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天眼のソードダンサー  作者: 大中英夫
第3章 錬装重兵の受難編
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第9話 捜査

 一行は気まずい沈黙に包まれながら帰路についている。


 仮面をつけ直した横顔が詮索を拒むかたくなさに満ちていた。


 アロンソは負い目から疑問を押し殺していた。


 そういう時間ほど早く過ぎてしまうもので、あっという間に都市へ戻ってきてしまう。


「……おふたりがご無事でよかった」


 関門を通過しながらイザベルがポツリと切り出した。


「逆であったのなら私は私自身を許せなかった。我が身可愛さなど持ってはいけない――というのに未練ですね……」


 しみじみと呟く姿がアロンソの胸に張り裂けんばかりの哀切を呼び起こす。


「今度こそ本当にお別れです!」


 イザベルが明るい口調でそう言った。その内心がいかなるものか、すべて仮面で隠してしまっている。


 こちらばかり案じるクセに自分自身を省みない、そのありよう。アロンソは歯がゆさにいてもたってもいられず、イザベルに手を伸ばそうと、

「――困りますね」

 するのを第三者に縫い止められた。


「おと――お師匠さま」


 イザベルが声をかけてきた人物――教官テオルスを目にして凍りつく。ぎこちない足取りでテオルスの待ち受ける場所まで歩を進めた。


 テオルスが仰々しく嘆息する。


「僕の言いつけを破ったこと。なにか申し開きはありますか?」


 表面上は冷静な口ぶり――どころか、極寒まで冷え切っており弟子への愛情など露ほどもうかがえない。


 仲間をそんな視線にさらさせてなるものか、とアロンソはイザベルを庇ってテオルスの眼前に躍り出る。


「教官、お叱りを受けるべきは俺です。イザベル先輩へ無理に頼み込んで同行させていただ――」

「君には聞いていません。黙っていてもらえますか」


 テオルスがにべもなく切り捨てた。それでもなおアロンソは引かない。

 なんの光も宿さない虚ろな視線と決然たる眼光。


「アロンソくん、大丈夫です。下がっていてください」


 両者の交錯を遮るようにイザベルが口を挟んだ。


「お師匠さま、弁解の余地もございません。責はすべて私にあります。どのような罰でもお受けいたします」

「ふむそうですか……予定を前倒し・・・にするしかありませんね」


 テオルスの言葉に不吉さを覚え、アロンソは身震いした。


「ついてきなさい」


 ひとことだけ言い置くとテオルスがアッサリ踵を返してしまう。


「先輩――っ!」


 アロンソは黙って追随するイザベルの背を呼び止める。


 しかしイザベルが振り返ってくれることは、今度こそなかった。


「~~~~っ!」


 アロンソはイザベルの消えた雑踏を睨みつけ、砕かんばかりに歯を食いしばる。キツく握りしめた手からポタポタ血が垂れ、地面にいびつなまだら模様を描いた。


「パイセン……」


 サンチャが気遣わしげに近寄ってきた。


 アロンソは怒りを鎮めるべく重く深く息を吐き出す。


「どうすんの? ベルっちパイセンのこと、このままほっとけないし」

「ああそうだな。とはいえ俺たちはなにも知らないし分からない。先輩の事情も、教官との関係性も……だからこそ、そちらから攻めるべきだ」


 今のままでは胸を張ってイザベルの前に立てない。彼女を説得できるだけの材料が不足している。


「つまりセンニューチョーサでもやろうっての?」

「そうだ、諸々について調べ上げよう――手伝ってくれるな?」

「ニシシ、トーゼン! ……なんかテンション、アガってきたわ。だって密偵スパイゴッコなんてやる機会があると思わねージャン!」

「バカ。遊び半分でいるな」


