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天眼のソードダンサー  作者: 大中英夫
第1章 開眼編
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第7話 滅びた街

 保管庫の中は宝石箱をひっくり返したような騒ぎだった。多様な物品が乱雑に安置されている。


「やれやれ、放っておくとすぐにこうなる。近々、整理すべきかな」


 アロンソは絨毯型の魔術祭具を担ぎながら嘆息した。なにごとも理路整然としていなければ気持ちが悪い。しっかり道筋が立てられていないと霧の中へ取り残されたように心細くなってしまう。


「それもこれも、俺自身が前進できていないからだろうな」


 ひとりごちた。だだっぴろい空間が物寂しさをさらに助長する。


「今こうしているのも代償行為にすぎない。それでも空虚が埋まってはくれないんだ……」


 アロンソの口から堰を切ったように弱音があふれ出す。


「オーガごときに気持ちまで負けてしまった。他の誰が許しても俺自身が許せない……どうして俺は戦えない?」


 比例して気持ちが沈んでいった。


「なぜだなぜだなぜだなぜだなぜだ――ッ!」


 発作のようにかんしゃくを起こして絨毯を振り回した。

 しばらくして、肩で息をしながら壁にもたれかかる。


「……チクショウ」


 アロンソは大きく息を吐き出す。


「やめよう、不毛だ。さっさと置いて――」

 言い切る前に、絨毯が手元から離れた。先ほどの衝撃で留め紐がちぎれたらしく、地面の一隅にフワリと広がっていく。


 その表面、模様代わりに術式が描かれている。図形も紋様も文字も、やはり見慣れない形式だった。


「……しまったな。代わりの留め紐を用意しなければ」


 ひとまず巻き直そうと絨毯に右手を伸ばす、

「――え?」

 その腕にいつの間にか赤い糸・・・が絡みついていた。糸は術式から伸びている。


 異変は急速で、アロンソに戸惑う猶予さえ与えない。引っぱられて体勢を崩し、絨毯に倒れ込んだ。


「な、んだ……これは――っ!」


 アロンソの右腕が地面に沈み込んでいる。いや、地面をも透過して、いずこかへと引きずり込まれようとしていた。


 アロンソはジタバタもがいて窮地を脱せんと試みる。


 しかし抵抗虚しく、刻一刻と全身が絨毯の中に埋没していく。まるで何者かが向こう・・・で牽引しているかのよう。


「ああぁぁああああぁぁぁ!」


 身も世もない絶叫を残し、アロンソは保管庫からその姿を消した。


          ★ ★ ★


「転移魔術が発動したのか!? なぜ!? 教官は役立たずだと言っていたのに!?」


 沈み込んだ先。上下左右も不確かな暗闇に、アロンソはただよっていた。

 風も温度も重さも肌に感じない。まるで夢の中にいるかのように現実味が薄れている。


 依然として右腕に結びついた赤い糸だけがこの意味不明な空間において、現実との唯一のよすがだった。


 どこからともなく、カタカタ機械が駆動する音とシュルシュル何かがこすれる音が聞こえてきた。


 規則正しい音律に従うかのごとく、赤い糸がいくつも出現してアロンソを取り囲んだ。かなり長く伸びているらしく、先端がまったく見えない。

 途中で枝分かれしながらも一定の方向へと流れていくさまは運河のようだった。


 アロンソもまた、同じ方角に運ばれていく。


 奇異な光景にも慣れはじめた頃。この場所の出口らしき光点が視界にボンヤリにじんだ。


 出口が徐々に迫り、その輝度とサイズを増していく。


「なんなんだよ、いったい……」


 アロンソがなげやりに言葉を紡いだと同時、光がその全身を包み込んだ。


          ★ ★ ★


 まず足をつける地面があることに安堵する。

 アロンソがゆっくり目を開けると、そこは見知らぬ場所だった。


「この街は……死んでいる」


 廃墟群の只中ただなかに放り出されている。あの暗闇への入り口はすでに見当たらない。


 こうして座り込んでいてもラチがあかない。アロンソは勢い込んで立ち上がる。


 周囲の様子をつぶさに探ってみた結果、かつてこの土地は現代を上回る技術水準を誇っていたのだろうと当たりをつけた。


 建築物の外壁だったと思しきガレキ。一見すると石材のようだが違う。積み上げられた石と石の継ぎ目がない。一個の塊として長大だった。

 もしや文献に記されていた混凝土コンクリートではなかろうか。ネバついた原液が乾燥して固まり、荷重に耐えうる強度を持つ。型枠に流し込めば自由に成形できるという。


 ところどころ虫食いのようにハゲた路面の舗装材はおそらく土瀝青アスファルト。高温の原液に大小の砂利を混ぜ込んで地面に敷き詰める。冷えるとたちまち固まるらしく、短時間で通行可能になるらしい。


