第8話 イザベルの素顔
イザベルの旅に同行するにあたり、奇妙な条件を付けられてから何度か夜を越えた。
そして本日の早朝、一行は市の関門で待ち合わせて合流した。
「今回は遠出というほどではありません。この都市の水源となっている河川の付近での採取になります。わざわざ馬車を使うまでもありませんし、歩いて向かいましょう」
川水を引き込む巨大な給水口は地下水道に繋がっており、市内全域へと行き渡る仕組みだ。一行はそこから川の上流へとさかのぼっていく。
数時間も経たぬうち、のどかな平原から峡谷地帯へと景色が移り変わる。
「――さて、ここからは定期的な巡回と間引きが行われていません。魔族の強襲に備える必要があります」
イザベルが立ち止まってアロンソとサンチャに呼びかける。
「そこで、おふたりにお渡ししたいものがあります」
おもむろに背嚢の中身を漁り、複数の法術祭具を取り出した。
「アロンソくんの使う、見慣れぬ武術は蹴り技も多用されるご様子。そこでこの具足を装備していただきたい。霊力を込めると風属性法術が発動しバネ仕掛けで仕込みの刃が靴先とカカトから飛び出る仕組みになっています」
アロンソは防具とも武器ともつかぬモノを見やり、目が点になる。
「続いて、この剣を。強度の向上のみならず、強酸などへの耐性も付与してあります。重心の位置や重さ、刀身の長さは普段お使いのモノとさして変わりませんので使い心地はよいかと」
中途半端に差し出した両腕に具足と剣を託される。
「最後に、これらはおふたりともに。サンチャさんは土属性の扱いが苦手とのことでしたので、身体硬化の術式を刻んでおきました」
サンチャが似たような顔で頸甲代わりの分厚い首輪を受け取る。
「あー、だからウチらのカラダを採寸させろって言ってきたワケね」
「これは先輩が作ってくださったのですか!?」
「ええ。とはいえ私は鍛冶師でも細工師でもないので、貴方たちのサイズに合った装備を見繕って多少の改造を施したにすぎませんが」
アロンソとサンチャのパーティに欠けた部分を埋める道具をわざわざ用意してくれたようだ。
「……ありがとうございます。装備自体の代金と工賃をお支払――」
「結構です。ドレスのお返しですから」
そう言われてしまえば、アロンソも口をつぐまざるを得ない。いささか頂きすぎな気もするが、好意を無下にするのもためらわれる。
「でしたら、このお返しは働きで以て!」
「うんうん! ウチらバッチリ役に立ってみせるし!」
アロンソとサンチャは意気に燃えた。
「あはは、期待していますよ」
イザベルが一歩引いたところでふたりの様子を微笑ましく見守っていた。
崖の岩壁に取り囲まれる中、一行は川辺の砂利道を進んでいく。
せせらぎに紛れて、いくつかの魔族の足音が聞こえつつあった。
一行は即席とは思えない連携を発揮していく。
サンチャが【審識吹渡】によって敵の正確な頭数と位置、種族を看破した。
イザベルが砲弾と銃弾により、そこを掃射していく。
遊撃手は討ち漏らした個体を一体ずつ仕留めていった。
「すごく、動きやすい!」
アロンソは戦場に身を置きながらも、心まで軽くなるような爽快さを堪能していた。いざとなればイザベルが【神器】をトーチカへと変貌させサンチャごと守ってくれるので後衛を気にする必要がない。
チョーカーに霊力を込めることで発動した身体硬化が『剣舞術』の負荷をかなり軽減してくれている。
蹴りをめり込ませると同時、突き出た刃が魔族を貫いた。蹴りはとどめへの繋ぎをになうことが多いのだが、この具足のおかげでそれ自体が致命傷を負わせる威力に高められていた。
パズルのように隙間へピタリとハマる感覚。アロンソはイザベルがパーティに必要不可欠な人材であるとの思いを強くする。
「誘ってみよう。そうすれば――」
この胸にわだかまる漠然とした焦燥も消えてくれるはず。
一行の進撃を止められるような相手に遭遇することなく、採取もとどこおりなく完了した。
「これでよし、と……お疲れ様です。帰りましょうか」
「ハアーっ! 今回も疲れたし!」
イザベルの宣言を聞いて気が抜けたのか、サンチャが無警戒に手ごろな岩に腰かけようと、
「――あるぇっ!?」
した瞬間、事件が起こる。突如として岩が溶けたのだ。いや、正体を表したというべきか。ドロドロの粘液と化し、尻餅をついたサンチャを今にも呑み込まんとしている。
「模倣粘獣種か!」
アロンソはするどく叫んだ。周囲の構造物に擬態する性質の魔族。サンチャとて周囲の索敵を怠ってはいなかったが、気配を隠蔽されていたがゆえ見逃したのだろう。
魔族は【神器】を持たない代わり、人間には持ちえない能力を兼ね備える。下級魔族といえど、あなどれない。
アロンソはサンチャのもとへ駆けこもうとする、
「――サンチャさん!」
より速く、イザベルが滑りこんでサンチャを突き飛ばした。あえなくミミックの体内に取り込まれてしまう。
「クッ!」
アロンソは動揺をおさえつつ間近のミミックと向かい合う。たしかに脅威の罠だが、タネが割れてしまえばどうということはない。鋼のような硬さも地を裂くかのごとき剛力も閃光じみた俊敏も持ち合わせていないのだから。
粘体を奥にある核ごと串刺した。
途端ただの液体になって地面へと散らばっていく。
アロンソはイザベルを抱え起こす。
「先輩!」
ミミックの粘液は強酸だ。全身に浴びればタダではすまない。
「ウチがっ! ウチのせいでベルっちパイセンが……っえぅうう!」
サンチャもイザベルにすがりついた。魔族への苦手意識はいまだ治っていないらしい。仲間を窮地に陥れたこと、仲間の窮地を見ているしかできなかったことを悔いるようにハラハラと落涙していた。
「自分を責めるな! 俺のほうこそ油断していた!」
アロンソは忸怩たる思いを抱く。たとえ隠形されていようと【天眼】ならば見抜けたはずなのだ。気配遮断の力そのものを。見通す範囲を制限せず拡大しておけば、こんな事態には陥らなかった。
「た、いじょ……っぷです」
イザベルがむせながら身を起こす。さいわいにしてその身にケガらしいケガは見当たらなかった。
「私自身も身体硬化と各種耐性付与の祭具を装備していますから。この程度で――はっ!?」
顔の違和感に気付き、両手で覆い隠す。留め紐を溶かされ、衝撃で仮面がズレてしまったらしく、イザベルの素顔があらわになっていた。
その顔に見覚えがあったゆえ、アロンソはさらなる衝撃に揺さぶられてしまう。
「王女……殿、下!?」
以前、式典でご尊顔を拝んだことがある。この国の第三王女とまったく同一の容貌であった。