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天眼のソードダンサー  作者: 大中英夫
第1章 開眼編
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第4話 幼馴染は優等生

 乱入者がオーガごとランスを持ち上げて振り払う。


 亡骸が大きく弧を描いて明後日の方向に飛んでいった。


 使い手の意志に呼応しランス型の【神器】が虚空へ溶けるように消える。


「まったく! ムチャをして!」


 乱入者がアロンソに覆いかぶさり、その全身をあらためはじめた。


「大丈夫……なワケないか。法術で回復してもらわないと――」


 ブツブツこぼしながら無遠慮にまさぐる。


 鼻腔をくすぐる芳香。やわらかな感触。アロンソは心臓が早鐘を打つのを自覚した。たまらず、乱入者の肩を抑える。


「近い! 近いって! ネーア! ドルシネア!」

「……あ、ごめん」


 乱入者が我に返ったように飛び退いた。そっぽを向きながら頬を掻く。


「あ、アハハ……そうだよね、もう昔のままじゃいられない」

「いや、気にしないでくれ。それより、助かった」


 彼女の名はドルシネア。訓練校の二年生において最強をうたわれる女傑であり、アロンソの幼馴染である。

 なめらかで潤いに富んだ金色のストレートロングヘアが日光を浴びて透き通るような輝きを帯びている。

 まっすぐに鋭く伸びた鼻筋が戦場の武骨さにも負けない気品を宿していた。

 切れ長の目は業物のナイフを連想させ、意志の強さを表している。

 綺麗な逆三角形を描く顎回り。血色と肉つきのよい唇が燃えるような情熱を発していた。

 総評して、美しき女丈夫といった印象だ。さぞ戦争画のよいモデルになるだろう。


「そんな畏まらなくってもいいよ。あたしとあなたの仲じゃない」


 ドルシネアの気安い態度に、アロンソは目を伏せた。


「それで? どうして魔族と戦うなんてバカな真似をしたの?」

「……後輩が襲われていたんだ。ひどく怯えていて、とても戦えるようには見えなかった。だから――」

「いくら予備兵役として招集されていたとはいえ、戦場に立った以上、身を守るのは自己責任じゃない?」


 ドルシネアがアロンソの言葉を遮るように被せてきた。


「なにより、【神器】を持っているのだから、あなたよりずっと強いはずだよ?」


 ぐうの音も出ない正論。アロンソは歯噛みする。


「お前の言う通りだ。軽率な行いだった」

「……昔のことを気にしているんだね?」


 その一言がなによりアロンソを打ちのめす。

 かつての自分とは違うのだと証明したかった。思いだけが空回って手前勝手に突っ走った結果がこのザマだと、ドルシネアに見透かされている。


「あなたは戦わなくていいんだよ? そういうのは、あたしがやる。あなたのことはあたしが守るから」


 あくまで労わるような口調。それが逆にこたえる。優しさであり、アロンソを突き放す呪いだった。


「テメーらのせいだぞ! どうしてくれるんだよ、あア?」


 不意の怒鳴り声が気まずい沈黙を裂いた。


 アロンソはそちらを見やる。


 ガラの悪い二年生の集団が一年生たちを取り囲んでいた。


 射すくめられた面子の中には、先ほどのおさげ髪の少女も含まれている。


「いいか! 俺たちの立ち回りに不備なんざなかった! なのに最後の詰めであのオーガから不意な反撃を喰らって取り逃がしちまった! それもこれも、テメーらが渡してきた道具が不良品だったからに決まってる!」


 どうやら、あのガラの悪い連中がオーガを討ち漏らしたらしい。そして不手際の責任転嫁をはじめている。


「こりゃ失点だ。俺らの評価に――ひいては卒業後の進路にひびいちまうじゃねえか!」

「はあ!? イチャモンじゃないっスか! こっちはね、昨日のうちに備品のチェックをしっかり済ませてるんスよ! 各種ポーションの鮮度にも法術祭具の品質にも問題はなかったっス! そもそも【神器】を使いこなせていれば、他の助けがなくても倒せる相手だって教官が仰っていたじゃないっスか!」


