普段何考えてるか分からない無表情幼馴染みに嘘発見器を試してみた。
「あら春秋君」
「あ、どうもです」
いつもの扉の向こうから、元気なオバさんが顔を出した。
夕飯作りの途中なのだろう、緑のヒヨコのエプロンをかけたオバさんは、手にお玉を持ったまま俺を出迎えてくれた。
「これ、お袋さんからです」
「あら、大きな白菜ね! ありがとう」
母親から頼まれたキャベツをビニール袋ごと手渡すと、オバさんは「ちょっと待ってて」と、お玉を俺に手渡した。
「これこれ、いっぱい作ったから持って行って」
「あ、すみません」
タッパーに並々と収納された……とろろ?を受け取り、お玉を返す。
「ラザニア。好き?」
「ええ」
「あら、良かった♪」
今一度、タッパーに目を落とす。
どう見ても、とろろだな、これ……。
「春秋君は学校楽しい? 部活大変じゃない? 勉強ついて行けてる?」
「ッス」
極めてにこやかな笑顔で次々と話題を振るオバさんは、とても楽しそうだ。母親から頼まれてここへ来るといつもこんな感じ。オバさんは見た目はかなり若いが母親と同学年って言うのだから驚きだ。
「あらゴメンね、ついつい話し込んじゃって」
「いえいえ」
「あの娘ったら全然喋らないし普段から無表情だから、私話し相手が居なくてねぇ」
オバさんには一人娘が居る。俺と同じクラスの冬夏だ。
冬夏は昔から驚くほど無表情で、ご近所の俺でも笑っているのを見た記憶が無いくらいだ。
「でもテストはそこそこ良い点だし、先生から悪い話も聞かないから、まあまあぼちぼち上手くやってるのかな、って心配なのよ。たまに様子見てあげて頂戴、おねがいね」
「はい」
「ごめんね」
片手を顔の前へ、笑顔で申し訳なさそうにするオバさんはとても表情が豊かだ。
「あ、そろそろ御夕飯が──」
「あ、すみません。では」
オバさんと別れ、歩き出す。
閉まりかけた扉の隙間から「いつの間にか焦げてるわ!!」と、叫び声が漏れ、思わず笑ってしまった。
「なに人の家の前で笑ってるのよ……気持ち悪い」
「あ、冬夏」
タイミング良く、冬夏が帰宅した。
自転車から降り、カギを閉めて鞄をカゴから下ろす。
「ミスターお袋から差し入れ。特大キャベツ」
「……ありがとうとお伝え下さい」
無。それに尽きる顔で俺の横を通り過ぎ、玄関を開けて冬夏は消えてしまった。
来週の修学旅行、コイツと同じ班だと思うと何だか気が重くなるぞ。一日中、無で居られたらちっとも楽しく無さそうだ。
「あら春秋君!」
入れ替わりにオバさんが現れた……両手に鍋を持って。
「あ、これ? オホホホホホ! まあ、あれよ。成功に失敗は付き物よ!」
犬小屋の前に鍋を置き、笑いながらオバさんも消えたが、その鍋の中は真っ黒だった。
「犬に食べさせても良いのか、あれ……」
犬小屋から、のっしのっしと太めの大型犬が現れた。オバさんの飼い犬であるノブヒロ(♀)だ。
ノブヒロは鍋を見ると顔をしかめ、そして穴を掘って鍋を埋めた。
「だよな」
俺はそんな光景を微笑ましく思えた。
「ただいまー。オバさんからラザニア?貰った」
「おか。なんか荷物届いてるわよー」
家に戻ると、小さな小包みが俺宛に届いていた。
見慣れたマーク。俺はすぐにそれが何かを思い出した。
「カップラーメンの懸賞当たった!」
小包みを小脇に抱えガッツポーズを一つ。階段を駆け上がり自分の部屋に突入した。
カップラーメンが1年分貰えるキャンペーンに応募したのが数ヶ月前。応募したことさえすっかり忘れていた。
「オープン!」
段ボールを勢い良く開けると、そこには小さな機械のような物が収まっていた。
「……ん?」
肩透かしのようなイマイチ感を覚えつつも、機械を取り出す。
「副賞の……嘘発見器? ウソ臭ぇ」
手のひらサイズの機械からコードが一本。それを指に着けるだけでオーケー、って書いてあり、ますます胡散臭さが倍増だ。
「売るか」
箱にしまって売っぱらってやろうと思ったが、一度くらい試してやるかと機械を作動させた。
「ココを人差し指に巻くのか」
ボタンを押してスタート。
後は嘘をついたらブザーが鳴るらしい。
「……今日は大雨だ」
──ブーッ!
