第1話 不滅のナベルドリク
生涯初の殺人をおかしてから数日。アロンソは男子寮館の自室にこもりきりになっていた。
寝起きしていれば生活のよどみが溜まっていく。ほぼ手つかずの食べカスや脱ぎ散らかされた服など。普段ならば心に脂肪がついてしまう、と真っ先に片づけるところ無気力に放置している。
こんなザマで誰かに会いたくない。会う資格がなかった。
ガタリと玄関の開かれる音がして、アロンソは寝台の上で身構える。
入室してきたサンチャが遠慮がちに呼びかけてくる。
「ロニーパイセン、おジャマすんぞ……っとと! すげー荒れてんジャン」
「来るな!」
アロンソは大声で制止した。
サンチャが歩みを止め、気まずそうに話しかけてくる。
「いやあのさ……この前はビビっちゃってゴメン。助けてくれたのに――」
「そうじゃない! そうじゃないんだ!」
アロンソは悔恨を声に乗せていく。
「あれから色々考えさせられた……俺のしたことは身勝手な先走りだ!」
もっと真剣に向き合うべきだった。人を殺すという行為の是非と。
「その結果! お前を苦しませ! 先輩を悲しませた! 今後また傷付けてしまうかもしれない。そんな奴が一緒にいる資格はない。だから――」
「それは違います」
取り返しがつかなくなる前に俺から離れてくれ、と懇願しようとした矢先、イザベルがサンチャの後ろからヒョッコリと顔を出した。
「先輩まで……」
「正直、いまでも心の整理はついていません……それでも、これだけは言えます。アロンソくんの判断は許せない――けど間違ってはいなかった!」
ためらいなく、アロンソのもとに歩み寄り、その頬を両手で包み込む。
アロンソは温かな感触にまどろむかのごとく目元をゆるませる。
「逃げないでください。貴方が仰ったことですよ? どうか私たちにも貴方の痛みを分担させてほしい」
いつしか一筋の涙がアゴを伝って首まで流れていた。
「いいんで、しょうか……? 俺なんかが、こんな……」
「貴方が貴方を認められないというのであれば、私たちが認めましょう」
サンチャが横からアロンソの頭を抱きすくめる。
「ウチが言うのもなんだけどさ。ロニーパイセンがウチらを傷付けるとかアリエねーし……いや、違うか。ロニーパイセンになら傷付けられたってイイかなって。そう考えたら、もう怖くなんかなくなったし」
「うぅうう……うわああああァァ――ッ!」
アロンソは両腕でふたりを抱き寄せ、恥も外聞もなく号泣した。長年ふきだまった澱をも洗い流すかのように。ずっと欲しかったのだ。こんな自分を受け入れてくれる人たちが。
さんざん喚いて喉が枯れたころ。アロンソは名残惜しげにふたりを離した。
「すまない。みっともないところを見せた」
「あは、気にしないでください。それが仲間というもの、なのでしょう? 私は貴方から頂いたものをお返ししたにすぎません」
「ニシシ。いやー、イイ泣きっぷりだったし。けっこーカワイかったよ。母親の気持ちがわかったっつーか……マヂウケる!」
「バカ、茶化すな」
一行は誰からともなく笑い出した。アロンソは爽快感に小躍りしたくなる。あれほど塞ぎこんでいたのに、現金なものだと心中で苦笑した。
「心配をかけたが、なんとか立ち直れそうだ。ありがとう……さて、すっかり鍛錬をなまけてしまった。これから勘を取り戻さ――」
アロンソが言い終えるより速く、異変に見舞われる。
「――なん、だっ!?」
遠くで凄まじい轟音。遅れて大地がおびえるように震撼する。
さんざめく暴威の圧に当てられ、一行は立っていられず身を伏せた。
「ナニコレ、魔族の気配……? ヤバすぎっしょ……」
「さきほどの轟音と振動は外壁の破壊された証でしょうか? とんでもない魔族が市内に侵入しつつあるようですね……!」
遠方からでも伝わってくる絶大な魔力の波動。一個体が保有しうる量だとは信じられない。
アロンソはゴクリとつばを飲み、その方角を凝視する。
「これは! この気配は――」
忘れるわけがない。忘れられようはずもない。
魔族の頂点。上級魔族。【十二魔侯】の一角。世界を侵食する魔の楔。
「アンデッド系統の屍獣王種! 不滅のナベルドリク!」
それはかつてアロンソの心を折り、忠臣の命を奪った怪物の名である。
最終章、開幕!
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