 アロンソは浮ついたサンチャを軽くたしなめる。彼女が深刻に思いつめそうな自分のため、わざとおどけてくれたことには気付いていた。


          ★ ★ ★


 あれ以降、イザベルが完全に消息を絶ってしまう。校内で聞き込みをしてみても一向に目撃情報を得られない。

 そこでアロンソたちは別の方向テオルスから調査しようと決めた。


「シンプルにテオルスセンセの後をつけてみるってのは?」

「いや無謀だな。たしかに【天眼】を使えば教官の足跡を辿ること自体はカンタン――だが、俺に尾行の技術はないし、お前も土属性法術の行使は苦手だろ?」


 サンチャがコクリと頷く。


「あー、ケハイシャダンとかはデキないね」

「すぐにバレて教官の警戒心も高まるだろう。ひとすじの手がかりさえ失ってしまうかもしれない」

「ガァー! 八方塞がりじゃんか!」

「そう結論を急ぐな。まだ手はあるぞ。教官は錬金術師だ。その本分は未知の究明。自身の研究室ナワバリに先輩へ繋がる何かヒントを隠している可能性がある」

「うっし、そんなら研究棟に殴り込むっきゃねーべ!」


 かくしてアロンソたちはそれぞれ動き出した。


 アロンソは率先して錬金術師たちの手伝いを申し出て研究棟を探索する口実を得る。押しつけられた雑用をほっぽり出し、テオルスの目を盗んで彼の研究室に忍びこんだ。研究内容を盗まれないためか、巧妙に仕掛けられたトラップを【天眼】で回避し、墓暴きもかくやと書類や資料を読み漁る。


 また、研究棟内をくまなく歩き回り、あやしい痕跡いんがが残されていないか【天眼】を配った。それでもなお――

「見つからない!」


 アロンソは吐き捨てた。研究棟を脱し、別行動のサンチャと合流している。


「ね、聞いてよ! あの老錬金術師エロジジイ! ウチをヤラしい目でジロジロ見てきた挙げ句、実験と称してセクハラかましてきたンよ!

 おもわず手ェ出しちゃったけど、『ぐぬぉー! このじゃじゃ馬め……だがそれがいい!』とか言い出して、ますます気に入られちゃって! ヒーコラ言いながら逃げ出してきたし!」

「すまない。お前には陽動として人目を引くよう振る舞ってもらっていたが、予想以上に負担をかけたようだな」

「ホントだし! 今度なんかオゴってもらわんと割に合わねー!」

「わかったわかった」


 アロンソはグチるサンチャをなだめてから思案顔で呟く。


「どうしても立ち入れない場所があった。俺の知識では理解不能な情報、あるいは特殊な符丁を用いて暗号化された文面にこそ答えがあったのかもしれない……やはり色々と準備不足がたたっているな。とはいえ――」

 だれかの手を借りるような時間はない。遅きに失すれば、全てが水泡に帰す。言い知れぬ予感に突き動かされていた。


 しかし焦りがつのるばかりで進展の糸口が見えてこない。近くの壁にもたれかかり、八つ当たりを承知で拳を叩きつける。


(――「奮戦を期待しています。一刻も早く事態を収束していただきたい。そのほうが僕にとっても都合がいい・・・・・」――)


 腕に伝わる痺れがキッカケになったのか、アロンソはふとテオルスの言葉を思い出していた。勢いよく壁から背を放す。


「俺たちは思い違いをしていたのかもしれない……!」

「ど、どういうコト!?」


 サンチャが戸惑うように訊ねてきた。


「錬金術師がなにかを画策するなら研究棟の内部……そんな先入観に囚われていた! 覚えているか? このまえ魔族どもが市内に現れた事件を」

「も、モチ! なんか、いまだにセンニューケーロ分かってないんしょ」

「あのとき教官は俺に言った! 市内・・に魔族どもが現れている状況は自分にとって都合が悪いと!」


 どんな経緯があったのかは不明だ。しかしテオルスの秘密があの騒動の原因であったのだとすれば――

「問題の渦中は、学術区画の外だ!」

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