第15話 十二魔侯 ※主人公以外の視点でお話が進みます
悲劇というのは唐突に発生するものだ。事前に備えていなければ、ただ蹂躙されるのみ。
眼前で展開される光景もそんなありふれた一幕にすぎない。
悲鳴が飛び交っていた。家屋の崩壊音が絶え間なく響いている。
魔族の群れに襲撃され、のどかだった村落がたちまち酸鼻の坩堝へと変わる。村人たちが叫喚しながら逃げ散っていく。対抗する術を持たず、立ち向かう勇気すら無く。
命があやうくなれば、多くの人間は醜悪な本性をさらけだす。日頃は仲良く談笑していたであろう隣人を押しのけ、踏みつけ、あまつさえ盾にしてでも生き延びようともがいていた。
かような醜態がそこかしこで散見される。なげかわしい、と彼は嘆息した。
しかし玉石混交とはよく言ったもの。中には家族友人を守るべく、農具を手に一体の下級魔族と対峙する男もいた。
その魔族がニヤニヤ男の蛮勇を嘲っている。どのようになぶってやろうか足りない頭で思案しているのがありありと見てとれる。
「クズが」
彼は侮蔑もあらわに吐き捨て、その魔族を瞬時に叩き潰した。
農具を構えた男があぜんと彼を見上げる。
仲間であるはずの魔族を同士討ちしたことに驚いているのだろう。彼としては同族意識などカケラも抱いていないのだが。
そして男を助けたわけでも当然ない。彼は男と向かい合って問いを発する。
「人の定義とはなんだと思う?」
またしても男が大口を開ける。市井の人間が言語を解する魔族に遭遇する機会など、ほぼないのだから無理もないが。
「小賢しくあれば人か? ――いいや、悪知恵を働かせることは猿でもできよう。
ならば、情動の強さこそが人たらしめるものか? ――惜しいが、違う。醜悪な感情をふりかざすさまは豚となにが違う?
しかるに、愛と勇気こそが人という種が生み出した営みの極地ではなかろうか」
彼の語りは次第に熱を帯びていく。
「弱者を蔑んで排斥するのではなく、慈んで庇護する。守られた者もまた、さらに弱い者を守る。それら情愛の連鎖は他のケダモノと一線を画する。
数百年、地上をさまよい、万を超える人を打ち倒した末、オレはその結論に至った。ゆえにキサマのような者には最大限の敬意を払わねばなるまい」
彼は舌なめずりする。
「オレに見せてくれよ。キサマの愛と勇気を」
軽く殺気を飛ばしてやる。とたん男がうろたえるものの、身も世もなく背を向ける――最後の一線を踏み越えることはなかった。素晴らしい。
「そんなモノではロクに戦えんだろう。コレを使え」
彼は男の足元にひと振りの剣を放り投げた。
男がしばし逡巡の姿勢を見せる。観念したか、剣を手に取った。勇壮な雄叫びを上げながら剣を振り上げ、こちらに迫りくる。
その構えも技術もつたないモノだったが、背後に庇う者たちへの愛がこれでもかと伝わってきた。
「見事だ。しかし悲しいかな。致命的に力が足りん」
彼はなんら躊躇なく、想念ごと男を砕いた。クルリと踵を返す。
背後から男をしたう者たちの悲鳴と彼への罵声が聞こえてきた。
彼は興味を失い、滅びゆく村を後にしていく。
「――にゃはは! 今日も元気に殺戮行脚を続けているようでなにより!」
ふと、彼の背に聞き覚えのある声がかかった。底抜けに明るい響きを耳にして彼はげんなりと向き直る。
空中に術式が浮かび上がっていた。魔術を介した遠話である。
「こっにゃにゃっちわー! 【魔侯】のアイドル、ミラちゃんだよ! ひっさしぶりぶりー、不滅の!」
術式の先から、騒音じみた術者の言葉が放たれた。
彼は不快をこめて術式――の向こう、対話の相手をにらみつける。
「……オレをその名で呼ぶな、と再三告げているはずだが? 雌鳥の頭は飾りか?」
「おっと。ごめんよ、【執生】の」
「フン、相も変わらずかしましいことだ」
「んっふふー! そんなホメんなって! たとえ一瞬のちに死ぬとしても! 果てまで面白おかしく笑い転げる! それがボクの【宿業】だからねっ!」
【十二魔侯】の一角【他化自在】のカミオラティが悪びれもせず言った。
「で、本題はなんだ。さっさと言え。そして去ね」
「ツレないなあ。たった十二の同胞だっていうのにさあ。こういう時は久闊を叙するためにおたがいの近況なんかを伝え合うモンじゃないのー?」
「キサマと馴れ合うつもりはない。オレとキサマでは求めているものがまったく違う」
「ま、いいや。じつは耳寄りな情報を手に入れたんだけどね。聞きたい? 聞きたいよねえ?」
「イヤだと言っても勝手にまくし立てるのだろうが。回りくどい」
「さっすがボクのことよく分かってんジャン! ……【愛憎】のがまたぞろ悪だくみをしているらしいんだ」
「あの雌蛇が謀りを企てるなど、今に始まったことではない」
「とーこーろーがーっ、今回ばかりはちょろーっと特殊でねえ。なんと、人間に手を貸しているらしいんだ。魔侯は変物難物ぞろいとはいえカノジョくらいのもんさ。人間を利用するのではなく、協力しようとするのは」
「……なに?」
適当に聞き流そうとしていた彼だったが、聞き捨てならない言葉に目を細める。
カミオラティが得意げに、同胞のひとり【愛憎】のオスディータの計画、その仔細について語っていく。
「――というワケ。ボクの玩具に現地へ潜入してもらってたんだけどね。そのコが失敗しちゃって……まあ、騒動を起こして撹乱している隙に、なんとか逃げ延びてくれたから、こうして情報の真偽を確かめることができた。ボクとしてはこのまま見守るのも悪くないんだけど、キミからすると許せないんじゃないのー?」
「ああ。業腹だが、キサマの言う通りだな――よかろう、口車に乗せられてやる」
「イエーイ! そうこなくっちゃ!」
カミオラティが意気揚々と口笛を吹いた。
彼は本気の怒りを声に表す。
「あの博愛主義の殺戮者めが! ヤツのことごとくが癪に障る! ……で、その不愉快極まる研究が行われている場所はどこだ?」
カミオラティに告げられた地名。彼は飴玉を転がすよう口にする。
「愛と勇気のなんたるかを解さぬ学術都市のケダモノども、まとめて踏み潰してくれる!」
彼が承諾した時点でカミオラティの中では、この件は終わった話になったのだろう。別の話題を振ってくる。
「ねえねえ、【執生】のはどう思う? 策謀を台無しにされたカノジョは口角泡飛ばして怒るのかな? それとも、いつものように『あらあら困ったわね』と苦笑するのかな? その反応を想像するだけでボクはもう! 最高の肴になるね、これは!」
カミオラティがケタケタ笑っていた。
「くだらん」
彼はひとこと断じた。この女の頭には無邪気な悪意しか詰まっていないのだろう。別れも告げずに歩き出した。
目指す先は決まった。彼の足取りに迷いはない。
その最中、長年の悲願を想う。訓練校には教官と生徒――多くの【申し子】がひかえている。彼らの内のだれかが叶えてくれるだろうか。
「ああ……だれか、オレに『さよなら』を教えてくれ」
渾身の呟きは、しかし誰に届くこともなく、風に溶けて消えていった――。
ラスボスの襲撃フラグが立ったところで、第三章完結!
次回から最終章に突入します!
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