「今日は晴れ」
嘘発見器は何も言わなかった。
「……俺は天才だ」
──ブーッ!
「マジか! やるなお前」
機械相手に思わず嬉しくなった。
一応は嘘発見器の体裁は成しているみたいだ。
「ヤバいな、これ誰かで試してみたいぞおい」
「はるあきー! 良佳ちゃんにタッパー返してきてー。ついでにとろろのお返しもねー!」
「やっぱりとろろじゃねぇか」
ふと脳裏にオバさんのエプロン姿が過った。
エキゾチックな質問をぶち込みたい衝動に駆られた。が、丁度良いのが居たな。
「よし、冬夏で試そう」
普段メッチャ無表情だから、嘘発見器の性能を試すには持って来いだろう。悪知恵めいた思考を巡らせ、にニヤリと笑った。
渡された小松菜を持ち、急いで……って言っても徒歩数分圏内なんだけど、まあまあ急いだ。
「あら、春秋君。どうしたの?」
「これ、ラザニアのお返しにって、お袋さんから」
小松菜の入ったビニール袋を差し出す。
「あらあらまあまあ律儀にどうも! ちょっと良かったわ、ほうれん草を切らしてたのよ♪」
それ、小松菜なんだけどなぁ……。
「あ、ちょっと上がって待っててくれない? もう少しで料理終わるから、また持って行って、ね?」
「ッス」
それは願ったり叶ったりだ。
リビングに通され椅子に座ると、冷蔵庫から見慣れないジュースが出てきた。
「はい青汁♪」
「……ッス」
笑顔で客に出す飲み物じゃない筈だ、うん。
「あ! お洗濯取り込まないと!」
「大丈夫です待ってますから」
「ゴメンね! おかわりは自由にしてていいから!」
「……ッス」
出来れば遠慮したい。
そしてキッチンで鍋がグツグツしてるけど大丈夫だろうか。
「あ! 回覧板出し忘れてたわ! ごめんなさいちょっと待ってて!」
「ッス」
抱えていた大量の洗濯物をドサッと置き、慌てて出掛けるオバさん。残された俺は仕方なく青汁を口にした。
「マズ……」
と、洗濯物の山が崩れて中から女子が装備するアレなアレが顔を出した。
「まずいぞおい」
思わず声が漏れる。
てかオバさんアレを普通に外に干してたのかよ不用心だぞ世が世紀末ならヒャッハーだぞ!?
「意外と可愛らしいの着けてるんだな」
見た目はかなり若いが中も若々しいとは──いやいや何考えてるんだ俺は!?
「何やってんのさっきから……気持ち悪い」
「──ゲエッ! ふゆか!!」
キッチンの隅の方から、何故か冬夏が顔を出した。顔は相変わらず無だが。
「居たのか!?」
「ずっと。鍋見てた。お母さんすぐにどっか消えちゃうから」
「グッ……!!」
だよな、そうだよな。
鍋ほったらかしで消えるわけないよな!?
マズいマズい! よりによって人の家でアレを凝視している所を見られてしまったぞ……!!
「あ、あれ…………何見てるのよ最低」
洗濯物に気が付いた冬夏が、静かにアレを山の中へと埋めた。そして無の顔で軽蔑。
「ち、違うんだ! たまたま洗濯物の山が崩れてだな……!」
「へー、言い訳するんだ。どうせ誰も居ないと思って偶然を装って崩したんじゃない? 嘘つかないでよ、最低。」
無の顔で俺を追い詰める冬夏。
このままでは濡れ衣を口にあてられて窒息死してしまう……!!
──そうだ!
「なあここに嘘発見器があるんだ! これで俺が嘘をついてないって証明するよ!」
ポケットから嘘発見器を取り出し冬夏に向けた。
良いぞ! コイツが無ければ今頃俺は逮捕マンだ……!
「そんな物まで用意して挑んだ犯罪って訳ね。用意周到な変態、最低」
「なっ!」
コレのせいで計画犯罪だと疑われたではないか! お前のせいだぞどうしてくれる副賞野郎!!
「と、とにかく試させてくれ!」
「最低」
急いで嘘発見器を人差し指に装着し、スイッチを入れた。既に手汗がヤバいが、コイツの性能を信じるしかない。頼むぞ嘘発見器よ……!!
「今日は晴れ! 晴れだ!!」
「必死ね」
嘘発見器は鳴かない。よしよし。
「今日は雨だ! 大雨だ!!」
──ブーッ!
