第14話 拒絶
否定、嫌悪、正当化――自己に対する様々な感情がアロンソの胸へ一挙に押し寄せる。
アロンソは寄りかかるようにサンチャへと誤魔化し笑いを浮かべる。
「あ、あぶないところだったな! もう脅かされることは――」
「イヤアアアアァァァッ!」
サンチャに怯えられてしまう。こちらの顔を凝視する表情が張りつめていた。
(――「お主はお主のために人を斬ってはならん」――)
いつか師匠の語った言葉が今さら胸に隙間風を吹かせる。
「し、仕方なかったんだ。お前のために――」
「お父さま……っ!」
イザベルがテオルスの亡骸に覆いかぶさって嗚咽をもらしはじめた。
「せ、先輩もそう思うで――」
「近寄らないでくださいっ! ……どのような御方であれ、私にとっては創造主でした。その命を奪った貴方が、憎い。逆恨みだとしても。
一方で……人を殺めざるをえないほど貴方を追い詰めてしまった私自身の不甲斐なさに胸を締めつけられてもいる。
いま顔を合わせたら余計なことを口走ってしまいそうです!」
女性陣の理不尽な仕打ちにアロンソの心はささくれ立っていく。
(――「いずれ、親しい者がお主にとって不都合な存在となる日が来るかもしれぬ――そのとき、お主はどうする? 許せないから殺すか?」――)
刹那、サンチャとイザベルの姿が変わり果てる。アロンソの視界で、ふたりがテオルス同様、無残な末路を辿っていた。
アロンソは総身の震えに気付かないフリをする。
「ち、違う……これは、幻覚だ! お、俺は――」
自分をだましきれず、後ずさっていく。
「――ああああアアアアアッ!」
踵を返して駆け出した。すべてから逃れるように。
★ ★ ★
遮二無二ところ構わず走り回っていたアロンソだったが、気付いた時には教官たちに取り囲まれ、身柄を拘束された。なし崩し、校舎まで連行される。
「――結論から言うと、テメエは無罪放免だ」
教官室の一角、教官スティードがアロンソへ沙汰を下した。
「テオルスの旦那は実験中に事故死……そういう筋書きだ」
「……すべて秘密裏に処理するというわけですか」
アロンソはイスに腰かけてうなだれている。この様子だとテオルスの語った通り、一連の研究は都市の認可を受けて行われていたようだ。
スティードが重苦しそうに嘆息する。
「ありゃ綱渡りの研究だ。事が公に露見するのはヤベェ――とくりゃテメエの罪も問えなくなるって寸法だわな」
「教官は事前にこのことをお聞きになってらっしゃったのですか?」
「いんや、初耳だった……知ってたトコで止められたかは分かんねえがな」
スティードが言葉を選ぶような慎重な口ぶりで答えた。
魔族殲滅が人類共通の至上命題である以上、【申し子】を人工的に量産できる可能性は黄金の卵にも匹敵する価値だろう。いち教官が異を唱えたところで中断されたかは疑わしい。
「ひとつ、おうかがいしてもよろしいでしょうか? サンチャとイザベル先輩はご無事でしょうか?」
「ん? ああ。精神的にゃともかく肉体的にゃピンピンしてんぞ」
よかった。やはりさきほどの光景は幻視だったようだ。それだけが唯一の救いだった。
アロンソは解放され、廊下をトボトボ歩く。
「――っ!? ネーア!」
見知った人影を見とがめ呼び止めた。
その人物、ドルシネアがビクリと肩を揺らし振り返る。
「っ!? ……なにか用?」
硬い口調で問いかけてきた。最後に別れた経緯を鑑みるに、わだかまりを引きずっているのだろう。
しかし今のアロンソにとってはどうでもいいことだ。構わず質問を投げる。
「……お前は知ってたのか? テオルスの企みについて」
あそこにはドルシネアのクローンも存在した。つまり計画に加担していたということ。知ってか知らずかはともかく。
「うん。テオルス教官から真摯に説得されたよ」
アロンソの予想が悪いほうに転がっていく。
「クローンとかいう兵器を作るために私の肉体の一部を提供してほしいと。断る理由もなかったから承諾したけど?」
イザベルがこともなげに言い放った。
利点だけを考慮すれば、クローン技術は素晴らしい。戦力の増強だけではなく、相対的に人間の犠牲者数が減るのだから。
しかしドルシネアは知らない。成功作の苦悩と決意を。失敗作の絶望を。だから澄ましていられる。
つまり、こちらの気持ちを理解してはくれない。決定的な隔絶がある。アロンソは無言で立ち去った。
★ ★ ★
アロンソは足取り重く、最後のよりどころへと向かった。
そして、とどめを刺されることになる。
「――お主、人を斬ったな?」
ひと目でもろもろ看破されてしまう。ホクシンがすがりつくアロンソを引きはがした。
「人非人と罵るつもりはない。人が人を殺すなぞ、ありふれた出来事にすぎん……いや、むしろ人間らしいとすら言えるかもしれん。共食いこそが人の歴史であろうしな」
それなりの時間をかけて築いてきた関係性がウソだったかのように、冷然たる眼差しを向けられる。
「だが、もはや……お主も拙者も、憎み合い殺し合わない保証は消えて失せた――破門よ。金輪際、お主に教えてやれることはない」
ホクシンが無情に背を向けた。こちらを一顧だにせず言い放つ。
「疾く去ね、お主のいるべき場所へ! 次にそのツラ見せたらば、斬る!」
今にも落ちてきそうな月下。アロンソの手は、しかし何も捉えることなく、虚空に伸びていた――。