。あの侍女の言うレナという少女の所で共にしているのだろう。
それからシンシアはイクシリル家の女主人としての仕来りを覚えながら毎日を過ごす。食事も眠る時も一人。本来は主人であるアベルが居る筈なのに結婚式以降、全く顔を出さずにいる。広い広い食堂でポツンと一人、食器がカチャカチャ音が響き壁際には数人の侍女と執事が黙っている空気に耐えられなかった。
ある日。
シンシアは気分転換に綺麗な庭園を散策していると笑い声が聞こえてきた。使用人たちが休憩でもしているのかな?と顔を覗かせるとそこに居たのは。
「ふふっ・・アベルったら、口にソースが付いてるよ?」
「え、ど・・どこに///」
「ほら。取れた・・・」
アベルの隣に居たのはチョコレートブラウンの色をしたボブ髪に肌は健康そうで美人って訳では無いがどこか人を惹きつける容姿の少女が見たことのない表情で笑いあっている二人と、それを楽しそうにしている若い侍女たちが地面にシートを引いてピクニックをしているのだ。
「ねぇアベル。そろそろ奥さんに顔を出した方がいいんじゃない?私、毎日貴方に求められるの大変だし」
「何を言ってるんだレナ。君には肩身の狭い思いをさせてるのだから、・・・父さんと母さんがレナの事を認めてくれていたらあの女と結婚する事は無いのに」
「でも、そうしないとイクシリル家は没落してしまう。私は路頭に迷うアベルを見たくないし、それにシンシアさんだっけ?良い人そうに見えたわ」
「・・・・・だ。ダメだダメだ駄目だっ!!」
「アベル・・・」
「あの女には絶対レナを会わせない!もし、出会ってもしたらレナにっ・・・君に何をするか」
「大丈夫ですご主人さまっ、我々があの女を監視しますので」
そうです。そうです、と口々に侍女たちが声を上げる。
まるでお姫さまを守る精鋭部隊の様に。
シンシアはいつの間にか走っていた。
あの、美しい庭園から逃げる様に走って走って走って。
淑女ではあり得ない行動だったが別の場所でようやく走りを止めて息を正す。と、ガクガク足が震え始める。感情をコントロール出来る様に訓練していた筈が瞳は潤みポロポロこぼれ落ちるように涙が溢れる。
少しでもアベルに役に立てる様に頑張っていたシンシアだが、あそこまで嫌われていたとは。
ピシッピシッと更にひび割れる音がシンシアの頭に響く。