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天眼のソードダンサー  作者: 大中英夫
第1章 開眼編
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第5話 勇者と魔王

「かつて魔王と呼ばれる存在が出現した」


 アロンソは石造りの教室内に朗々と声を響かせる。


「魔王は世の理に反する力を振るって人々を苦しめた。それに立ち向かったのが我ら人類の救世主、勇者だ。勇者は神々の寵愛を一身に受け、万能の才覚を有していたという」


 丘陵地帯から学術都市へと帰還した頃には放課後を迎えていた。

 そこで約束通り、教室のひとつを間借りしてサンチャに個人授業をしているのだ。ちなみに法術による治療を受けたので負傷は完治している。


 席についたサンチャが気だるそうに頭の後ろで両手を組んでいる。


「ユーシャ様ねー。子供の頃に耳にタコができるくらい聞かされたっけ」

「そうだな。誰もが勇者の伝説を聞かされながら寝かしつけられるものだ」

「んー、でもさ。あのおとぎ話、なんかオチがシャクゼンとしないっつーか。ユーシャ様カワイそうじゃね?」

「……話を戻すぞ。勇者に敗れた魔王は死の間際、一計を案じる。魔の太源たる自らの肉体を拡散させ、魔の因子を世界中にバラまいた。なぜそんな真似をしたのか、分かるか?」


 サンチャが机の上に頬杖をつく。


「そんなん本人に聞かなきゃ分かんないジャン」

「いや、まあ、当人はすでにいないから後世の推測であることは間違いないが……すこしは考えるそぶりを見せろ。真面目にやる気がないなら今すぐやめるぞ?」

「あー、待って待って! ゴメンて!」


 アロンソが教壇を降りようとしたところ、サンチャに制止される。


「ん、とねー。魔族を生み出すため?」

「それは結果であって理由ではないな。答えは『数の暴力』で攻めるためだ。世界中にバラまかれた魔の因子は生物に宿り、魔の因子を孕んだ生物は異形へと姿を変えた。魔族の誕生だな」


 魔族に変貌した生物は身体能力が強化され、特異な能力を発揮するようになる。いずれも人類に対する激しい敵愾心を抱いており、闘争本能のおもむくまま暴威を振りまく。


「質より量。いかに勇者が無敵といえど単騎にすぎず、大軍を制することはできない。ひとつの局面を圧倒したところで、他方面が蹂躙されてしまえば、いずれ人類は滅ぼされる」


 諸悪の根源を切除しても問題は解決しなかった。むしろ、より複雑化したと言える。夢物語のようなご都合主義は存在しない。

 たとえば圧政に反発した農民たちが領主に反旗をひるがえし、仮に反乱を成功させたとしても、ハッピーエンドにはなりえない。領地を運営するノウハウなど彼らにはないのだから。現実は短絡的な行動がまかり通るほど優しくない。


「そう悟った勇者は魔王に対抗すべく神々に祈りを捧げた。みずからの肉体を拡散させ、万能の才覚を分割して人々に付与する――ようするに魔王と同様の戦略を打ち出した」


 それが【申し子】と【天職】のはじまり。人類と魔族の生存闘争の発端。


「勇者の才能きれはしを天より授かった人間を【勇者の申し子】、授かった才能自体を【天職】とそれぞれ呼称する。【天職】を授かると同時、それを十全に活かすための道具をも下賜される。それが【神器】だ」


 たとえば【天職】が【剣士】ならば、剣型の【神器】を与えられる。


「己が【天職】をまっとうすべく研鑽を積み上げていくことが正しい人生の送りかたとされる。たとえば俺たちのような戦闘系の【天職】が訓練校に入学し、いずれ最前線を支える戦力として期待されているように」

「強制的に徴兵されるのマチガイっしょ? ウチらに拒否権なんかなかったんだし……」


 サンチャが皮肉げに口の端を吊り上げた。


「そう腐るな。適正がないと判断されれば、それほど危険な戦場には送り込まれないはず。兵役義務期間を過ぎれば晴れて自由だ。将来どの道に進むにせよ、ここで得られる学びは確実に役立つ。礼儀作法や算術、読み書きを無料で吸収できるんだから。貴賤を問わずに集められるため、普通なら関わることのない身分とのコネクションをも構築しうる」

「耳障りのいいコトばっか言うけどさー。パイセンだって、この制度の被害者じゃん。たしか【戦士】だっけ? 戦闘系っちゃ戦闘系だけどさ、ぶっちゃけハズレの【天職】だよね?」


 アロンソは【戦士】の【天職】を授かった。なぜハズレ扱いされるのかといえば、戦士という言葉があいまいすぎるから。

 【剣士】や【槍兵】などと違い、どの武器種を扱うのか不明瞭。そのため下賜される【神器】の性能も、専門に特化した者たちのそれに比べて劣る。

 ましてアロンソは【神器】を持っていないのだ。


「【申し子】なんかに選ばれてなければ、今頃は内地でヌクヌク過ごしていられたんじゃないの?」

「……お前は貴族の生活というモノを分かっていない。領地運営はそんな甘くないぞ。色々なところに目を行き届かせ、様々な人間に気を配らなければならないんだ。法衣貴族ならば、欲望と策謀がうごめく宮廷で――」

 お茶を濁そうと一般論を並べ立てていたアロンソだったが、途中で断念した。サンチャがめずらしく真剣な視線をよこしてきたから。観念して本心を吐露していく。

「――俺さ、子供の頃、英雄になりたかったんだ。冒険と称してあらゆる黒歴史を積み重ねていた時期もある。強くなりたかった。だから【天職】がノドから手が出るほど欲しかったんだ。それなのに、望む力を得られなかったからといって否定するのは、違うだろ?」


 ひとつだけウソをついた。目指すと口にできるような実績をなにひとつ出せていなかったから。目指せる確信が自分の中にすら存在しないから。


 サンチャがふてくされたように横を向く。


「そ。ま、どうでもいいんだけどねー……パイセンはズルい」




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