「ほら! ほらぁ!」
「はいはい」
「信じてねぇな!? なら冬夏が着けてみろ!」
「やだ」
「頼む!」
「いやよ」
「人差し指の先にコレ着けるだけだから! な!?」
「いーや!」
「先っちょだけ! すぐ終わるから!?」
「嫌ったら嫌よ」
「なぁに騒いでるの~?」
と、オバさんが帰ってきてしまった。
まずい、このままでは変質者道の真ん中に簀巻きで転がされて変態トラックで昇天させられてしまう……!!
「あらあら? なになに? 面白そうね、それ」
「懸賞で当たった嘘発見器です! 信じて下さい!!」
「あらあらまあまあ、それはそれは」
と、極めて柔やかに笑いながら嘘発見器を冬夏の指に着け始めたオバさん。
「え? ちょっと嫌なんだけど……」
「まあまあ、私もたまには冬夏ちゃんと遊びたいわ♪」
「…………」
もの凄い無で嫌悪感をアピールするも、オバさんは気にせず嘘発見器のスイッチを入れた。
「いくわよ~?」
「…………」
「好きな人は出来ましたか~?」
「…………」
無のまま答えない冬夏。
「好きな人は出来ましたか~?」
「…………いいえ」
──ブーッ!
「!?」
「あらあらまあまあ!」
嘘発見器のブザーに、冬夏の顔色が少し焦りを見せた。
「来週の沖縄、楽しみですか~?」
「……いいえ」
──ブーッ!
「!?」
「あらあらまあまあ!」
冬夏の顔色から何かの色が滲み始めてきた。
焦り、動揺、苛立ち。
僅かではあるが普段に比べたら豊かなものだ。
「春秋君と同じ班で良かったですね~」
「いいえ!」
──ブブーッ!!
「おまっ……!」
「あらあらまあまあおやおや!」
「…………!!」
次第に焦りが強く見え始めた冬夏に、オバさんが続けて質問をした。
「春秋君と同じ班だから、可愛いフリフリの下着も買ったんですよね~♪」
「──ち、違っ!!」
──ブブブーッ!!
「ふふふふふ♪」
「アレお前のだったのか」
「…………うるさーい!!!!」
無になりきれなかった冬夏の右ストレートが、俺の顔面を的確に捉えた!
「いでぇっ!!!!」
「あらあらまあまあ! 実はもう仲良しさんなのね!?」
殴られて仲良しとはこれ如何に!?
「あ、お醤油が切れてるんだった。後は任せたわよ春秋君♡」
鍋の火を消し、オバさんは何処かへと消えてしまった。酷い投げっぷりにも程がある。
「だいたいお前の事なんか好きな訳ないでしょ!?」
──ブーッ!
「アホだしクズだしスケベだしろくでなしだし」
──シーン……。
「そのくせ何だかたまーに気合い入ってる時だけ、横顔がアレだったりして別に何とも思ってないんだからね!!」
──ブーッ!
「アホアホボケボケ!!」
喋る度に殴られる俺。
喋る度に殴る冬夏。
そしてアホクズの所はホントなのね……傷つくわ。
「絶対アンタと水族館楽しみになんかしてないんだからーーーー!!!!」
──ブブブブーーーーッッ!!!!
「もうなんなのよさっきから、このポンコツ機械はー!!!!」
嘘発見器を外し俺に投げつける冬夏の顔は、涙でメチャクチャになっていた。
「泣き顔なんて初めて見た」
「……なによ」
俺は静かに嘘発見器を着けた。
「俺は冬夏と行く沖縄、悪くないと思ってるぞ?」
──シーン……。
「な、なによ急に!?」
「さっきの下着だって可愛らしいと思うぞ?」
──シーン……。
「だからなんなのよ!?」
すっかり無では無くなった冬夏に、俺は最後の一言をくれてやった。
「水族館。こっそり二人きりで回ろうか?」
「…………」
冬夏の顔がいきなり恥じらいを帯びた。
それを見て、俺は冬夏の指に嘘発見器を着けた。
「どう、かな?」
「い、いやよ!」
──ブーッ!
「ああもう!! 行くわ! 行くわよ! 行きゃあいいんでしょーが!!」
──ブーッ!
「ん?」
何故か鳴るブザー。
その音に観念した様子を見せた冬夏は急にしおらしくなり、そして俺の手を握ってきた。
「……お願いします私と水族館回って下さい…………これで満足!?」
──シーン……。
「……返事は?」
と、冬夏が嘘発見器を外して俺に着けようとした。
が、俺はそっとそれをテーブルに置いた。
そして、冬夏の手を握り、そっと胸の上に置いた。
「行くよ。俺も冬夏と回りたい」
「……凄く鼓動が早い。アホだから?」
「アホはよけーだ」
俺はそっと冬夏の頭に手を置いた。