第10話 天眼のソードダンサー
再生が始まらぬ内、アロンソは駆け出した。先ほどから腕と手が鈍くシビレている。ナベルドリクの放つ攻撃を切り続けたせいだ。
金属の棒のような手ごたえだった。それだけ身の内に宿す運命への強制力が大きいのだろう。ひとつ歪めるのにも、ひと苦労だ。
この一合に全力を振り絞らんと、アロンソは剣の柄を握りしめた。ホクシンの言葉を反芻する。
(――「すべての生命には因果の起源がある。魂と肉体をつなぐ束ね糸がな。これを断ち切ってしまえば、いかな耐久力、再生能を誇ろうと絶命はまぬかれえぬ。命運が漏らさず尽きるゆえに」――)
【天眼】を最大限に稼働させ、解明る。ナベルドリクが周囲に及ぼす影響ではなく、ナベルドリクをナベルドリクたらしめる立脚点を。
透かして視たナベルドリクの体内には空恐ろしいまでの因果の糸が渦巻いていた。かつてない負荷にアロンソの頭が悲鳴を上げる。内側から無数に釘打たれヤスリがけされるような激痛と不快感に襲われた。
アロンソは血涙を流しながらも足を動かし続ける。
(――「見極めよ、その個体の生命活動の収束点を。かならず身体のどこかにそれはある!」――)
見えた! 魂らしき毛糸玉から伸びる糸の集合体が。幾重にも束ねられ、極太の縄と化している。
もはや痛みすら消え、浮遊感に包まれた。アロンソはこれさいわいと足取り軽く詰め寄る。
「――っキ、サマ! どこを見ている!? なにを狙っているッ!?」
ナベルドリクが叫んだ。倦怠感の拭えなかった声音が一転、張り詰める。本能的に悟ったのだろう。アロンソが己を仕留めうることを。
肉体を完治できぬままアロンソめがけ闇の刃を差し向けんとする。
「彼を傷付けさせはしません!」
射出より速く、イザベルの砲弾がナベルドリクへと飛来する。
それに構わず、ナベルドリクが闇刃を解きは――
「な、にィ!?」
砲弾がナベルドリクに命中する寸前、その全体を破裂させた。内部に詰められた粉塵がナベルドリクの周囲にただよう。
「私では【魔侯】を仕留めることはできません――ので、すこしでも長く封じさせていただきます。大砲形態にできることは単純な破壊だけではない。
【神器】の金属を殻にして空洞へと、錬成したシビレ薬を搭載しておきました。標的の周囲に散布するよう、あらかじめ設定した上で。
この麻痺毒はアンデッドにも通用するよう洗礼処理済みです。さらに私独自の組成。たとえ、あなたに耐性があろうとも多少の効果が見込めるかと」
イザベルの語った通り、ナベルドリクが不自由そうに体を動かしている。
「変形――拘束形態!」
さらにイザベルの【神器】が、両端が楔となった鎖へ変容。複数の鎖がナベルドリクの四肢へ巻きつき磔にする。楔が地面に深く突き刺さった。
「アロンソくん、勝って!」
イザベルの声援に背を押され、アロンソは加速する。束縛から逃れんと足掻くナベルドリクを愛剣の間合いに捉えた。
「はああああああぁぁぁぁ――ッ!」
裂帛の気合をこめ、旋回しながら横薙ぎに振るう。
「まだだ! まだオレは! 黒魔励起――【覆体然鋼】!」
金属化を遂げたナベルドリクの肉体に刃が通らなかった。
アロンソは弾かれた勢いを利用、逆に旋回しての二発目を繰り出す。同じように退けられ――
「ない!?」
我が目を疑った。刃がナベルドリクの肉体表面を切り裂くことなく、その体内へと沈み込んでいく。幻影が素通りするかのように。
(――「おおげさな。別に痛くはなかろ?」「い、痛いにきまって――ない!?」――)
ホクシンと交わしたやり取りが頭の中をよぎる。
「そうか、これが俺の【神器】の固有能力!」
狙ったモノだけを斬る物質透過。刃が魂と肉体をつなぐ束ね糸――ナベルドリクの『因縁』を捉える。
しかし――
「ぎ、ぐ、がおォああアアアーーッ!」
アロンソは絶叫した。つんのめりながらも、押し込まんと全身の筋肉を駆動させているというのに、刃がほとんど進まない。
硬い。固い。堅い。難い。
まるで地中深くに根を張った大樹へと切りつけたかのごとき手応えの無さ。あまたの生命を轢殺してきた歴史そのものが形を成したかのようだ。
筋肉の千切れる音が伝わってきた。
「火風混合――【戦律兇戈】!」
サンチャの放った支援法術がウノマルの刀身に注ぎ込まれる。とたん刃が高速振動を開始した。
「パイセン、いっけええええぇぇぇぇ――っ!」
「おうとも! 俺は英雄になる男だからなッ!」
みずからを鼓舞すべく、アロンソは景気よく返事をした。
高められた切削力と振動にともなう発熱により、因縁の束ね糸がすこしずつ裂かれ焼かれて断線していく。
しかし足りない。切りこんだ際の旋回の運動量はすでに失われている。
斬撃とは切りかかって瞬時に振り抜くもの。途中で勢いを止められてしまっては真価を発揮できない。
決定打はやはり、恩人から授かった技でこそ。アロンソは束ね糸に食い込んだウノマルから手を離す。
「旋の型、中伝――【鰭打跳厄】!」
その場で旋回しざま後ろ回し蹴りをウノマルの峰にブチ当てた。ふたたび運動量を与えられたウノマルが嬉しそうに震える。
アロンソは正面に戻り、ウノマルの柄を握って引き切らんとする。
「今ここで! 俺の因縁は漏らさず尽きる――っ!」
ついにウノマルが振り抜かれ、束ね糸が根こそぎ切断された。
★ ★ ★
決着のあとに残されたのはやり遂げた達成感、全霊を注ぎきった心地よい倦怠感、そして――
「な、んだ……この感覚、は? 体に力が入らん。穴の空いたタルのように抜けていく。ああ、いつ以来だろう。オレがオレ自身を恣にできない閉塞感は……ともすれば産声を上げて以来の……」
ナベルドリクが白昼夢を見ているような調子で喋りつづけた。
「フ、終わるのか……このオレが。他の【魔侯】どもさえ手に負えぬとサジを投げたオレの生が」
四肢の拘束が解けているにも関わらず、一歩も動き出せずにいる。
「滑稽だな。いざ死ぬとなるや『見事だ』などとは言えなくなる……口惜しいッ! この期に及んでオレには愛も勇気も理解できなかった!」
アロンソは今すぐ昏倒しそうな体に鞭打って、その最後を見届ける。
ナベルドリクが無垢な幼子のように天を仰いで腕を伸ばす。
「ああ、そうか……オレは最初の一歩か、ら――」
独白の途中で、その手に何もつかむことなく、数百年にも及び繋いできた生を途切れさせる。
物言わぬ骸から遊離した毛糸玉が、どこからともなく伸びてきた赤い糸に絡めとられて混ざり合い、虚空に溶けるよう消え去った。
次回、最終話です!