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天眼のソードダンサー  作者: 大中英夫
第3章 錬装重兵の受難編
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第12話 テオルス

 屍兵たちが糸の切れた人形のようにくずおれていく。それきり、耳に痛い静寂があたりを覆いつくした。


「……どうして」


 イザベルが静けさを破った。


「なぜ、こんなバカな真似を! さきほどお伝えしたでしょう! 私は替えの利く実験サンプルに過ぎないと! 人間あなたたちとは違う! そんなモノのために命をかけるなど――」

「バカなのは先輩のほうです。まさかサンチャ以上の大馬鹿者がこの世に実在するとは……」

「パイセン、しれっとウチをディスるのやめろ」


 アロンソはイザベルの目元にたまった涙をぬぐう。


「俺たちのためを想って泣くような方が人間以外のなんだというのですか」

「ウチ、バカだからさ……ムズかしーコトは分かんないけど、王女サマのことなんて知んね。仲間ツレと認めてんのはベルっちパイセンなんよ」

「以前おっしゃってましたよね。そのままお返しします。みずからを卑下なさらないでください。消えてもいいんだ、なんて簡単に……そんなの俺たちのほうが耐えられません」


 イザベルがアロンソを見上げ、声を震わせる。 


「わた、私は! 生き、るに満たない……存在で! なにかを……だれかを求め、る資格な……んかな、い――」

 つっかえつっかえ言葉を紡いだ。やがて堰を切ったように心中を吐露していく。

「――というのに! 不覚にも、生きてみたいと思った!」


 アロンソにすがりつき、その胸板を何度も叩く。


「どうして、くれるんですかっ! 貴方たちに変えられてしまった! さびしいも! かなしいも! つらいも! なにも知らなかったのに!」


 アロンソは丁寧な所作でその腕を捕まえる。


「それは失礼しました。ならば責任をとって、これからも分かち合わないといけませんね――さあ、ともに帰りましょう」


 イザベルがようやく頷いてくれる、

「――させると思いますか?」

 のを陰鬱な声が妨げた。


 アロンソが弾かれたように振り返った先、一連の首謀者テオルスが来た道をふさいでいる。嫌味たらしく頭髪をかき上げた。


「十分な知見データをとれた以上、イザベルソレはもう用済みです。複製先が複製先なだけに、権力争いに利用されても面倒ですから。さっさと処分しよう――とした矢先、とんだ横槍が入ったものですね」


 アロンソはテオルスに抜剣のような眼光を叩きつける。


「教官のほうこそ、とんでもないことをしでかしてくれましたね。このことは報告させていただきます」


 かならずや司法の裁きを受けさせる。そんなアロンソの決意を前にしても、テオルスが揺らぐことはない。


「どうぞご随意に……よく考えてご覧なさい。これだけの実験を独断で実行できるとでも? 訓練校の上層部はおろか、この都市の権力者層への根回しも済んでいます。僕を咎められる者などいません。

 そもそも、いかなる罪状があるというのでしょう。誓って僕はだれも傷付けてはいませんよ。作ったモノをどう扱おうが、所有者の自由では?」


 イザベルらをたんなる道具扱いする物言い。アロンソは殺意に近い怒りを抱いた。


「むしろ人類の勝利に貢献していると言えるでしょう! いくども失敗を重ね、ようやく成功に導いた! イザベルソレの製作ノウハウを活かせば第二第三の人造【申し子】を生み出せる!」


 テオルスが己が功績を声高に叫んでいた。自分に酔っているとしか思えない。サンチャが侮蔑もあらわに吐き捨てる。


「この、クズ……っ!」

「なんとでも呼びなさい。魔族どもはすでに人類の版図の、じつに四割を侵略済みなのです。占領された土地の霊脈は穢されてしまっている。このまま手をこまねいてはこの世すべて魔に染まるでしょう。

 当然そこに我々の居場所は存在しません。倫理や人道などというものは平和の副産物にすぎない。手段を選ぶ余裕など、とうに消え去っている」


 アロンソは対話の無為を悟った。女性陣を引き連れ、テオルスの横を通り過ぎる、

「――だから、させませんよ」

 直前、石になったかのように全身が動かなくなってしまった。ぎこちなく関節を軋ませ首を傾けると、女性陣も同様に固まっているのを確認できた。


「僕はイザベルソレと違って純然たる錬金術師です。丸腰で戦闘系の【申し子】を相手にするなど、とてもではないが不可能――だからこそ、小細工を弄しておきました。あらかじめ君たちの足元に【縛戒】の術式を施しておいたのです。隠形の術式を重ね合わせる形で、ね」


 己の勝利を確信してか、テオルスが饒舌に種明かししていく。


「発動条件は『一定時間、この場に滞在すること』。その効果はご覧の通り『身動きを封じる』。【縛戒】は相手に特定の行動をさせなければならない面倒な法術ですが、そのぶん効果は絶大だ。それゆえ罪人の自由を制限する時などに用いられるのですし」


 この【縛戒】には指ひとつ動かせなくするほどの強制力はない。発動条件がやや緩いからだろう。アロンソはうつ伏せに倒れ込みながら反撃の機をうかがう。緩慢な動作で懐の短剣をつかんだ。


「クローンたちの死に顔を直視したことがあるのか! 彼らはみな苦悶の色を浮かべていた! 貴様の都合で生み出され! 死すら弄んだ! だというのに! すこしも悪いとは思わないのか!?」


 わざと激昂してみせ、テオルスの油断をさそう。

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