第6話 嘘つき
アロンソの『因果読み』や『因果断ち』にも完璧に対応してのける。
どうしてか行動を予知されるのであれば、あらかじめ複数の攻撃手段を用意しておき、アロンソの動きに応じて最適を選べばいい。
なぜか攻撃が命中しないのであれば、それを前提に連撃を組めばいい。
舌を巻くような芸当を実践されては、ナベルドリクを剣の間合いに捉えることすらできなくなる。
これではホクシン直伝の切り札も試せない。
ナベルドリクが加速する。無尽蔵に湧き上がるかのような力の奔流がアロンソとドルシネアを軽々と弾き飛ばした。
「ぐぇうぉ――!」「あ゛あぁ――っ!」
再起するより速く、ナベルドリクが闇の大鎌でふたりを断頭せんと迫る。
「――よく持ちこたえた!」
その振り下ろしを、とつじょ横薙ぎの戦斧が迎撃した。大鎌の刀身にブチ当たり、弾きそらす。
「ったく……有事の際にはまず訓練校に集合して教官たちの指示を仰ぐのが鉄則だろうが。カッコつけやがって。あとで罰則を覚悟しとけ」
アロンソたちを庇うように、スティードが間に割り込む。戦闘系の【天職】を持つ他の教官たちも一緒だった。
「あとは大人に任せてガキはすっこんでな」
スティードが戦斧の柄で自分の肩をポンポンと叩いた。
ナベルドリクがスティードに話しかける。もはやアロンソたちなど眼中にないようだ。
「ようやくのお出ましか。大の男たちが子供らの影に隠れていたとは……見下げ果てたもの」
「うっせ。しゃあねえだろ。こっちにゃ色々メンドーな柵ってモンがあんだよ……にしても、まさか【魔候】と戦わされるハメになるたァな。ガキどもをしつけるだけのラクな職場だと思ってたのによォ」
アロンソは歯を食いしばって顔を上向け、一時撤退を決意する。
仲間たちと協力し、気絶したドルシネアのパーティメンバーを抱え上げ、戦場に背を向けた。
★ ★ ★
一行は中央広場に隣接する神殿へと駆けこんだ。
壁面に描かれた神話の再現図。最奥の祭壇へと続く列柱には精緻な彫刻が施されている。
ひしめく避難民たちの顔色が一様に暗い。アーチ状の天井に暗雲がたれこめてきそうな雰囲気だった。
常日頃ならば霊験あらたかな聖地だ。とはいえ、ご利益があるのかは神々のみぞ知るところ。現状、市民のよりどころにはなりえまい。
一行はドルシネアのパーティメンバーを神官たちに預け、片隅に陣取り今後について話し合う。
「ここにも硬化の法術がこめられているようですが……かの【魔候】が相手では心許ないですね」
イザベルが声をひそめて喋った。その声色はいかにも厳しい。
「だ、ダイジョブっしょ! センセたちがカタつけてくれるって!」
サンチャが励ますように言った。表情を見るに、その楽観を自分自身でも信じてはいないようだ。
「みんな聞いてくれ。いかに教官方といえど、奴を滅ぼすことはできない」
なにせ人類の最高戦力、上級の【天職】持ちでさえ敗死したのだから。アロンソの目の前で。
「奴の【宿業】、その凶悪さは世に轟いている」
上級に至った魔族は【宿業】という強大無比な生態を獲得する。世界の理をゆがめる力だ。本人に都合のいい法則を世界に敵対者に強制する。
「奴の法則は不滅。なにをしようとその場で蘇る」
【十二魔侯】において唯一、配下を持たない単独勢力でありながら数百年に渡って跳梁跋扈してこれたのはそれが理由だ。
野放図に地上を放浪し、目についた戦場に飛び込みで参戦し、一騎当千の力を振るう。そんな勝手がまかり通るのは不死身のみ。
「しかし俺なら奴を殺しきれる可能性がある」
仲間たちが一斉に目をむいた。
「マヂで!? ……フカシこいてるってワケじゃないよね。ロニーパイセンのキャラ的に」
「ならば、賭けてみる価値はありそうです!」
アロンソは手放しで信じてくれた仲間たちを頼もしく思う。
「だから、お前も俺を信じてくれ」
ついでドルシネアに目を向ける。すこし離れたところで列柱のひとつに背を預けていた。
「さきほどの連携は不完全だった。それはひとえに、お前が俺に身を預けきれていなかったからだ」
ドルシネアがようやく沈黙を破る。
「どうやって……どの口が信じろって言うの?」
長年堆積した心の泥を吐き出していく。
「あたしね、幼い頃あなたに憧れてた。英雄を気取るあなたの言葉を真に受けて、守られるお姫さまってポジションに酔ってた」
それは呪縛だった。
「その結果、ロシナンテさんは死んだ! 夢見がちな小娘を庇って!」
ドルシネアが息も荒くまくし立てた。
「あなたの罪はできないことをできると口にしたこと。そしてあたしの罪は現実から目をそらしてたこと」
自分の胸にそっと手を当てる。
「あたしは決めたんだ。もう夢は見ないって。だれも助けてなんかくれない。助けてもらう資格なんかない。
代わりに、あたしはだれかを助けなければならない。あたしと同じような目に遭うひとを少しでも減らせたらいいなって……そう誓ったから、これまで頑張ってこれた」
ドルシネアがアロンソの目をまっすぐ見返す。
「あなたもそうだと思ってた。一生、無力なまま。苦しみ続けなければいけない。だって人間の本質は変わらないから」
アロンソは視線をそらさず、まっこう受け止めた。
「なのにいつの間にか、あなたはあたしが守ってあげなきゃいけない『かわいそうなひと』じゃなくなってた……嘘つき」