 散乱するガラスの破片は現代のそれと比べ物にならないほど透明度が高かった。


 流線型の金属塊がちらほら鎮座している。下部に車輪が備えつけられており、ブヨブヨと弾力のある感触をしていた。これは馬車のようなものだろうか。


 そびえ立つ摩天楼は現代の建築技術では不可能な高度に達している。


 いずれも古代遺跡から発見されるような代物だった。アロンソとて直接お目にかかったのは初めてのこと。史学で学んだ聞きかじりの知識を活用し、どうにか判別している。


「まるで栄華を極めた先史文明のようだ。勇者が生きていた時代の……」


 アロンソは金属製の支柱によりかかって感嘆の吐息をついた。その頭上にある街灯はすでに機能を停止しており、月明かりだけが頼りだった。


 ふと、うなじがヒリつくような警告を発する。


「――っ!」


 振り返った先、獰悪な影が複数うごめいていた。

 周囲の構造物を圧する巨体。踏みしめるたび腹の底に響くような振動がこちらまで届く。

 間欠泉のように全身からあふれる魔力。爪の先ほどでもオーガ一体分に相当する。


「中級魔族! それもかぎりなく【魔侯】の域に近づいている!」


 アロンソの声は震えていた。無意識にかみ合わせた歯がカチカチと鳴る。


 魔族どもがアロンソを静かに見据えていた。その理知的なたたずまいは歴戦の兵もかくやという風格である。


 アロンソの喉元に冷や汗が伝う。


 魔族どもが一気呵成に距離を詰めてくるのと、アロンソが脱兎のごとく転身したのはほぼ同時のことだった。


 アロンソは脇目もふらず逃げ回る。交戦する気も起きない。一合で潰されるのが目に見えている。

 危険を感知する無銘の力がかつてないほど作動していた。そのしるべに促され、ほうほうのていで生き残れている。


 すぐ背後で、地獄のような爆轟が間断なく引き起こされる。おかげで耳がバカになりつつあった。心胆が凍てつくような局面をしのいでしのいで――ついに逃避行が終焉を迎える。


「……っ!?」


 行く手を遮るように魔族が一体、左右を塞ぐように二体、接近しつつある。


 アロンソは己の不覚を悟った。


 どうやら魔族どもは追走の最中、別働隊を派遣していたらしい。

 別動隊はこの地点に先回りして、本隊がアロンソを追い立てるのを待ち受けていた。


 アロンソには魔族どもの頭数を確認する余裕もなかった。この期に及んで警鐘を鳴らしつづける力を腹立たしく思う。


「漠然とした危機感を抱かされるだけじゃどうしようもできないだろ、こんなの!」


 アロンソは悄然しょうぜんと立ちつくす。


 魔獣どもが悠然と進撃を続ける。勝利を目前に浮足立つこともない。


 複数の巨影がアロンソに覆いかぶさる、

「――騒々しいの」

 より速く、ややの遠間から声がかかった。緊迫した場に鈴の鳴るような清い余韻がただよう。何者かが騒動の中心へと歩を進めてきていた。


 魔族どもが四肢を縫い止められたようにその人物を凝視している。


 雲にさえぎられて、おおまかなシルエットしかうかがえないが、女性だということは見て取れた。声音からしてアロンソとさして変わらない年頃だろう。

 少女が辺り一帯を見渡す。


拙者・・の庭を荒らす害獣がいくつか、そして……」


 アロンソの姿を目にとめた。


「な、なにしてるんだ! 速く逃げろ!」


 射抜くような眼光にたじろぎつつも、アロンソは喚くように呼びかけた。この少女がなぜこんな所にいるのか。疑問はさておき、最低限の意地として犠牲者を自分ひとりに留めておきたかった。


「ふむ、助太刀いたす所存であったが、要らぬ世話か? 失礼ながら、お主にこやつらを制する腕があるようには見受けられぬが?」

「い、いや、それは……お、お前のほうこそ、どうなんだ!? これはゴッコ遊びじゃない! 相手は本物の魔族だ! しかも並大抵の連中じゃない! 災害にも匹敵する!」

「ほほ、言ってくれるの。拙者を道理も弁えぬわらべ扱いするか……こやつらを屠ってみせればよいのだな?」


 アロンソは少女の問いかけに首振り人形じみた反応を示す。


「ならば委細問題なし。お主のほうこそ下がっておれ」


 少女のまとう異様な迫力に押され、アロンソは動き出した。じゅうぶんな距離をとってガレキの一角にコソコソと身を隠す。


 魔獣どもがその無防備な背を襲うことはなかった。そちらに意識を傾けた瞬間、絶死の脅威に晒されてしまうとでも言うかのように。


 少女が腰に佩いた剣を抜き放つ。


「ま、こやつら程度、わざわざ【眼】を使わんでも造作もなかろ」

今回で、お話が第1話まで繋がりました。

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