第5話 共闘
アロンソはナベルドリクと睨みあう。その場に踏みとどまり、【天眼】を用いて剣戟の応酬に挑んだ際の未来予想図を頭の中に描いていく。
……まったく隙がない。アロンソのほうからナベルドリクへと伸ばした糸は、その身に絡みつくことなく霧散してしまう。
対照的にナベルドリクから伸びる糸がアロンソに強く絡みついていた。
勝ちの目が見えてこない。ならばラチを開けるまで、とアロンソはナベルドリクのもとへ疾駆する。
ナベルドリクが無詠唱で魔術を発動させる。
「黒魔励起――【晦冥纏装】」
その影が実体を持ったかのようにニョキリと浮かび上がった。ひと振りの大剣へと形を変え、ナベルドリクの手におさまる。
ほんらい光が物体に当たった時の副産物でしかない、光が届いていないという状態でしかない『闇』を武器へと変えたのだ。
アロンソへと大剣が斜めがけに振るわれる。迅い。糸が絡みついてくるのと攻撃が放たれるのがほぼ同時。思考と動作が円滑に紐づいている証拠だ。
アロンソはとっさに横に飛びながら身を伏せるが、間に合わず首を切断される――寸前、赤い糸を断ち切ることに成功した。
大剣があらぬ軌道を描いてアロンソの頭上を擦過する。
「ぬ、う――っ!?」
絶対者のごとく君臨していた怪物がはじめて驚愕を声に表した。
アロンソはガラ空きの懐へと自分の身体を差し込ませた。相手に背を向け、逆立ちの勢いで両足を跳ね上げ、その首を挟みこまんとする。
ナベルドリクの肉体は人間同様の構造をしている。関節を極めてしまえば、その頸骨をへし折れるし、引き倒せる。
「稔の型、中伝――絡蛇くだ――」
両足がその首を捉える寸前、アロンソは己の背中に新たな糸が巻きついてくるのを見とがめて攻撃の意図を手放した。
ナベルドリクが大剣を放り捨て、闇の短剣を生み出す。逆手に持って突き下ろした。
アロンソは回避に全神経を注ぎ込む。腕立て伏せの要領で両腕をたわめ、勢いをつけて横合いに旋回した。
「――ぎぃっ!」
苦鳴をもらしながら転がる勢いを利用して距離をとりつつ起き上がる。軽く背を裂かれた程度だ――というのに長時間、全力疾走したように消耗してしまっていた。闇魔術が持つ相手の生気や霊力を吸い取る効果ゆえだろう。
ナベルドリクが興味深げにアロンソを観察する。
「キサマなにを切った? 素振りのようにしか見えん――が、事実としてそれをキッカケに窮地から脱し、反撃に転じてみせた」
クツクツと不気味に笑った。
「底知れん――のであれば、隅から隅までほじくり返し、つまびらかにしてやろう!」
ナベルドリクが一歩一歩、大地を重く踏みしめて迫りくる。
アロンソは仲間たちと息を合わせて応じた。
イザベルがアロンソをも取り込む形でトーチカを展開する。
「フハ、掘っ立て小屋ではなにも守れんぞ!」
ナベルドリクが闇の大槌を豪快に一閃、流星のごとくトーチカを粉砕した。
「くっ! 硬化をいくつも重ねた防壁は中級魔族の攻撃をものともしない強度なのですが……自信を無くしますね」
イザベルが風圧に押し流されながら下唇を噛んだ。
入れ替わり、サンチャが飛散するガレキや土砂の陰から音波を射出する。
ナベルドリクがまるで視覚できているかのような反応を示した。巨躯に見合わぬ電光石化の体さばきで音波をことごとく躱していく。
「永く戦場に身を置いているとな。対敵の狙いが読めるようになるのだ。不可知の攻撃、なにするものぞ!」
「ざっけんな! そんなんズルじゃんか! 不死身で闇魔術師で武術も一流とか……アンタどんだけキャラ盛ってんだよ!」
サンチャが怖気を誤魔化すようにナベルドリクを罵倒した。
アロンソは踏んばりをきかせ、風圧の勢いを殺す。靴底で地面を滑るように、前方から流されてくるイザベルを受け止めた。
「先輩、【神器】を粉々にされてしまいましたが……霊力による修復は間に合いそうですか?」
「ご安心を。私の【神器】は例外です。破損しても……ホラこの通り」
イザベルが散らばった破片の具現化を解除、手元に再出現させる。破片のひとつひとつが液体金属と化して混ざり合い、一個の塊を成した。
「――サンチャさん、あたしを巻き込まないでねっ!」
ドルシネアが音波の飛び交う威力圏に侵入し、ナベルドリクへ肉弾戦を仕掛けんとする。
サンチャがやりづらそうに顔をしかめた。ドルシネア相手では意志の疎通が取れず、音波を撃ちづらいのだろう。
「あ、ちょっ!? ジャマだっての!」
「大丈夫だ! 俺に任せろ!」
アロンソはドルシネアと並び立つ。
「ロニー……」
「ネーア。いろいろ思うところはあるだろうが、呑み込んでほしい……俺に従ってくれ。お前とサンチャが遠慮なく戦えるようにする」
ドルシネアが不審げに納得いかなげに、それでも首肯してくれた。
ナベルドリクが音波をスルリと回避しながら指でアロンソたちを手招く。
「さあ来い。いますぐ来い。これ以上、オレを失望させてくれるなよ」
アロンソはドルシネアと交互に斬撃と刺突を繰り出していく。サンチャからナベルドリクへと伸びる糸を確かめ、ドルシネアに射線から外れるよう指示した。
即席の連携にしては悪くない。法術剣と突撃槍、音波による大合唱。あとから砲撃までも加わった猛攻はアリ一匹通さず絡めとる。
――それでも届かない。
「そろそろ飽いた。この程度が限界であれば他愛もなく潰すぞ?」
底冷えのするような脅しが一帯を張りつめさせた。さきほどからナベルドリクは被弾もしていない。こちらの動きを見切りつつあった。