第13話 殺人
狙い通り、テオルスが話に乗ってくる。
「ああ、君も見たのですか。じつに興味深いですよねえ。『快』と『不快』のふたつが人間の獲得する原初の感情だとされていますが……魂やどらぬ肉塊でさえも、その手の反応を示したのですから」
「……どういう意味だ?」
「いえね。人間の技術では肉体を再現できても魂だけはどうしても複製できませんでした。魂そのものの錬成は神域の御業ゆえに。だからこそ失敗作は短時間で機能を停止という訳です。
ならばどうやってイザベルを創造できたのか、疑問をお持ちでしょう? ――その答えがコレです」
テオルスが服の袖をまくり上げ、左腕をさらした。生身とは思えない硬質な地肌。いや、そもそも生身ではない。
「僕の霊力を喰らって稼働する義手です。この内部には魔族の肉片が格納されています。通常、人間が魔力を取り込もうとすれば、逆に取り込まれてしまう。ところが、この手法で間接的に魔力と接続すれば、魔族化のリスクなく疑似的な魔術行使を可能とするのですよ!」
アロンソは演技も忘れて息を呑む。
「そして既存の魂への干渉を可能とする青属性魔術によってイザベルの肉体に赤の他人の魂を定着させた次第……ちょうど肉体を失った魂が近くにありましたからね」
錯覚だろうか。言い終えた瞬間、この人非人の横顔に寂寥じみた陰りが差したような……。
「余談ですが、義手の製作法と青魔術を何者から教わったのかといえば……なんと魔族自身からなのですよ! 人体錬成の技術提供を条件にね」
ならば、この男は文字通り悪魔との取引に応じたことになる。アロンソはもはや同じ人間と認識できなくなった。魔族よりもおぞましい。
「魔族がわざわざ人体を複製して何の意味があるというのか……イカレた雌蛇め! 僕を利用しているつもりだろうが、僕のほうこそ出し抜いてやる! いずれ、あの緩みきった笑顔を剥ぎ取ってやるさ!」
テオルスが発狂するように騒ぎ立てたかと思いきや、ひと息ついて常の冷静さを取り戻す。
「失敬。ともあれ、僕は悲願を成就させました――結果として、別派閥の魔族にちょっかいをかけられてしまいましたがね。あれは痛恨でした。せっかくかき集めて隷属させた魔族を多数、地上へ逃がす羽目になりましたから。手元にもっと戦力を残せていれば、君たちの介入より速く、イザベルの最終実戦稼働試験を済ませられたものを……」
つまり試験と称してイザベルをなぶり殺しにさせるつもりだったと。つくづく拙速に行動して正解だった、とアロンソはあらためて思う。
また、市内に魔族が出現した事件もテオルスが原因だと確定した。
今まで黙していたイザベルがおもむろにテオルスへ話しかける。
「ご期待に沿えなかったこと、申し訳なく思っております」
テオルスがうろんげにイザベルを見やる。
「……まあモノに当たっても仕方ありません。ここは人間らしく建設的かつ合理的に次善の手を――」
「しかし貴方は本当に人間らしく生きておいでですか?」
「……は?」
テオルスの表情が凍りついた。
「私は彼らから『人間は喜びも悲しみも分かち合うものだ』と学びました……ですが、貴方は違います。どこまでも一人芝居、誰とも何も共有しようとなさらない」
イザベルがテオルスにそっと手を差し出す。こんな外道相手にも慈愛を示すかのように。
「教えてください。どうすれば私は真の意味で貴方のお役に立てますか、お父さま?」
そう呼ばれた途端、テオルスが目を血走らせる。
「だまれェえええエエエエエ!」
喉も張り裂けよとばかりの大絶叫。さきほどからずっと躁鬱の転換が激しかったものの、この反応は極めつけだった。
「貴様は僕の娘じゃない! 断じてあの子ではあり得ないんだよ!」
意味の分からないことを口走っていた。イザベルの指摘通り、この男には本質的に対話の意思がないのだろう。
「ようやく! ようやくここまで来たんだ! だれにも復讐のジャマをさせてなるものか!」
テオルスが周囲を見渡し、最も手近にいたサンチャへと近付いていく。
「――さて、お喋りはここまで。そろそろ君たちの処分について勘案するといたしましょう……うん、青魔術で魂を改変してしまうのがよいですね。
隷属化の強制力は黒魔術の呪いや【縛戒】の比ではない。心を別人に入れ替えるようなもの。口封じどころか、従順な手駒へと変えることができる。
肉体を傷付ける訳ではないので周囲にバレる心配もないですし」
サンチャが芋虫のように地を這って逃げようとする。
「イヤ……! 助けてっ!」
涙ぐんで、しきりにアロンソの名を呼んでいた。テオルスの狂気に呑まれてしまっているようだ。
大切な先輩の命だけでなく、大事な後輩の心をも奪おうとしている。アロンソは怒りを通り越し、鉄面皮に至っていた。
「そうだ! 生徒たち全員、隷属化してしまえばいい! 戦争の道具に余計な意思など不要なのだから……スティードの脳筋は反対しそうですが」
アロンソは事を起こす。すでに【縛戒】を成立せしめる因果を切断して自由を取り戻していた。
その事実に気付くことなく、テオルスがサンチャの背に手を伸ばす。
「なげかわしい、くだらない……彼女とあの子のいない世界自体が間違――え?」
アロンソは振り返ったテオルスの顎を殴り抜く。
テオルスがたたらを踏んで地に伏した。
「こんなやつ相手でも……イヤな感触だな」
アロンソはみずからの拳を眺めやる。やけにジンジンと痛んだ。
昏倒したらしく、テオルスがそれきり動き出すことはなかった。手加減したとはいえ、戦闘系の【天職】持ちの攻撃に耐えれようハズもない。
アロンソは念のため背嚢から縄を取り出しテオルスを拘束する。
サンチャたちのもとへ駆け寄り、彼女らにかけられた【縛戒】を解除した。
「この男が目覚めないうちに退散しましょう」
アロンソはふたりを促して歩き出した。身柄をしかるべきところに引き渡すことも考えたが、背負っている間に起き出され暴れられても面倒だ。
サンチャが黙って先行していく。
「……お父さま」
イザベルが名残惜しげにテオルスから目をそらした。
ちょうどアロンソがテオルスの横を通り過ぎようと、
「――ふざけるなああああアアアアアァァァッ!」
したとき、赤い糸がサンチャの背へ伸びていることに気付く。
錬金術師の手妻を侮っていたらしい。テオルスがすぐさま覚醒して縄をほどき、懐から取り出した拳銃をサンチャに向けていた。引き金に指をかけ、今にも撃ちはなたんとしている。
察知するのが遅すぎた。サンチャに警告する余裕はない。
アロンソは仲間を失うかもしれない恐怖に動転してしまう。そして隣にはその元凶がいた。
反射的に斬閃を放ち、テオルスの首を刎ねていた。
血飛沫が噴水のごとく吹き上がる。倒れ込んだ首の先から赤黒い染みがにじみ広がっていくさまは、破損したワイン樽を連想させた。
アロンソは返り血にまみれて愕然となる。生まれて初めて人を殺した。
テオルスが不快な繰り言をつづけることは、もうない。