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天眼のソードダンサー  作者: 大中英夫
第3章 錬装重兵の受難編
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第10話 地下水道

 学術区画以外、といっても市内はそれなりに広い。総当たりするのは愚か。


 そこでアロンソたちは人目につかない、人気のない場所にしぼり捜索していく――過程で当たり・・・を引いた。


 学術都市の開発は当初かなり雑だった。街が手狭になると既存の外壁を壊して新たな外壁を建造、外周部を拡張する。そういう工程を無計画に繰り返したものだからハンパな面積を持てあます箇所が死角のように点在していた。


 そのうちのひとつ。周囲の建築物の影へ隠れるような余りの敷地に、倉庫らしき物件が建っている。


 アロンソはそこをするどく見据える。


「これほど手狭では、たいした収容量も見込めないだろう。なにより――」

 人間の生活圏というものは因果にあふれている。暮らしの過程でさまざまな行動の原因と結果を生み落としていくからだ。

 当たり前だが、変化の少ない場所ほど因果の糸の数も少ない。

 だというのに、この物件の扉にはだれかが出入りした過去の痕跡いとが驚くほど頻繁に残されている。加えて、建物全体と扉の南京錠に硬化の法術が込められていた。ただの物置にしては厳重すぎる。


「それだけでは根拠としては弱いが……」


 アロンソは無断侵入を決意する。サンチャが苦笑いを浮かべる。


「これでハズレだったらウチら立派なハンザイシャだし……」

「そのときは所有者へ真摯に謝罪させていただくし、なんだったら実家に仲裁してもらうさ」


 アロンソはイザベルに与えられた法術剣を鞘から解き放つ。地下の霊脈から南京錠内部の術式へと伸びる赤い糸を裂いた。

 霊力の供給を断たれ、硬化の解除された南京錠をひと振りで斬割する。


 室内に踏み入り、周囲を見渡した。積み上げられたタルや木箱をどかしている内、床のひと隅に不自然な因果いとを見出す。

 迷わず断ち切るや、床の材質がひとりでに流動して四辺を囲むスリットが浮き出てくる。


「……隠し扉か。どうやら物質を変形させる風属性法術で扉の継ぎ目を埋めていたらしい」

「こりゃクロっしょ。警吏ポリのお世話にならんでよかったわー」


 アロンソたちは奥に伸びた階段をくだっていく。石造りの足場を叩く音がやけに大きく反響した。秘された入り口から続く空間、その内実は――

「旧地下水道か」


 階段の先に広がったのは、流水の通り道を中心に据える空洞だった。干からびて久しいらしく、水道の石畳がむき出しになっていた。

 都市の開発と区画整理にともない、地下水道の一部が破棄されることもあったと聞く。ここは発展の途上で見捨てられた亡骸はいきょか。


「それにしてはおかしい。死んだ施設にわざわざ光源を用意するなんて」


 アロンソたちは水道の脇に設けられた人間用の通路を進んでいく。等間隔に設置された街灯型の法術祭具のおかげで足取りに不自由はなかった。

 行く先がたびたび上下左右に曲がりくねる。ところどころに争ったような形跡が見受けられた。


 その原因とおぼしき存在がアロンソたちの前に姿を現す。


「ハア!? ……な、なんでここに魔族が!?」


 サンチャが悲鳴に近い叫びをあげた。  


「ここに住み着いた奴らが地上に抜け出した。それがあの事件の真相か?」


 アロンソは剣尖を魔族どもに向ける。


「サンチャ、やれるな?」

「~~っ! あーもう、やるしかねージャン!」


 サンチャがヤケ気味に楽器フィドルを構えた。


 そこそこ手慣れてきた連携で下級魔族の集団を蹴散らしていく。アロンソはあちこち跳びはねて翻弄し剣舞のサビにしていった。


 その合間を縫ってサンチャが音波を撃ち放つ。アロンソの手が及ばない位置の敵を精妙に狙いすまし、アロンソを物量で押し潰さんとする突撃陣を豪快に粉砕し、魔族どもを寄せつけない。


 アロンソは赤い糸の行方を確かめ、サンチャに指示を飛ばす。


「北東微北より射撃! 横に走れ!」


 サンチャがアロンソの言うとおり駆け出す。後衛ゆえか、やや動きにキレがない。


 直後、魔術と刃翼がサンチャの元いた場所に着弾した。剥がれた天井の隙間に身を隠していた二体の魔族がくやしげにうめく。


 アロンソは深く腰を落として跳躍、天井に空いた穴をくぐって裏側に着地する。魔術の詠唱より迅く、刃翼射出の体勢を整える猶予を与えず、二体の首を切り落とした。


 サンチャが冷や汗をダラダラ流す。


「ヤッべー……漏れそう」


 悔しいが、アロンソの実力では乱戦中にサンチャをカバーしきれない。今のように伏兵の攻撃を許してしまう。

 そこで事前に取り決めを交わしていた。羅針方位をもとに――サンチャの正面を『北方位』と仮定した上で――どこから危機が迫りつつあるのかを過不足なく端的に伝えられるよう訓練を続けている。


 因果の糸をサンチャにも見せてやれないのがもどかしい。アロンソがサンチャへと伸びる糸を認識してから、それを彼女に知らせるという工程をはさむため、どうしてもラグが生じてしまう。


 あやうい局面をしのいだ末、戦闘が大過なく終結した。


「今の連中……妙だったとは思わないか?」


 アロンソは剣を鞘におさめながらサンチャに問いかける。


「んー、言われてみっと……なんか下級魔族にしちゃ手強かったよね」

「ああ、奴らは軍団・・だった。ひとつ意志のもと、統率された兵隊……【魔侯】の支配下にないはぐれ・・・風情が数を揃えての突撃や伏兵を仕込むなんて連携できるわけもない。

 そもそも俺たちが来る前から奴らはここにいたはず。頭上にたくさんの人間がいるのに我慢し、来るかどうかも分からない人間を待ち受けるなんて芸当できると思うか?」

「ありえないねー」

「俺の個人的な印象では、奴らは侵入者を排除する歩哨をになわされていたように感じた」

「え!? ……ってコトはつまり――」

「何者かが人為的に奴らを飼い・・ならしている可能性がある」


 あんぐり大口を開けるサンチャに、アロンソは重々しく頷いた。

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