第7話 クラスアップ
アロンソは目をそらしたドルシネアの肩をつかむ。
「ネーア、聞いてほしい。人は、変われる! 今の自分が絶対じゃない!」
満身の思いを込め、アロンソは胸を張って宣言する。
「今度こそ嘘偽りなく誓う! 俺は英雄になる! だれかを救える男になってみせる!」
その瞬間、アロンソの全身が粉雪のような光の粒子を帯びる。
「【中級天職】へのクラスアップ!?」
イザベルが目を見張った。サンチャがアロンソにジト目を向ける。
「ウッソ、このタイミングで!? ……狙ってやってね? じつは前からクラスアップしてたのに、さも今できたみてーに演出したっしょ?」
アロンソの頭の中に新たな【天職】の名前が自然と思い浮かぶ。
「【剣舞手】、そして――」
その手にひと振りの剣――アロンソだけの【神器】が生み出される。クラスアップにともなう、武装機能の拡張だ。その剣の銘は――
「ウノマル、か……これからよろしく頼む」
アロンソは己が【神器】を強く握りしめた。
興味津々のサンチャがそれをベタベタ触る。
「なーんかヘンな形してんね……え、片刃なん? まともに切れんの?」
「これはタチという種類らしい。心配するな。切れ味のするどさは身を以て知ってるよ」
あぜんとしていたドルシネアだったが、やがて困ったように後頭部を掻く。
「ああもう……腹立つくらいカッコいいなあ。本当に物語の主人公みたい」
目元をぬぐって微笑む。憑き物が落ちたかのような晴れやかさ。アロンソの前に拳を突き出した。
「もう一度だけあなたのこと信じてみるよ……裏切ったら絶対に許さない!」
「ああ。俺はもう逃げない」
アロンソはみずからの拳をそこに打ち合わせた。
「――どうやら話はまとまったようですね」
イザベルがそう締めくくった。
サンチャが口元に手を当てながらドルシネアに笑いかける。
「ところでさー。詳しい経緯は知んねーけど……ようするにネーアパイセンってば幼児の頃の想いをいつまでも引きずってたワケっしょ? そんでロニーパイセンにも押しつけてた、と……メッチャ重くね? 俗に言う『ヤンデレ』ってヤツー?」
ドルシネアの目が点になる。
「え? ……病んで、る? あたしが? な、なに言ってるのサンちゃん? あたしはいたって普通のひとだよ?」
「いんや、ぜってーヤベェわ。フツーのヤツはそんな思いつめたりしねー」
「も、もう! からかわないでよ! ――先輩も言ってやってください!」
「ごめんなさい。私は普通の人間ではありませんので。一般的な感覚が分からないのです」
「ニシシ、おかしいヤツほどジブンのこと、おかしいと思ってないし!」
イザベルとサンチャ両名に切り捨てられ、ドルシネアがすがりつくようにアロンソを見上げた。
「~~~~っ! ――あなたはそう思わないよね? あたし、おかしくなんてないよね!?」
アロンソはドルシネアからそっと視線をそらす。
「まあその……なんだ。お前には昔から思い込みの激しいところがあったのは事実かもしれない」
「そ、そんな……あたしっておかしかったの? いやでも――」
ドルシネアがうつむいてブツクサ呟きだした。
どうやら恰好のオモチャと認識したらしく、サンチャがドルシネアにまとわりつき、からかいの言葉を投げかけていく。
当初は無視していたものの、我慢の限界がきたのか、ドルシネアが肩を怒らせてサンチャを捕まえんとする。
サンチャがコソ泥のように逃げ回った。
アロンソは他愛もないやり取りを眺めて吹き出す。昔に戻ったみたいで懐かしかった。
かくして一行は束の間の休息を思いきり楽しんだのであった――。
★ ★ ★
一行は各種ポーションを服用して体力と霊力の回復に努め、法術で傷をいやした。ポーションの作用が全身に行き渡るのを待ち、ふたたび外へ。
「そういえば先輩。申し訳ありません」
その間際、アロンソはイザベルに頭を下げた。
「せっかくいただいた剣を……」
法術剣は役目を終えたように砕け散っていた。いかに硬化の術式を刻まれていたとはいえ、あれほどの激闘には耐えきれなかったらしい。
イザベルが気にするなと手を振る。
「アロンソくんを守り抜いてくれたのですから。十分な働きと言えるでしょう。ご用命とあらば、また作れますし」
イザベルがアロンソと並んで歩きながらポツポツと語る。
「私、モノを作るのが好きです。作ったモノが貴方たちの役に立つのがたまらなく嬉しい……カラッポだと思っていた私の心にも、これほど大切なモノが詰まっていたんですね」
「ええ。ですから、それを今日で終わりにするわけにはいきません」
「はい! もっともっと色んなモノを作らせていただきますよ! 今後アロンソくんには、さまざまな試作品を使ってみてもらわねばなりません!」
「はは、お望みとあらば。いくらでも実験台になりますよ――サンチャが」
「ハア!? ウチに振るなし!」
アロンソの目に映るすべてが色とりどり輝いていた。これらを失うことに比べれば、ナベルドリクなど恐るるに足りない。
舞い戻った戦場には――
「クソがッ! ……貧乏くじ引いちまったぜチクショウ」
倒れ伏すスティードたち。
「コソコソ隠れておけば、わずかとはいえ生を繋げたものを……嫌いではないがな。その手の蛮勇は」
そしていまだ健在の宿敵。
アロンソは仲間たちに呼びかける。
「みんな、往くぞッ!」
「「「うし(はい)(うん)ッ!」」」
一斉に駆け出した。