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天眼のソードダンサー  作者: 大中英夫
第3章 錬装重兵の受難編
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第6話 打ち上げ

 何事もなく夜が過ぎた。眠る時でさえ仮面を外さないイザベルのかたくなさには驚かされたが。食事の時も仮面の下からスプーンを差し込む徹底ぶり。


 油断なく下山を済ませた現在、三人は乗合馬車に揺られていた。


「ええ、つまり雷と静電気は同じ力なのです。【鑑定】は、すでに判明している事実、既存の知識をもとにした分析にすぎず。術者の認識を超えた知見を得ることはできません。まったく未知の現象を解き明かすには地道な研究が必要です。だからこそ雷雨の中、かのフランクヴァーン卿が命を賭した実証実験はじつに啓発的でした。具体的な手法としては――」


 道中、すこしは気を許してくれたのか、イザベルがいささか多弁だった。他愛もない雑談から話を広げ、場を講演会に変えていく。


「――このようにして、雷とは雲上におわす神の怒りではなく、自然現象のひとつだと証明されました」


 おそらく、これが彼女の素なのだろう。仮面の裡に素顔も心も隠していようと、その奥に驚くほどの純朴さが見え隠れしていた。弁舌を振るう姿がみずみずしく煌いている。


 アロンソは喜々としてイザベルに質問を投げかける。


「なるほど、興味深い。それでは、落雷の具体的なメカニズムはいかなるものなのでしょうか?」


 学ぶことは好きだ。知識が血肉になっていく感覚は自信つよさを与えてくれる。


 よくぞ聞いてくれたとばかり、イザベルが胸を張る。


「まだまだ解明できていない部分も多いのですが……まず前提として雲というモノは、高度の上昇にともない冷やされた空気中の水分が――」


 辟易とした表情のサンチャを尻目に、ふたりだけの舞台が繰り広げられていく。


「――という訳です。これを静電気に当てはめると――」


 注釈を加えながらの丁寧な説明に、アロンソはしきりに相槌をうつ。


「いつ終わんの、コレ……?」


 サンチャが席に腰かけ、足をプラプラさせつつ途方に暮れたように呟いた。


          ★ ★ ★


 一行は学術都市への帰還を果たした。研究棟に赴き、素材の納品を終える――それでお別れだ。


「おふたりとも、本当にありがとうございました!」


 イザベルがアロンソとサンチャひとりずつ、しっかりと握手していく。手の平に伝わる感触を忘れないようにか、つよく握りしめられた。


「それでは、失礼しますね。おふたりとも、お元気で」


 今生の別離を予感させるようなことを口にすると、イザベルが踵を返した。


 これからもたったひとりで戦い続けるつもりなのだろうか。そしていつか誰にも省みられることなく野垂れ死ぬ。そんな末路が頭の中に浮かんできてアロンソは気が気でない。


 イザベルが通路を行き交う錬金術師たちの雑踏に呑まれる――

「先輩!」


 直前、アロンソはその右手を掴んでいた。その背がビクリと震える。


「……な、なんでしょう?」


 イザベルの声がやや上ずっていた。


 アロンソは顔を強張らせながら言葉を紡ぐ。


「……まだ、遠征を完遂してはおりません」

「……そ、そうだし!」


 遅れてサンチャがイザベルの左手を握った。


「イッチャン肝心なイベントこなさねーでソクサリなんて許さねーかんな!」

「い、イベントですか……?」

「決まってんジャン! 遠征の成功を祝って打ち上げだし! これから繁華区画に出向いてパアーっとハメ外さねーと!」


          ★ ★ ★


「まずは旅の疲れを落としにいくっしょ!」


 サンチャの一声で、一行は公衆浴場に足を運んだ。


 大理石の壁と天井に包まれた浴場。アロンソは生まれたままの姿でモザイクタイルの上を歩いた。並べて配置される木桶のひとつ、そこに溜められた湯へと身を沈める。


「ああ……沁みる、な」


 三助――湯の管理と接客をこなす係員――を呼び、身の垢を擦り落としてもらう。吟遊詩人の演奏を背に、マッサージを施されつつ、木桶の中心に敷かれた板の前について、用意された軽食に舌鼓を打つ。


「――ベルっちパイセン、デッカ! 着やせするタイプだったん!?」


 女性用の浴場からやたらと大きな声が反響しながら届いた。


「サンチャの奴……酒でも飲んだのか?」


 眉をひそめるアロンソをよそに、壁の向こうで女性陣の会話が続いていく。


「どれ、吟味してしんぜよう!」

「あ、ちょ!? やめてください、サンチャさん!」

「おおう……! この感覚、たまんねーし!」

「ど、どこ触ってるんですかあ!?」

「ぐへへ、ンなこと言ってもカラダは正直だし! ココがエエのんか?」

「い、いやあ……ぁンふぅ……」


 イザベルの艶やかな声を耳にし、アロンソは別の意味で火照りを感じてしまう。


「あいつ、あとで覚えとけよ」


 水瓶から冷水を柄杓ですくって頭にぶっかけ、気まずさを払い流した。

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