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天眼のソードダンサー  作者: 大中英夫
第3章 錬装重兵の受難編
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第11話 ホムンクルス

 心中の動揺をおさえ、アロンソたちは複雑にうねりくねる道を突き進む。ときおり枝分かれが見えた場合は、過去に通行された回数いんがの多い方角を選んだ。


 ふいに水道が途切れ、円筒状の吹き抜けが姿を現す。


 アロンソたちは壁面のハシゴを伝い、かつて浄水槽だったとおぼしき空洞の床に降り立った。


「な、んだ……これは!?」


 そこに待ち受けていたのは目を疑うような光景。汚水の錬成をうながす法術祭具に代わり、縦長の水槽がいくつも配置されている。その内側には――

「ひ、人が! プカプカ浮かんでっ!」


 動転のあまり、サンチャの声が裏返っていた。


 液体に漬けられた者たちの性別や年齢はまちまちだが、いずれもその目に生気がない。微動だにせず、水槽上部から伸びる管を全身に通された姿は標本かなにかにしか見えなかった。


 それだけではない。空洞の端に死体がうずたかく積み上げられている。


「ネーア……?」


 アロンソの視線の先、ドルシネアが苦しげに事切れていた。虚空へと手を伸ばしたまま硬直するさまは痛ましいのひとこと。


「あ、コイツ! ガッコで見たことあるし! ソイツも!」


 サンチャが次々と指差していく屍の顔にはアロンソも見覚えがあった。訓練校の生徒たちだ。


「なにがどうなってる……なんなんだ、ここは!?」


 絶叫じみたアロンソの問いに答える者はいなかった。


          ★ ★ ★


 取り返しのつかないモノを目撃してしまった。もう後戻りはできない。アロンソたちは怖気を誤魔化すように先を急ぐ。


 浄水槽から反対に伸びる水道へ。さらに奥へ奥へと。


 しばらく走ると、発砲音・・・と怒号やうめきの多重奏が耳に届いた。


「――先輩!」


 駆け込むや否や、探し求めた人物の姿が目に映る。


 水道の終端。潰された排水口の手前に位置する水量調節弁。それを備えた貯水槽。広場の中心でイザベルが魔族どもと交戦していた。


 イザベルがサンチャたちを視界におさめて括目する。


「おふたりとも! どうやって……どうして来てしまったのですか!?」


 長期戦を強いられたのだろう。全身キズだらけだった。


「はやく! はやく逃げてください!」


 アロンソたちはイザベルのそばに駆け寄り、付近の魔族どもを威嚇する。


「先輩はこの期に及んでっ……引く気はありませんよ!」

「そそ。帰んならベルっちパイセンも一緒じゃねーと!」


 アロンソたちの強情な姿勢を受け、イザベルがわずかに面を伏せる。


「私が胸襟を開かねば、ご納得いただけないようですね……分かりました。もろもろの事情についてご説明いたします」


 顔を上げ、一連の謎について開示していく。


「アロンソくんは気付いていたようですが、私は王女殿下ご本人ではありません。かの御方の肉体の一部から錬成された人造生命ホムンクルス――王女殿下の複製体クローンです」


          ★ ★ ★


「ご存知の通り【天職】を授かる対象は無作為に選ばれます。血筋に関係なく。親が【申し子】でも、子がそうなるとは限りません。それすなわち、魔族への対抗戦力を効率的に量産できないということ。

 お師匠さまは運否天賦に任せる現状を打開したいとお考えになりました。そこで『すでに【天職】を持つ人間と同一個体を創造すれば、その個体も【天職】を手に入れられるのではないか』という仮説をもとに研究を開始なさいました」


 イザベルが自分の胸に手を当てる。


「そうして生み出された唯一の成功体が私です」

「…………」


 アロンソは絶句した。死体の正体について得心がいった。それはなんと冒涜的な試みだろうか。命を玩弄している。


「たとえ王族であろうとも【申し子】であれば徴兵義務が生じてしまう。お師匠さまはそれを厭う王女殿下と交渉なさいました。体の一部を提供してくだされば徴兵を免除するよう掛け合わせていただく、と」


 アロンソは安穏と暮らしているだろう第三王女へ筋違いな怒りを抱く。


「これからもご本人オリジナルがご健在であらせられるのですから。偽物わたしが消えたところで不都合は――」

「「あります(ありまくりだし)!」」


 アロンソはサンチャと声をそろえてイザベルの言を封じた。


 イザベルが二の句を継げないでいるうち、アロンソたちは動き出す。


「積もる話もあるが、まずはこいつらを片付けようか」

「うし! 後ろは任せとけっ!」


 魔族どものもとへ疾駆する間際、アロンソはイザベルを一瞥する。


「この数をさばききれる自信がありません。助けてください」


 言い置いて、魔族どもの輪に飛び込んだ。【天眼】を全力で稼働させ、法術剣と靴の仕込み刃を存分に閃かせる。


 サンチャがアロンソの負傷を癒し、敵を音波で仕留めていく。


 しかし敵の数がいっこうに減らない。群れの最奥に陣取ってコソコソと仕込んでいる魔族のせいだ。


 中級魔族屍操髑髏ネクローニアシス種。ボロ切れのような外套を纏う人型の骸骨がケタケタとアゴを鳴らして魔術の詠唱を行う。青属性の忌力により仲間の亡骸に残留した魂をこの場に繋ぎとめ、屍兵へと作り替えた。


 アロンソたちがいくら奮戦しようと、殺した端から再生されるのでキリがない。肉体が欠損すれば、足りない部位を他の屍から補填しだす。ツギハギだらけのありさまは戯画的で生理的嫌悪を呼び起こした。

 骸骨と屍兵をつなぐ赤い糸――屍操魔術を成立させている因果を断ち切ったところで、次から次に襲いくる敵に邪魔され、パスを繋ぎ直されてしまう。


 いつしか形勢が敵側へ傾いた。術者本体を狙い討とうにも肉壁にさえぎられ、いたずらに消耗するばかり。


 そこへと、天秤を逆転せしめる攻撃が放たれた。イザベルが拳銃を縦横無尽に並べて掃射していく。


 アロンソは微笑する。こちらの思惑を呑み込めないとしても、仲間の窮地を見過ごす彼女ではないと信じていた。


 砲撃と弾幕により、骸骨を守る陣形に穴が空く。アロンソはサンチャから身体強化を受け、そこへと颶風と化して駆ける。


 中級魔族といえど、接近戦に持ち込んでしまえば後衛など恐るるに足りない。全身を包む白属性の障壁ごと、その頭蓋骨を切り飛ばし、つづく回し蹴りで木端に砕いた。

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