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天眼のソードダンサー  作者: 大中英夫
第1章 開眼編
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第6話 研究棟

 その後もアロンソは講義を続けた。去年の経験を踏まえ、試験で出題されそうなポイントを手際よく解説していく。


 あれきり黙って受講していたサンチャだったが、アロンソが終わりを告げるや、大きく伸びをした。


「ウェーイ、勉強した勉強した! もう一生分やったわ」

「おおげさな奴だ」


 アロンソは苦笑する。この調子だと、また授業する機会がありそうだ。


「そうだ、パイセン、このあと空いてる? 繁華区画でさ、よさげなカフェを見つけたんだよねー。お礼におごったげるよ?」

「いや、申し出はありがたいが、テオルス教官に雑用を頼まれている」

「えー、また!? ……すこしは断ったほうがいいよ? パイセンがイヤな顔ひとつしないから、そうやって面倒ゴトを押しつけるヤツが出てくるんだし!」

「かまわない。俺にはそんなことくらいしかできないからな。俺が引き受けた手間の分、自己研鑽に費やしてくれるなら全体の利益につながる」

「そういうヤツらが殊勝に努力なんかするワケないジャン」

「だとしても……つねになにかをしていないと俺自身が落ち着かないんだ。朝起きて眠るまで、スケジュールを埋め尽くしておかないと、足元がぬかるんでそのまま地の底まで引きずり込まれてしまいそうな錯覚がする」

「……パイセンってさ、ホント損な性分だよね」


 アロンソはサンチャに別れを告げて教室を後にした。


          ★ ★ ★


 訓練校の広大な敷地内には、本校舎以外にも複数の関連施設が建立されている。


 そのひとつ、研究棟は錬金術師たちの巣窟である。なかには、ここで寝起きして実験に明け暮れる酔狂者マッドもいるとか。


 アロンソはその一室に踏み入り、背筋を伸ばして傾聴の姿勢を示している。


 周囲の棚には書籍がビッシリと詰まっていた。


 物腰穏やかな紳士が執務机の前に腰かけている。


「いつもご苦労様です、アロンソ君」


 教官も兼務する錬金術師テオルスだ。いかにも錬金術師然としたケープを教官服の上から羽織っている。身につけた片眼鏡モノクルが背後の窓ガラスから差し込む夕日を受けて赤くきらめいていた。


「ねぎらいのお言葉、痛み入ります。それで教官、今回のご用件は?」

「ええ、これを運搬していただきたいのです」


 テオルスが壁に立てかけてある長大な巻物を指差した。


 アロンソは近寄ってそれを抱きかかえる。留め紐でまとめられた絨毯じゅうたんのようだ。


「これは?」

魔術祭具・・・・ですよ」


 アロンソは瞠目する。


「魔族から鹵獲したものでしょうか?」

「赤と白の混合属性魔術――空間と空間を繋ぐ転移の術式がほどこされています。軽く調べて・・・みたのですが……術式に不備があるのか、そもそも魔力を持たない者には扱えないのか、無駄手間でした」

「内地に発覚すれば、異端審問の対象になりかねませんよ?」


 テオルスがアロンソの危惧を鼻で笑う。


「なに、万事抜かりはありません。神殿のお偉方には寄進はなぐすりをきかせています。このような辺境まで派遣されてらっしゃる身としては多少の旨味がなければ、やっていられないのでしょうね」


 学術都市は訓練校の設立を前提として開墾・建造された。もともとは訓練校に所属する教官と生徒に衣食住などを提供するために商人や職人たちが集まり居住するようになった寄り合い集落でしかなかったものの、今では都市と呼べる規模に成長を遂げている。

 最前線近くに位置しており、国の中枢の声が届きにくい。また、仮に最前線を突破された場合、中枢の防波堤として戦場になりうるという理由から実質的な独立自治の治外法権となっている。


 だからこそ魔族や魔族にまつわる技術、事物を研究するなどという禁忌をおかせる。交通の不便や危険性を度外視してでも定住する錬金術師もいると聞く。

 どうやらテオルスもそのひとりのようだ。


「利用できないのであれば現状、用済みです。しかし技術の進歩にともなって活用の芽が出てくるかもしれません。とりあえず、保管庫に安置しておいてください」

「……かしこまりました」


 アロンソはうやうやしく一礼して踵を返す。


 ちょうど扉がノックされ、新たな人物が入室するところだった。


「おや、アロンソくん。ごきげんよう。また、おと――教官のお手伝いですか?」


 その少女は訓練校の制服を折り目正しく着用している。素顔を覆う仮面が印象的だった。


「はい。お疲れ様です、イザベル先輩」


 アロンソは仮面の少女に会釈してすれ違う。


 執務用の小部屋を出ると、実験用の広間が姿を現す。実験台の上に備えつけられた棚の中に無数の素材や試薬、法術祭具がひしめいていた。


 アロンソは敷き詰められた実験台の列の合間を縫って廊下へと踏み出した。無機質な石畳の上を進んでいく。


 壁に立ち並ぶ木製の扉。その奥から、すっとんきょうな叫びが聞こえてくる。


「キヒヒ、美しい……総体が黄金比をなしておる! いかな傾城の女とて敵うまい!」

「ぐへへ、またひとつ神秘を解き明かしてやったぞ! 神々の作りたもう世界はかくも複雑怪奇で、我らをいっこうに飽きさせぬ!」


 いったい、どんな実験が行われているのか。部屋の内部をのぞいてみたい衝動にかられる。しかし猫を殺すと抑えつけ、アロンソはこの怪しげな魔境を脱した。

人間が扱うのが霊力と法術。

魔族が扱うのが魔力と魔術。

そんなカンジで端的にご理解いただければ。

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