第3話 心をぶつけて ※主人公以外の視点のエピソードも挿入されております
ナベルドリクは吹き飛ばされた勢いを殺さず、何度か地面を跳ねてから受け身をとって立ち上がる。
突撃槍に貫かれ、上半身の五割近くを欠損していたが、なに大したことはない。ほんの致命傷だ。
対峙する女騎士が肩で息をしている。板金鎧のところどころがヒビ割れ、大盾が虫食いのように砕けていた。
彼女とくつわを並べた仲間たちがすでに地に伏していた。まだ息はあるが、戦線に復帰できる状態ではない。
ナベルドリクの肉体が時間をさかのぼるように修復されていく。たちまち万全の状態に戻ってしまった。
「悪くない一撃だった。致命傷を負わされたのはあの男以来だ――が、あいにくと殺された程度では死んでやれんのだよ。『さよなら』を知るまでは不滅。それがオレの【宿業】であるがゆえに」
「……分かってはいたけれど、あなた、本物の化け物だね」
女騎士が呆れるように言った。これまでの苦労が水泡に帰す。絵に描いたような逆境。
それでもなお、彼女の闘志が衰えることはない。ナベルドリクはそれを好ましく思う。
「分からんのだ。愛も勇気も。狂おしいほど渇望しているのになァッ!」
だからこそ滾りをおさえきれない。様子見など知ったことかと、今度はこちらから攻めかかる――。
★ ★ ★
アロンソは斬撃の檻に閉じ込められていた。わずかでも身じろぎした瞬間、無数の斬閃に切り刻まれてしまう。
対するホクシンが不動――のように見えて、今も絶え間なくアロンソを取り囲むように斬撃をほとばしらせている。あまりに迅すぎてアロンソの目には止まっているように映っているだけ。
「そら、どうした? 棒立ちでは何も切れはせぬぞ?」
ホクシンが嘲るように話しかけてきた。
アロンソはその目をまっすぐ見据える。もとより戦いを挑むつもりはない。あくまで心をぶつけ合うためにノコノコやってきたのだ。
「あの日、俺は人を殺しました」
とつとつと思いのたけを明かしていく。
「正直、自己弁護したい気持ちはあります。あそこで動いていなければ、仲間の身が危うかったので……しかし怖くなった。俺はどこまでいってしまうのだろう、と」
仮定の話。なんらかの事情でサンチャやイザベルと敵対してしまったとする。その時、歯止めをきかせる自信が揺らいでしまった。
あれほど共にあろうと誓ったのに。足元の崩れていく不安に苛まれた。
「師匠の箴言が今更ながら身に染みております。俺は本当にバカだ」
ホクシンが美貌をゆがめ、キッと睨みつけてきた。
「しかり、だ。たわけ者め。人を殺した者は地獄に堕ちる? ――はっ、そもそも地獄なんぞ実在せん! 人を殺した者はな! その心が地獄と化すのよ!」
「まったく仰る通り――ですが、俺は立ち直れましたよ」
そう口にするや、ホクシンが漂白されたように表情を消す。
「は? ……世迷言を! ひとたび堕ちた者が元通りなぞ有り得ぬ!」
「たしかに俺ひとりでは、今も殻にこもるしかなかったでしょう。そんな俺を仲間たちが光のもとまで引き上げてくれた」
「そんなものは一時の気の迷いにすぎん! 落ち着いて見えようが、揺さぶられれば、ふたたびコロリと奈落へ一直線……なぜそれを解さぬか!」
「その時はまた仲間たちに引き上げてもらいます。仲間たちのいずれかが堕ちた場合も、俺は身命を賭して引き上げます」
「はっ! なんともはや……都合のいい道理もあったものよ! まかり通るとでも――」
「押し通してみせます! 俺が俺を信じられなくても、仲間たちが信じてくれる。その期待を裏切ることだけは魂かけて出来ません!」
サンチャは魔族への恐怖を必死にこらえて戦場に赴いてくれている。
イザベルは出自ゆえの諦観を捨てて共に生きることを選択してくれた。
ふたりが根底に刻まれた価値観を覆せしめたのは、面映ゆいが、自分への信頼ゆえだろう。
ならば自分もふたりに倣えない道理などあってたまるか――ッ!
ホクシンが身を震わせてジリジリ後退していく。
「なぜ……なぜだ!? お主はどうして強く在れる!? ……いやさ、騙されてなるものか! おおかた口先だけのコケ脅しだろうよ!」
「そうですか。ならば口だけではないと証明いたします」
アロンソは対照的に一歩前へ踏み出した。とたん、するどい痛みがいくつも走る。おそるべき太刀筋だった。血が吹き出てようやく切られたことを認識させられるのは見事というほかない。
ホクシンがギョッと面食らう。
「なにをしておる!? まこと死にたいのか!?」
アロンソは構わずホクシンのもとへ突き進む。踏み込むたび切創がいや増していくものの、頓着しない。
「委細問題ありません。あくまで、これは指導。そうでしょう?」
「っ! どこまでも愚かな! 頭に綿でも詰まっておるのか!? 拙者はお主を斬ると――」
「ならばなぜ! 俺はいまだに生きているのですか!? 師匠であれば俺を殺すことなど造作もないはずだ!」
「……っ」
ホクシンがなにも言い返すことなく、後ずさって逃げていた。絶望を体現したような圧迫感がもはや消失している。
「く、るな……くるなくるなくるなく、るなぁ――っ!」
★ ★ ★
「……キサマでもなかったか。残念だ」
ナベルドリクは失意のため息をひとつ、抵抗の余力さえ失せた女騎士を砕かんとする、
「「――させねーし(させません)!」」
寸前、側面より迫る攻撃の気配を感じ取った。わざと直撃してみせる。
「新手か。大歓迎だ!」
正体不明の力に体内を破壊され、砲弾に頭部を爆ぜさせられる。
ナベルドリクは新たな頭を生やし、援軍のふたりを眺めやる。
「今日はなんという日だ。オレを殺しうる相手と三人も巡り合えるとは!」
楽器型の【神器】を携える女と仮面をつけた女。楽器のほうが女騎士に発破をかける。
「ドルシネアパイセン、立てるよね? ウチに助けられたくないっしょ?」
女騎士がよろよろと身を起こす。
「言われなくても! ちょうど体力が回復したところだったんだよ? 申し訳ないけど、無用の加勢だったね」
「はン! こんの負けず嫌いがっ!」
ナベルドリクは女たちの出方をうかがう。
楽器の女が演奏を始めた。
またもや正体不明の力がナベルドリクの内部に浸透、グチャグチャにかき混ぜていく。
「ほう、察するに……キサマの力は『音』だな?」
ナベルドリクは吐血しながら法術のタネを看破した。
楽器の女が息を呑む。
「ヤッべ。そっこーバレてんジャン……ってかコイツ、あんだけブチ込んでやったのになんで生きてんの?」
「クク、そうとわかっていれば、いくらでもやりようはある――そこの仮面も手妻を披露してみせろ。尽きた時がキサマらの最後と心得るがいい!」
視点がコロコロ切り替わるのは今回が最後です。