第9話 切り札
アロンソは屈しそうになる膝を叱咤し、仲間たちと激励し合う。
「サンチャ、まだまだいけるな!」
「……あったりまえジャン! ロニーパイセンのほうこそヤレんのー?」
「ロニー、あたしはちゃんと見てるから! 繋ぎとめておいて!」
「もちろんだ! よそ見なんかさせない!」
「アロンソくん! こんな時に言うべきではないかもしれませんが……私はいま! かつてなく生を充実させています!」
「先輩、俺もです! 何度だって立ち上がれそうだ!」
培ってきた絆をいかんなく発揮し、一国を滅ぼす大災に立ち向かう。
「黒白混合――【深更海嘯】!」
ナベルドリクが感極まったように魔術の発動を宣した。周囲に存在するガレキの影すべてが一斉に浮き上がり、ナベルドリクのもとへと集う。
その背後で闇の大津波に変貌を遂げる。アロンソたちを呑み込まんと唸りを上げた。
「黒白混合――【漆夜殲雨】!」
逃げまどうアロンソたちへと闇の短剣が群れを成して放たれる。
アロンソは助走をつけて前転を開始した。空中を球体のように突き進んでいく。
「転の型、中伝――【暴螺子】!」
通常、空中では体の向きを変えられない。そこでアロンソは自分の軌道上――みずから前方に伸ばす因果の糸へと、裂かない程度に切れ目を入れた。
すると直進の因果が乱れる。体の向きや動きそのものを強制的に変化させる技術――『因果狂わし』だ。
アロンソはきりもみしながら四方八方に斬撃をひらめかせ、闇の短剣を弾き飛ばし、『因果断ち』で闇の波涛から自分に伸びる糸を切断――殺到する飛び道具を退けた。
ドルシネアが正面を刺突で埋め尽くし、背後と左右、頭上へと大盾を振り回していた。巧妙に闇を寄せつけない。
イザベルがトーチカで自分とサンチャを防護する。
耐えきれないと見るや、砕ける前にトーチカを解除、演奏を済ませたサンチャが音波を連発していく。
イザベルが【神器】を無数の銃へと換装し、サンチャに加勢した。
しかし破竹の勢いはいつまでも続かない。
「っな!? 動か、な――ッ!?」
「どうなってんのコレェ――ッ!?」
目につく闇の短剣と津波を跳ねのけきった折、なぜかイザベルとサンチャの身体が石化したかのように硬直していた。連動して銃撃と音波がピタリと停止する。
「……アレが原因か!」
アロンソはひと目で看破した。イザベルとサンチャの攻め手をすり抜け、彼女らの影に突き立った短剣。あれが彼女らの行動を封じているに違いない。
ナベルドリクがご明察とばかり告げる。
「闇魔術は生気と霊気の略奪だけが能ではない。こういう使い方もあるのだ――さあ、この『影縛り』をいかに切り抜ける?」
更なる一波がイザベルたちを襲わんとしていた。
アロンソは一転、イザベルたちのもとへ『縮地』で駆け寄る。
「変の型、中伝――【葦群刈】!」
『縮地』を維持したまま彼女らの影を縫う短剣――そこから伸長する術者とのパスを切断する。
「うっしゃああぁッ! 元に戻ったし!」
「……? よく分かりませんが、とにかく今は目先に集中します!」
音波と銃撃が再開され、迫りくる次波を迎撃した。
アロンソは彼女らとすれ違い、ナベルドリクのもとに寄っていく。ジグザグに走って狙いをつけさせない。繁茂する草木を一掃するかのごとく、地表すれすれウノマルを左右に薙ぎ払い、進路の先から来たる攻撃をことごとく凌いだ。
そしてナベルドリクのお膝元まで辿り着く。
「来るか! 盛大な迎え酒を馳走してやろう! とくと味わえ!」
ナベルドリクが闇の大剣を構えた。
アロンソはそのまま間合いへ――踏み入ることなく、可視化させる因果の選別に移る。
「――見えた!」
狙うは、闇魔術の遠隔投射を成立せしめる大本のパス。そこから枝分かれして各所に伸びていた。
アロンソはナベルドリクに切りかかるフリをし、流れの中で大本のパスを狙う。
闇の大剣が空を切った。
「むっ……?」
スカされ、ナベルドリクが不満げな声を上げるのと魔術による遠距離攻撃がモヤのように消滅するのはほぼ同時。
これで仕切り直し。アロンソたちはナベルドリクと距離をとって集合した。
「間近で奴の斬撃を観察してハッキリした。さっきまでより動きのキレがない。あれだけの連戦を続けているんだ。奴も確実に消耗している。決して枯渇にはならないだけで」
アロンソは全員を見渡す。
「いまならば俺の――あの御方から託された切り札で奴を仕留めうる!」
仲間たちの顔がパッと明るくなる。
「よーするに大技ブチこむから隙を作ってくれってことっしょ?」
「いよいよ大詰めですね。任せてください!」
ドルシネアが一歩前に進み出る。
「……それなら、あたしも二回目の切り札を使わせてもらうね」
その足元からせり上がるように、鋼の騎馬が出現する。ヒヅメで大地を擦り、雄々しく嘶いた。
ドルシネアが騎馬の背にまたがり、その頬を優しく撫であげる。
「この子を呼び出すと、霊力を激しく消費するから一日に何回も頼れないの。
サンちゃんと先輩が駆けつけてくれるまでに、一回……あとは任せたよ」
言い置くと、騎馬ごとナベルドリクに向き直る。騎馬が力を溜めるように、地面を掻いて蹴立てた。
ドルシネアが板金鎧の右胸にある金具に突撃槍の石突を嵌めこんだ。そのまま突撃槍を小脇に抱える。穂先を下に向けた。
「カストラバ流槍術、騎乗の型、奥伝――【冠衝踏破】!」
ドルシネアが手綱を引くや、騎馬の脚部背面に備えつけられた噴射口から膨大な霊力が吐き出され、推進力となる。
直後、ドルシネアの姿がかき消えた。音を置き去りにせんばかり、ナベルドリクを刺突の間合いに捉える。
刹那の交錯、拮抗状態が崩壊した。
ドルシネアが槍身でナベルドリクの迎撃を跳ねあげた。闇の武具の下に沿って滑らせ、ちょうど穂先でナベルドリクの胴体を捉える。
ナベルドリクが胴体に大穴を穿たれ、つづく蹄鉄に全身を踏み砕かれる。
ドルシネアが遠く過ぎ去った先で力尽きた。【神器】の具現化が解かれる。