 一年生たちの中から、顔にそばかすの浮き出た勝気そうな少女が果敢に反論した。


「あ? 俺らが未熟者だって言いてえのか!」

「……っ!」


 しかしギロリと睥睨され、黙らされてしまう。気の毒なほど顔が青ざめていた。


 アロンソは見かねて騒動の中心に踊り出る。


「彼女の言う通りだと思うが?」


 とたん、ガラの悪い連中がたじろぐ。それはアロンソを恐れたのではなく、その実家きぞくの威光ゆえであろうが。


「な、なんだよ、落ちこぼれ! テメーはすっこんでろ!」

「そういうわけにもいかない。俺も一年生達かれらと同じく、輜重部隊に配属されていた。もし本当に不備があったのならば、俺も叱責を受けなければならないからな」

「…………」


 忌々しげな視線に晒されながらも、アロンソはまくし立てていく。


「なんの落ち度もない後輩たちが理不尽な目に遭わされているというのならば、退けないし黙らない」

「そ、そういや見てたぜ、さっきの! たかがオーガにボコられてたよなあ? ギャハハ、だっせーな、オイ」


 次々と不快な哄笑を上げる者らを、アロンソは冷めた目で見つめていた。


「話をそらさないでもらいたい。俺が無様なこととお前たちがミスをおかしたことに因果関係なんてないだろう?」


 ガラの悪い連中が色めき立っていく。あわや流血沙汰まで場のボルテージが高まる、

「――ロニーってば……舌の根も乾かない内にトラブルに首を突っ込むんだから。一銭の得にもならないのに」

 寸前、ドルシネアの登場により、急速に冷えていく。


「許可のない私闘は懲罰ものだよ? 責任の所在を探るより、今回の失態を挽回するために腕を磨いたほうが建設的じゃない?」


 ドルシネアがなだめるようにガラの悪い連中へと語りかけた。


「――あ! いたいた、パイセン! どしたん? また事件に巻き込まれてんの?」


 続いて、サンチャが顔を出す。先ほどと打って変わり、目を輝かせて近付いてきた。


「この人ら、なんなん? メッチャ感じワルくね? こりゃモテないわー」


 わざとらしくガラの悪い連中を流し見て、せせら笑う。


 旗色の悪さを感じ取ったらしく、ガラの悪い連中が一斉に踵を返す。


「……チッ、やってらんねーわ。白けた」

「二年生不動のエース様に、堕ちた神童ちゃん。お貴族様は女の影に隠れて……まったく、いいご身分だよなあ」

「しゃしゃりやがって。ザコのくせに英雄気取りかよ」


 口々に毒づく背中を見送ってからアロンソはおさげ髪の少女に向き直る。


「災難だったな。ケガはないか?」


 おさげ髪の少女がうつむいて口ごもっている。


「え、と……あの――」

「そ、それじゃ失礼するっス!」


 そばかす少女がおさげ髪の少女を手を引き、逃げるようにこの場を立ち去っていく。


「大丈夫っスか!? あの先輩になんかされてないっスか?」


 そばかす少女がおさげ髪の少女に耳打ちしていた。声をひそめたつもりなのだろうが、間が抜けているのか、アロンソの耳にも届いてしまっている。

 そばかす少女の中では、アロンソもタチの悪い先輩に含まれているようだ。おそらくアロンソのウワサを事前に聞いていたのだろう。


 アロンソは訓練校に入学して以降、先ほどのようなトラブルにたびたびクチバシをはさんできた。

 あくまで正論で説き伏せたつもりなのだが、掣肘された相手としては【神器】を持たない半端者にやり込められた事実は面白くない。


 とはいえ、高位貴族の令息に直接危害を加えることはできないので、陰湿な嫌がらせを仕掛けられた。たとえば、ありもしない悪評を流されるなど。


「う、うん。大丈夫だよ。むしろ――」

 強引に引っぱられながら、おさげ髪の少女がチラチラこちらを振り返っていたものの、ついに物陰へと姿を消してしまう。


 取り残されたアロンソは自嘲する。


「はは、どこまでも道化にしかなれないな、俺は……」


 助けたつもりなのに感謝もされない。

 そもそも、まともに誰かを助けることもできない。


「アイツら、助けてもらっといて……いっぺんシメとく? 手ェ貸すよ!」


 怒りに打ち震えるサンチャへと、アロンソは首を横に振る。


「気にしなくていいよ」


 鬱屈とした思いに囚われていると、ドルシネアが一歩前に進み出てきた。


「言わせたいひとには言わせておけばいい。あたしはちゃんと知っているから。ロニーが不器用なお人好しだってことを」


 アロンソの目をまっすぐ見据えて、やわらかく微笑む。


「あたしはいつでもあなたの味方。困ったことがあったら相談してね。自力で解決しようとなんかしなくていい。どうか無理をしないで。ありのままのあなたでいて。そうであれば・・・・・・、あたしもあたしのままでいられる」


 ささやかれる諦めの誘惑。それが甘やかなだけのモノではないことを、アロンソはよく知っていた。

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